戦略は組織内外のコミュニケーション手段!リーガルオペレーションズ実践マニュアル⑤戦略編

この記事でわかること
  • 「日本版リーガルオペレーションズ」で「戦略」が一要素をなす理由
  • 「戦略」の各レベルで必要となる要素
目次

はじめに

みなさん、こんにちは!

日本版リーガルオペレーションズ研究会(以下、研究会)の発表したドキュメントをベースとしながら、日本版リーガルオペレーションズの8つのCOREそれぞれについて、レベル別に何をどこまでできていれば良いのかをご紹介する本シリーズ、今回は、「戦略」に関してまとめていきます。

日本版リーガルオペレーションズのCORE8

概要-なぜ戦略が必要なのか-

定義と目的

まず、CORE8の中での戦略は、「企業の戦略(目的と目標)が先にあり、それに沿ったもの、あるいはその企業の戦略に基づいたミッション(任務とか使命)と方針を明確化し、さらには具体的な目標設定や活動計画を策定し、遂行することが法務部門の戦略」と示されています。つまり、企業の一機能たる法務が、どういった方針のもと、どういった取り組みをして企業に貢献するかを示すものが戦略ということになります。

実際のところ戦略は、組織におけるコミュニケーションの土台になります。
特に昨今では、複雑化する市場環境の中で、法務への期待値は非常に高まっています。この期待にどう応えていくかを経営層や他のチームに示す、コミュニケーションする手段として「戦略」は非常に重要な位置を占めます。

もちろん、その期待に応えるべく、限られたリソースをどこに投下するか、またそれぞれのメンバーに求められるアクションが何か、を法務チーム内で齟齬のないように伝えるためにも「戦略」は非常に重要な役割を果たします。

米国における戦略の考え方
Legal Operationsの「CORE12」(https://cloc.org/what-is-legal-operations/より引用)

米国のCLOC(The Corporate Legal Operations Consortium)が定めるリーガルオペレーションズの「CORE 12」では、”Strategic Planning”の項目が設けられており、これが日本のCORE8の「戦略」と同じものを指しています。

内容は日本の戦略パートとも大きな相違はないように思われます。後述する通り、法務のみの戦略ということではなく、あくまで企業の経営計画と連動し、その達成のための戦略であるとされているのが前提となっています。

Desired state: Set goals and strategic priorities that serve the needs of your department and the overall business. Bring a long-term, holistic perspective to your business planning while ensuring alignment to corporate imperatives.
(望ましい姿:自部門とビジネス全体のニーズに応える目標や戦略上の優先順位を設定する。ビジネスプランニングに長期的、全体的な視点を取り入れ、企業の必達事項との整合性を確保すること。)

「What is Legal Operations?」(https://cloc.org/what-is-legal-operations/)より引用。日本語訳はLOLにて追記。

さて、ここからは、各レベルの構成要素について簡単に何をすべきか、またその際に注意すべきポイントは何かを、LOL独自の視点からご紹介していきます。

戦略の全体像(「日本版Legal Operations CORE 8 EVENT Report」より引用)

レベル1:まずは戦略を立てる

概要

レベル1は、まず法務の戦略を立てるところから始まります。ここで作成しうる戦略には一つの絶対的正解はありませんが、法務も会社の一機能であること、また法務のリソースも有限であることから、会社の経営戦略や事業計画の達成に(間接的だとしても)寄与することを前提とした戦略であることが求められます

「戦略」という言葉はやや仰々しく感じるかもしれませんが、仮に一人法務であったとしても、法務が企業にどのように貢献するかの視点を欠くことはできません。加えてリソースの有限性も加味すると、むしろ比較的小規模な法務の方が、戦略を立てることの重要性は高いかもしれません。

レベル1の構成要素とそのチェックポイント

(各項目をクリックまたはタップすることで、詳細な情報が表示されます。)

法務部門のミッション・方針を定めている
  • アウトプットのイメージ
    • 組織の存在目的や使命、役割を、言語化している状態
  • 補足
    • 一般に企業や組織におけるミッションとは、存在目的や使命、役割といった言葉と置き換えられます。つまり企業において法務機能がどういった役割や使命を負うべきか、を定めるのが最初のスタートです。
    • 具体的には、これまでの実績をベースとしつつも、これから担うべき役割があればこれも加えて作成します。ここでは抽象度は高めになるため、「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」(いわゆる「在り方報告書」)で示されていた、ガーディアン機能、クリエーション機能、ナビゲーション機能を中核としつつ、それらの重みづけを各社ごとにカスタマイズして作成していくイメージになると考えられます。
      • 例えば、新規事業の勃興が次々と発生する成長企業であれば、ナビゲーション機能やクリエーション機能を比較的推したミッション、一つのリスクの重みが相対的に大きい規制業種に属する企業であればガーディアン機能を強調したミッションとなるでしょう。
    • なお、このミッション策定は、法務組織のリーダーがどういったチームにしていきたいかを映す鏡でもあるため、経営陣や他チーム、法務のメンバーから意見をもらってすり合わせることは必要であるものの、法務のリーダーが責任を持って決めることが求められます
    • このミッションが定まると、採用もまず「ミッションに共感できる方」という前提条件を定めることができるため、よりブレのない採用活動を展開できるようになります。戦略がコミュニケーション手段として機能する一場面です。
「クレド」とは?

組織の方向性を指し示す「ミッション・ビジョン・バリュー」(以下「MVV」)と並んで、「クレド」という言葉が使われることもあります。

クレド(Credo)は、企業が定める信条や行動指針のことであり、MVVでいえば、バリュー(価値観)に近似するものですが、クレドの方がより具体的な行動に対する指針を示す点で異なります。特にリスクの低減と事業への(間接的な)貢献という、時に相反する判断を求められる法務組織においては、迷った場合に立ち帰れるクレドを有しておくことは非常に有意義です。

法務部門が達成すべき目標を明確に定めている
  • アウトプットのイメージ
    • 法務組織が達成したい目標(≒ビジョン)をまとめている状態
  • 補足
    • ここでいう目標とは、具体的な数値目標のようなイメージではなく、やや定性的な「ビジョン」を指しています。つまり、前述したミッションが達成された先に実現される世界・状態が、本パートの目標と言い換えることができます。
    • ここでは、CORE8の原典に忠実に、ミッション・ビジョンの順でご紹介をしていますが、実際の組織のリーダーの思考としては、目標・ビジョンが先に定まり、そこから法務の役割が画定されることもあるのではないかと思われます。
全社方針と法務部門の目標を整合させている
  • アウトプットのイメージ
    • 法務組織の目標(≒ビジョン)が、経営層や他の組織にも共有され、共通理解を形成できている状態
  • 補足
    • これまでのパートでも触れてきている通り、法務も会社の一機能であることから、法務の目標が会社のそれと齟齬がない状態になっていることは、必須条件です。齟齬がない状態を担保するためには、経営含めて関連チームとしっかりコンセンサスが取れていることが求められます。
目標達成に向けた活動計画 (短期~中長期)を策定している
  • アウトプットのイメージ
    • 企業の単年度及び中期経営計画と連動した法務の活動計画が設けられている状態
  • 補足
    • 一定の規模の企業においては、単年度のみならず中期での経営計画が作成されているため、法務の活動計画もこれに準拠させることが望ましいです。
    • ガーディアン機能の性質を有する活動では、多くの場合受け身の行動になることが多く、ビジネス側の計画にやや後から追随する形での活動計画になることが多いでしょう。その一方で新規事業の立ち上げなど、法務にクリエーション機能、ナビゲーション機能が強く求められる場合には、むしろ法務は経営的な数字が現れる(売上などが上がる)前に先んじて対応することを想定した計画の立案が求められる点には注意が必要です。
    • なお、ここで策定した活動計画は、レベル2以降で、組織のメンバーに共有された上で、個人の活動計画にブレイクダウンされ、評価基準にもつながるものとなるため、なるべく明確に、かつ具体的な行動を想定して策定することが望ましいです。

レベル2:戦略を法務組織に落とし込む

概要

レベル2は、レベル1で作成された戦略を、法務組織に実際に落とし込み、これに基づいて法務チームが目標達成に向けて活動していく段階です。

従来からよくある「立てただけで終わる計画」とならないよう、組織へのインプットから丁寧に行っていくことが重要になります。

会社の方針・計画から、メンバーの活動計画までの関係性のイメージ図

レベル2の構成要素とそのチェックポイント

(各項目をクリックまたはタップすることで、詳細な情報が表示されます。)

法務部門の目標・活動計画を法務部員全員に周知し、理解させている
  • アウトプットのイメージ
    • 策定した法務のミッション及び目標を、事前にチームに伝え、これにコミットすることへの共通理解を形成できている状態。
  • 補足
    • 法務の目標を立てた時と同様に、策定した目標に対しての共通理解を、法務組織内で形成します。
    • 特に組織のメンバーが多い場合には、納得度が低いメンバーが出る可能性もあります。この場合には、もちろん納得できるような説明が求められますが、場合によっては前提にあるミッションに共感できていない場合も考えられることに注意が必要です。
法務部門の目標・活動計画を個人の目標・活動計画に落とし込んでいる
  • アウトプットのイメージ
    • 法務の目標から導出された活動計画を、個人レベルまでブレイクダウンし、各人が特定の期間内で達成(実行)すべき活動計画が、評価可能な形式で作成されている状態
  • 補足
    • ここまでで作成された組織の目標と活動計画を、各組織のメンバーに落とし込んでいきます。具体的手法は、その法務組織の規模や成熟度に応じて異なりますが、活動計画に含まれる内容がもれなく(重複なく)実行されていくためには、ある程度どのチーム(のどのメンバー)が、どの領域について具体的活動をしていくのかの割り振りまでは、法務組織のリーダーやマネージャーが道を示す必要があるでしょう。
    • また当該計画は、あとから評価可能であることが必要です。計画を立てる段階から、100%達成された状態、80%達成された状態、達成度が50%未満の場合といったイメージで、達成度合いを定義した評価基準を作成しておき、各メンバーと合意できると良いでしょう。
策定した目標 活動計画にしたがって、 予算・要員計画を作成している
  • アウトプットのイメージ
    • 企業の経営計画や事業計画と結びついた法務の目標や活動計画から、具体的な予算案及び要員計画が策定され、上申できる状態
  • 補足
    • 一般的に前年よりも予算を積み上げる場合、ここで精度の高い予算案や要員計画を立てるのは、非常に難しいです。その理由は、大きく分けると以下の2つが考えられます(もちろん、大前提として、将来の予測を立てること自体が困難を極めるものですので、以下の解像度を高めて予測の精度を可能な限り高めることが求められています)。
      1. 従来の状況の解像度が高くない
      2. 将来の状況の解像度が高くない
    • 例えば、従来から売上を2倍にする計画を事業部門が策定している場合、これに法務組織がどう備えるか、を考えます。最も影響が出る可能性がある業務の一つは、各取引に紐づく「契約書レビュー業務」でしょう。その影響の範囲を考える際には以下の点の解像度を高める必要があります。
      • 従来の契約類型別のレビュー件数や業務負荷を見た際に、レビュー件数が増加することに組織が耐えうる状態か。
      • 事業部門が売上を2倍にする方法は何か?
        • 単価をあげるだけで新規取引件数は変わらないのか?
        • 新規取引件数は増加するが、従来と同内容の取引で、ひな形ベースで対応可能なものなのか?など
    • 上記の2つの解像度が高められれば、「明らかに従来の法務組織での対応は難しい」などの仮説を立てることが可能になり、説得力の高い計画の策定が可能になります(もちろんそれでも上申して認められないということもありますが)。

レベル3:戦略・計画を実行する

概要

レベル3では、ここまでで策定し、組織に落とし込んだ戦略と計画を実行に移す段階です。

レベル3に位置付けられているように、必要に応じて方向性を微修正しつつ、継続的に計画に基づいて組織が活動することは、実は非常に難しいことですので、できることから進めていきましょう。

レベル3の構成要素とそのチェックポイント

(各項目をクリックまたはタップすることで、詳細な情報が表示されます。)

活動計画の進捗を定期的に管理し、進捗に応じて、計画の見直しを行っている
  • アウトプットのイメージ
    • 活動計画の進捗を記録し、定期的にこれを振り返る機会を設定している状態。
  • 補足
    • 取り組みやすいのは、進捗管理表など記録できるドキュメントを用意し、各メンバーがこれを更新する形式で、運用していく方法でしょう。これに加えて、最短で週次、最長でも月次で進捗を共有する打ち合わせの機会を設定しておくと、ドキュメントには現れない情報を補うことが可能になります。
    • 基本的には活動計画に準拠して、メンバーがアクションするべきですが、計画自体の見積もりが甘かったり、突発的な案件の発生などによって計画通り進まないことも往々にして発生します(むしろ発生するものと思っておいた方が良いでしょう)。この場合には、前述の定期的な打ち合わせなどを通して、計画自体の見直しを実行します。少なくとも計画の変更が余儀なくされる状態を長期に渡って見過ごすことがないように注意しましょう。
目標達成度を適切に人事評価に反映している
  • アウトプットのイメージ
    • レベル2で策定した個人の目標や活動計画に対して、その進捗度に応じて事前に定めた基準を用いて評価できている状態。
  • 補足
    • レベル2において言及した通り、個人の目標や活動計画の策定時に、その評価基準についても定めておけると、この評価フェーズにおいてはかなり明瞭な評価を行うことが可能です。
    • こうした一定の明瞭な基準の元で評価を実施できると、メンバー当人においてもらった評価への納得感が高まるため、法務のリーダーやマネージャーとしては(最終的には一部弾力性のある評価の余地を残しつつも)明瞭な評価基準の策定にチャレンジしたいところです。
法務部門の目標 活動計画およびその進捗を他部門(経営層を含む)やグループ会社に共有し、部門の評価に繋げている
  • アウトプットのイメージ
    • 各メンバーの成果を積み上げた結果として、法務組織の目標と活動計画がどの程度達成されたのかを、半年〜1年に一回、他部門でも理解が可能な粒度で報告している状態。
  • 補足
    • まだまだ法務の活動報告を定期的に報告できている企業は多くありませんが、冒頭でも言及した通り、戦略は、組織におけるコミュニケーションの土台になるものですので、戦略策定時に擦り合わせた経営陣や他の部門へは、しっかりとその成果を報告するべきです。
    • この際、法務部門はどうしても「自分達の言葉」でその成果を表現しがちですが、経営陣も他の組織の部門長も、法務のプロではないことから報告内容には工夫が必要です。言い換えれば、より数字で定量的に示したり、実際に経営上どういった影響があるのかなど、聞き手の立場に寄せた報告ができることが望ましいでしょう。

まとめ

この記事のまとめ
  • 「日本版リーガルオペレーションズ」で「戦略」が一要素をなす理由
    • 複雑化する市場環境の中で、高まる法務への期待にどう応えていくかを、経営層や他のチームに示す、コミュニケーションする手段として機能するため。
  • 「戦略」の各レベルで必要となる要素
    • レベル1
      • 法務部門のミッション・方針を定めている
      • 法務部門が達成すべき目標を明確に定めている
    • レベル2
      • 法務部門の目標・活動計画を法務部員全員に周知し、理解させている
      • 法務部門の目標・活動計画を個人の目標・活動計画に落とし込んでいる
      • 策定した目標 活動計画にしたがって、 予算・要員計画を作成している
    • レベル3
      • 活動計画の進捗を定期的に管理し、進捗に応じて、計画の見直しを行っている
      • 目標達成度を適切に人事評価に反映している
      • 法務部門の目標 活動計画およびその進捗を他部門(経営層を含む)やグループ会社に共有し、部門の評価に繋げている
本記事の著者情報

山下 俊(やました しゅん)

2014年、中央大学法科大学院を修了。日系メーカーにて企業法務業務全般(主に「一人法務」)及び新規事業開発に従事しつつ、クラウドサインやHubbleを導入し、契約業務の効率化を実現。
2020年1月にHubble社に1人目のカスタマーサクセスとして入社し、2021年6月からLegal Ops Labの編集担当兼務。2023年6月より執行役員CCO。近著に『Legal Operationsの実践』(商事法務)がある。

リーガルオペレーションズの他のCOREなどについての解説はこちら!

CORE8の活用法を徹底議論するウェビナー!

(Hubble社のWEBサイトへ遷移します)

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