- BizOpsの定義とリーガルオペレーションへのヒント
- 事業フェーズ別のリーガルオペレーション構築の考え方
はじめに
みなさん、こんにちは!
立ち上げから1周年をむかえたこのLegal Ops Labでは、ベンチャー・スタートアップ企業を中心に多くのインタビューを行い、その記録を発信してきました。
今回は、その一つの集大成としてベンチャー・スタートアップ企業が成長していく中で、事業のフェーズに応じてどのような点を意識してリーガルオペレーション、つまり業務遂行のための仕組みを構築していくべきなのかを、BizOps(ビズオプス)という方法論から整理していきます。
BizOpsとLegalOps
BizOpsとは
BizOpsは”Business Operations”の略ですが、厳密な定義や組織内での役割は、企業や人によって様々です。
ビジネスサイドの意思決定を支援するデータ分析組織・機能といった意味合いやツール群・フローの最適化を通してビジネスの円滑化を目指す組織・機能として言及されることもありますが、本稿では、より本質的な役割に着目するため、株式会社hacomonoのBizOps Manager上村氏による、次の定義に依拠します。
BizOpsとは経営陣によるビジネス戦略(Biz)と現場のオペレーション(Ops)をつなぐことでオペレーショナル・エクセレンスを築く方法論です。経営陣が描いた戦略を素早く正確に現場のオペレーションに反映する。そして、現場から得られた知見をデータで正しく経営にフィードバックする。経営の意思決定は、正確な現場データを得ることでより効果的になり、説得力のあるものになるという好循環を目指します。
「BizOpsとは?その具体例や関連分野、必要なスキルをまとめました」
この定義のポイントは、ツール活用やデータ分析といった手段の最適化にフォーカスするのではなく、あくまで「経営上のやっかいで抽象的で複雑な問題を解決するために」経営上の戦略を現場のオペレーションに反映するという、目的ドリブンな観点でBizOpsを捉えている点です。
リーガルオペレーションへの当てはめ
法務業務のオペレーションであるリーガルオペレーションも、広義には「Business Operations」の1つであると言えます。
したがって、上述のBizOpsの定義を念頭におくと、リーガルオペレーションの役割には、現場のオペレーションの課題の解決のみならず、最終的には経営上の戦略を反映し、そこに貢献できる形を目指すことが内包されているといえます。
そして、経営上の戦略と目標は、事業のフェーズに応じて変わるため、以下では、事業フェーズに応じたリーガルオペレーション構築の勘所をご紹介していきます。
事業フェーズに応じたリーガルオペレーション成功の鍵

(●=できる限りやっておいた方が良い項目、◯=余力があれば、先を見据えて着手しておいた方が良い項目)
①シード期
- どういうフェーズか?
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事業としては、何よりもまず顧客の課題の発見と、それを解決するソリューションを検証し、プロダクトやサービスを市場に展開していくことが求められる、いわゆるPMF(プロダクトマーケットフィット)を目指す段階です。
事業スキーム自体の適法性や施策の適法性を判断するという意味で、法務の知見は必ず必要ではありますが、リソースの最適な分配やその優先度の観点から見ると、組織はおろか、法務専属のメンバーを配置するケースは必ずしも多くはないでしょう。
- このフェーズにおけるオペレーションの思考法
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多くの企業にとっては、オペレーションを考えるというところには至らない段階です。事業の立ち上げに必要な範囲で法律的相談ができる人材を外部に見つけたり、兼業的に契約関連業務を遂行できるメンバーを確保して、事業の法的リスクを回避していくことが大切です。
②シリーズA前後
- どういうフェーズか?
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事業では、プロダクトやサービスのPMFの検証が進み、LTV(Life Time Value)やCAC(Customer Acquisition Cost)・チャーンレートといった指標も追いながら、事業としての経済性を意識して顧客を増やしていくフェーズです。
法務では、取引先が安定的に増え始め、NDAや提携先・委託先との業務委託契約、さらには投資契約といった形で契約書の種類・量も増えてくるタイミングです。
- このフェーズにおけるオペレーションの思考法
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この段階では、シード期までの比較的緩やかな体制を脱し、少しずつルーティン化している業務のオペレーションを整備していくという視点が必要になってきます。具体的には、
- どのような法務関連業務があるかの棚卸し
- それぞれの業務の分担
を明確にしていく必要があるでしょう。
ビジネスモデルや商流・商材によって、契約や法的問題の難度が高かったり、分量が多い場合には、このタイミングで一人目の法務専任者の採用を進めていくことも十分考えられます。下記の記事では、事業をブーストするために、内情を理解した専任者を採用したケースをご紹介しています。
取引先が増える中で、リスクを管理しつつ事業を一緒に伸ばして行けるような法務機能の基礎を作っていくことが大切と言えるでしょう。
③シリーズB前後
- どういうフェーズか?
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事業を加速度的に拡大させていくことが経営の至上命題となるフェーズです。組織としても、従業員数が増加することでより明文化・詳細化されたルールがないと業務に混乱をきたしてしまいます。また、投資家・関連会社等社外のステークホルダーも一気に増えてきます。
法務としては、事業の成長に合わせてさらに審査する契約書の量が増え、より契約業務や法律相談業務に忙殺されるようになります。またこうしたビジネス法務に加え、いわゆるコーポレート法務として社内規程の作成、株主総会や取締役会の運営・議事録の作成など、業務領域も多様化してきます。
- このフェーズにおけるオペレーションの思考法
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こうした中で、まずは、専業法務のメンバーを確実に採用し、専門性をもった法務組織の立ち上げを最優先に実施すべきです。
まだこの時点では法務人数は少ない(一人法務であることが大半である)ため、契約業務や相談業務のフローが整理されていないと、リソースが逼迫し、本来やるべき業務に十分な時間をかけられなくなってしまいます。そしてまだこの時点では問題にはならないものの、今後の組織の成長を見越して、情報やナレッジがブラックボックス化・属人化しないように一定の配慮をしておく必要があります。ここを疎かにすると、この後のフェーズで組織内のスキル移転が進まず、回り回って事業成長に悪影響を及ぼしかねません。
このため、
- どういった手段で、いつ、誰が契約審査や法的相談を依頼するのかを決めること
- 各アウトプットを共有可能な形でシステム上に残す仕組みを設けること
が必要になるでしょう。下記の事例では、シリーズA後の繁忙期に業務フローを見直す必要に迫られた事例をご紹介しています。
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また、以下の記事では、オペレーション改善に伴う業務効率化を意識して、「法務1.5人目」を採用して、中長期の成長にも備える企業をご紹介しています。
④上場前
- どういうフェーズか?
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上場を目指す上で、事業面・組織面いずれにおいても、上場企業同様の水準が求められるフェーズです。まずは、監査に耐えうる内部統制の体制を担保する必要があり、社内規程と業務フローの双方をさらにブラッシュアップしていく必要があります。ここには当然法務も絡んでいくことになります。
- このフェーズにおけるオペレーションの思考法
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法務業務のうち、主に契約業務においては、ただフローを用意するだけでなく、次々に増える従業員の誰しもが同じフローで業務を実行できる状態を担保することが求められます。裏返すとルールに書いてあるにも拘らず、運用されていないような仕組みは、(内部統制の強度を維持しつつ)事業部門の負荷を考慮して廃止したり、現実に運用可能なやり方に変更していくことが必要です。
またこの頃から法務組織が「一人法務」を脱し、チーム体制になっていくケースも多くなります。つまり、個々人の能力で遂行してきた業務を、少しずつ組織で対応する準備を進めなければなりません。こうした背景から
- 法務チーム内での業務の棚卸しを改めて行い、形骸化している仕組みがないかのチェック
- 各メンバーの業務進捗やアウトプットの見える化の仕組み作り
- アウトプットの水準を一定以上に保つためのマニュアル作成
などを進めていくことが必要になります。下記では、忙しくなりがちなこのフェーズの法務の業務効率を向上するための「見える化」の手法をご紹介しています。
併せて、法務の組織化に伴ってチーム内の業務の可視化に成功した、こちらの事例もご覧ください。
なお、この時点で見える化を進め、各メンバーの業務を数値化しておくと、次なる人材の採用に際して、「忙しいので人材を補強してほしい」といった定性的な説明から一歩進み、数字を用いたより説得的な社内説明を展開できるようになります。
もちろん数値的な可視化のための業務を増やすことで却って忙しくなってしまっては本末転倒であるため、なるべく負荷をかけずにデータを蓄積できるフローに組み替えたり、専用システムを導入したりすることも検討してみると良いでしょう。
⑤上場後
- どういうフェーズか?
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毎期の事業計画を確実に達成し、不確実な市場環境を生き残って成長することが、事業上の命題となります。
法務としては、コーポレート・ガバナンスの要請や、関連法令の増加、事業内容の多様化により、業務領域がさらに拡大していきます。専門性を深めつつ、市場環境の動きに追随できるようなスピーディーな対応を行って、経営の要請に応えていくことが必要です。
- このフェーズにおけるオペレーションの思考法
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そうした専門性やスピード向上を達成するためには、システム化・自動化が不可欠です。ただし、これだけで十分とは言えず、まさにDX化と形容される段階を目指す必要があります。
- 導入したシステムからのデータ取得
- 取得したデータに基づいて改善点を特定しPDCAサイクルを回すこと
といったアクションが取れると、自律して改善を推進できる法務組織を作ることができます。その結果として、それ自体が企業の強みとなり、競合への優位性や法務としての採用力強化につながります。
こうした仕組みづくりができれば、オペレーションがどんどん研ぎ澄まされ、法務のメンバーはより本質的な業務に注力することができます。結果としてその専門性も高まり、経営の右腕として活躍する法務としてプレゼンスも高まっていくでしょう。これが「事業のための法務」の実現につながっていくことになります。
まとめ
- BizOpsの定義とリーガルオペレーションへのヒント
- 経営上の戦略を反映し、これに貢献できる形を目指すことを内包することが共通の考え方
- 事業フェーズ別のリーガルオペレーション構築の考え方
- シード期:まず相談ができる人材を社内外問わず確保する
- シリーズA:法務業務の分担ができていることが重要
- シリーズB:専任担当者を確保し、業務フローを確定する
- 上場前:業務の見える化推進と組織の業務の標準化を図る
- 上場後:システム化・自動化を前提としたデータ化の推進