ベンチャー・スタートアップこそ「リーガルオペレーションズ」は活用しやすい -EY弁護士法人 室伏康志氏、前田絵理氏<前編>

法務部門がより効率的に法務サービスを提供するための「リーガルオペレーションズ(英:Legal Operations)」。「日本版リーガルオペレーションズ 8つのコア」が公開されるなど、その重要性が各所で指摘されはじめているなか、ベンチャー・スタートアップは、どのように向き合っていけばよいのでしょうか。EY弁護士法人 室伏康志弁護士、前田絵理弁護士に、国内のリーガルオペレーションズの現状を踏まえて聞きました。

〈聞き手=山下 俊〉

目次

日本企業の「リーガルオペレーションズ」の浸透状況はこれから

山下 俊

本日は宜しくお願いします!
まず、議論の前提となる「Legal Operations/リーガルオペレーションズ」とは何か、伺えますか?

室伏 康志

はい、「Legal Operations/リーガルオペレーションズ」という用語には、いろいろな解釈がありますが、そもそもは、企業の法務部門が「より効果的・実効的に法務サービスを提供しよう」という発想から始まっています。

EY弁護士法人 シニアカウンセル 室伏 康志氏
山下 俊

米国のLegal Operations(以下、”Legal Operations”)に関する世界的な専門家組織の1つであるCLOC(The Corporate Legal Operations Consortium)の定める定義にもそのように記載がありましたね!

前田 絵理

はい、考え方や活動そのものを表す場合もありますし、それを担う専門家を指すこともありますし、日常のリーガル業務のプロセスを思い浮かべる方もいるでしょう。
大きく分けると、「考え方」、「」、「ビジネスプロセス」という3つの意味合いがあることになります。

EY弁護士法人 ディレクター 前田 絵理氏
山下 俊

この考え方は、CLOCに代表されるように米国発祥でしたよね?

室伏 康志

Legal Operationsの起源は、スタートアップが勃興した米国・西海岸です。いわゆるオールドエコノミーのビジネスとはまったく違う新しいビジネスを始める土壌があったり、GAFAに代表されるようにテクノロジーに親和性の高い業種が集まっているエリアです。

山下 俊

なぜ、このエリアの想像力豊かな風土がLegal Operationsの考え方を生んだのでしょうか?

室伏 康志

こうした環境においては、業務の効率性がとても重視されます。適材適所に人材を振り分けて業務の生産性を高めていこうという観点から、Legal Operationsに対しても専門家を配置すべきだという流れが生まれたのだと思います。

山下 俊

いかにも米国IT系の発想にも思われますが、具体的には「誰が」「何を」やることが想定されているのでしょうか?

室伏 康志

前述のCLOCは、その重要な要素を「THE CLOC CORE 12」という12個の要素に分解して定義しています。その担い手は従来、法務部門のロイヤーたちが行っていましたが、今は専門職化されてきています。

山下 俊

以前はロイヤーたちが担い手だったということは、米国でも、もともと業務として存在はしていたものの、近年になって新たに再定義された、というイメージでしょうか?
日本においても従来から取り組まれる方はいらっしゃるように思われますよね!

室伏 康志

米国の場合はそうですね。そして日本の大企業の法務部門のなかにも専門に担当している方はいらっしゃると思います。
ただ、米国のようにプロフェッショナルとして認識されてはいない状況だと思います。予実管理やテクノロジーの導入、人材育成プランなど、COREで定義されている業務を行っているのに、日本では多くは専門職というより「アドミン」という認識。そこが米国との大きな違いです。

前田 絵理

そうした背景もあってか、日本のほとんどの企業は、前述のCORE12、日本でいえば「日本版Legal Operations CORE 8」(以下、「リーガルオペレーションズ」)のようなカテゴリに分解して法務業務を見て、自社でどれだけその分野の業務ができているか評価するということはできていないと思います。

日本版リーガルオペレーションズのCORE8(Hubble社にて実施のウェビナー資料より抜粋)

ベンチャー・スタートアップならではの法務の価値とは

山下 俊

リーガルオペレーションズに取り組むにあたっては、法務が企業経営に対してバリューを発揮できるかという視点が重要だと感じています。
「法務って大事なんですよ」といくら伝えても、なかなか経営層まで伝わらないし、場合によっては法務自身もわかっていないかもしれません。この点、ベンチャー・スタートアップ法務の方々はどう向き合っていくべきでしょうか?

室伏 康志

まずは、ベンチャー・スタートアップにおける法務のポジションについて考えてみます。ビジネスをやっていくうえで、会社の規模を問わず契約が常に発生している点では大企業もベンチャー・スタートアップも変わりません。
では、大企業とベンチャー・スタートアップでは何が違うかというと契約当事者の立場」です。

山下 俊

大企業とベンチャー・スタートアップ企業間のパワーバランスということですね。

室伏 康志

そうです。ベンチャー・スタートアップは、一般的に大企業に比べて立場が圧倒的に弱い。だからこそ、契約という業務にかなり真剣に取り組まなければならない。負けてはならないし、負けたとしてもなるべく傷の浅い負け方をしなければなりません。こうした発想は、大企業の法務にはあまりないかもしれません。そういう意味で、ベンチャー・スタートアップ経営における法務の価値はとても高いですよね。

前田 絵理

法務のサービスとは何か、法務はどうすれば付加価値の高い業務にフォーカスできるのか、おそらく経営層からするとあまりピンとこないので、企業の規模によらず法務のプレゼンスをどうアピールするのかという話につながりますよね。
ただ、ベンチャー・スタートアップのほうが法務と経営者の距離が近いので、理解は得られやすいように思います

山下 俊

確かに、これまでインタビューしてきた企業の皆様も、経営層の理解を得た上で、非常に期待されている側面が強かったように感じられます。

前田 絵理

新しいビジネスを作ろうとしているので、契約形態が新しい場合もありますし、規制の解釈・適用の有無なども確認する必要があるので、経営者からも法務人材の活躍が目に見えますよね。
加えて組織がまだ小さいため、業務フローそのものを作っていくことも必要です。まさに、リーガルオペレーションズのCOREの項目に沿って自らプラクティスを構築していく段階にあり、ベンチャー・スタートアップの法務は非常にやりがいのあるポジションだと思います。

リーガルオペレーションズの考え方はスタートアップのほうが受け入れられやすい

山下 俊

そう考えると、ベンチャー・スタートアップにおける「リーガルオペレーションズ」は、どのような位置づけになるでしょうか?

前田 絵理

そもそも法務業務を行っている時点で、そのサービスの質と実効性を上げるためにも、リーガルオペレーションズの視点と発想が必要です。それは、少人数法務ひいては一人法務であっても同様に必要な考え方ですね。

山下 俊

確かに、一人法務であっても発想としては不可欠ですね。我々も本メディアでそのように伝えてきました。
ちなみにリーガルオペレーションズを考えるにあたって、ベンチャー・スタートアップ特有の考慮ポイントはありますか?

前田 絵理

はい、ベンチャー・スタートアップの場合、イグジット戦略を踏まえて考えていく必要があります。
たとえば、IPOが成功してどんどん大きな企業になっていくと仮定した場合、きちんとした法務組織を構築しようという動機が生まれます。組織が拡大するにつれて、組織づくりや業務効率化、人材マネジメントなど、リーガルオペレーションズの重要度は増します

山下 俊

リーガルオペレーションズの仕組みを構築しようとしたときに、改めてその重要性を経営層にどう理解してもらえばよいでしょうか?

前田 絵理

それは、実は大企業でもまだまだできていないところです。
むしろ前述の通り、ベンチャー・スタートアップは組織も業務フローも固まっていないぶん、最初から経営者の理解も得ながらリーガルオペレーションを含む実効的な組織や仕組みを作りやすいと思います。

山下 俊

米国での発祥のきっかけと同様に、日本でも効率化を求める流れもありそうですね。

前田 絵理

大企業に比べると、ベンチャー・スタートアップは新しいことに取り組むスピード感が求められ、社内業務全般の効率化を図らなければならないというプレッシャーも大きいので、リーガルオペレーションズの概念やコンセプト自体は、浸透しやすいですし、実際に活用する意義が大きいと思います。
事業や経営においても、ナレッジや人材のマネジメントは重要ですから、経営層にも受け入れられやすいですよね。

山下 俊

ベンチャー・スタートアップからリーガルオペレーションズを重視する流れが期待できそうですね。

前田 絵理

ただ、ベンチャー・スタートアップはリソースが限られているという事情もあるので、リーガルオペレーションズの専任担当を置けるかというと一般的にはなかなか難しいでしょう。付加価値の高い業務にスピード感をもって集中したいので、人材育成や採用、ツール導入などはオペレーションをしっかり構築できる方に任せたい、という形で経営陣に説明をしていくことになるとは思いますが…。

室伏 康志

それをどのくらいの説得力を持って経営陣に説明できるかというところは、結構チャレンジングなことです。
ただ、ベンチャー・スタートアップの法務担当者と経営層との距離はすごく近いですし、リーガルオペレーションズの成り立ちを考えても、うまく説明できれば「じゃあやってみようか」となる可能性は大企業と比べて高いと思われます

後編に続きます!


★今回のLegal Ops Star★

室伏 康志 (むろふし やすし)

EY弁護士法人 シニアカウンセル

1985年弁護士登録以来日本および国際大手法律事務所のパートナーを務めた後、17年以上にわたり、主要な国際的金融機関の最高法務責任者(General Counsel)の職務につきながら、日本で唯一、最大の企業内弁護士の団体である「日本組織内弁護士協会」の理事長を6年間務めた。クオリティの高いアドバイスを提供することにより、社会の隅々にまで「法の支配」を行き渡らせることを可能にすることをミッションに掲げる。


前田 絵理(まえだ えり)

EY弁護士法人 ディレクター

2007年より日系大手法律事務所に勤務後、2011年より日系大手総合化学系メーカーにて企業内弁護士として勤務。同社にて法務部門のほか、経営企画部門、買収先米国企業の法務部門、インド子会社の役員を経験。その後米国系製薬・消費財メーカーの法務部門を経て、2021年7月から12月までEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社にてリード・リーガル・カウンセル。併せて10年以上の民間企業勤務経験を有する。2022年1月より現職。

(本記事の掲載内容は、取材を実施した2022年8月時点のものです。)

Legal Ops Conference 2022における前田氏の講演の書き起こし資料はこちら!

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