- 契約書作成の業務フローを構成するプロセスの全体像
- 契約書作成の業務フローの各プロセスでよく発生する課題
はじめに
みなさんこんにちは。
リーガルオペレーションにおいて、日頃発生する契約業務をいかに効率的に実施するかは、皆様の生産性に直結します。
こうした観点から、今回は契約書作成の業務の全体像を、各プロセスにおける重要なポイントや発生しがちな課題を交えながらお話していきます。
審査依頼の受付
このプロセスの位置付け
多くのケースで当該契約案件を認知する最初の端緒が、この案件の受付の場面となります。
このため、契約類型・自社雛形ベースか否かに関わらず受付方法を統一し、漏れなく効率的な契約情報を取得することがこの場面では求められることになります。
具体的には、「日本版リーガルオペレーションズ」のCORE8のうち「業務フロー」の内容に基づき、以下のような要素が順次満たされていくことが望ましいです。
難度 | 取り組むべき要素 | 備考 |
---|---|---|
1 | 申請者による契約審査の依頼方法が決まっており、これが告知されている | 「業務フロー」レベル1 |
1 | 自社雛形が公開されており、事業部門が活用できる | 「業務フロー」レベル1-2 |
2 | 申請者による契約審査の依頼方法が統一化されており、事業部門から取得したい情報などを含め、ルール化されている | 「業務フロー」レベル2 |
2 | 法務がレビューしない契約類型が決まっている | 「業務フロー」レベル2 |
2 | 依頼を受けた案件を担当者にアサインする仕組みが法務内にある | 「業務フロー」レベル2 |
3 | 受付の件数など定量的指標を集計する仕組みがある | LOL記事参照 |
3 | 集計したデータに基づいて、業務フローを定期的に見直している | 「業務フロー」レベル3 |
3 | 雛形の活用状況や依頼の傾向に基づいて、自社雛形の新規作成や定期的な見直しを行なっている | 「業務フロー」レベル3 |
経営法友会による「第 12 次 法務部門実態調査」の中間報告によれば、法務部門の実に37.2%が、重要案件に「検討・企画より関与」しており、その回答比率が最も高かったとのことでした。
もっとも日常的な契約案件については、リソースも考えると常に検討・企画段階から法務が関与しているとは考えにくく、本記事においても多くの場合、審査依頼の受付場面が、法務が案件を認識する最初の場面であることを前提に構成しています。
ポイントとよくある課題 -事業部とのコラボレーション-
この場面では事業部門と関わることもあり、事業部門の利便性も考慮したフローとすることが重要となります。
他方、事業部門の「相談のしやすさ」を重視すると、依頼方法は多様化し、結果として案件管理が難しくなることもあります。またよく見聞きする話として、事業部門が契約書作成について当事者意識を失い、法務に契約審査を「丸投げ」してしまう傾向になることもあります。
現在の法務の状況や課題感に従って、この場面の目的を達成しつつ、事業部門がいかに与しやすいルールとするかは、慎重に検討する必要があるでしょう。
なお、LOLでは法務の規模や案件数に応じた傾向から導いた契約審査の受付方法のパターンを、ベストプラクティスとして公開しておりますので、こちらもご参考になることをお勧めします。
契約審査・作成
このプロセスの位置付け
実際に契約書の内容・条件をチェックし、法務としてリスクを低減し、ベネフィットを最大限取れる可能性を示す場面です。契約業務の中核をなすプロセスと言えます。
現代の契約業務では、過去作成したり締結した契約書を参照する「コピー&ペースト」が、契約の質と作成スピードの担保に非常に重要な役割を果たしています。このため、①条項集、②ひな形、③プレイブック、④マイルールといった事前準備の重要性がこれまで以上に高まってきていると言えそうです。
ポイントとよくある課題 -自社ビジネスを意識したアドバイス-
このプロセスでは、前述の審査依頼の受付で得た情報をもとに、以下のような多くの作業が必要となります。
- 社内でのインプット
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- 今回のビジネスモデル、債権債務関係の把握
- (必要な場合には)事業部門への追加ヒアリング
- 過去同一の取引先との取引がある場合にはその内容、経過の把握
- 社外でのインプット
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- (必要な場合には)法規制などのリサーチ
- (必要な場合には)弁護士など外部専門家へのヒアリング
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- 本契約に潜むリスクの抽出
- 本契約で法務として付加しうるベネフィットの洗い出し
- 契約書上の文言への落とし込み
ここでは、法務の専門家として、(会社のビジネスや相手方との関係を把握した上で)どこまでリスクを抽出し、的確なアドバイスができるかが非常に重要になります。
特に社外にいる顧問弁護士との違い、つまり「なぜ社内に法務がいるのか」という問いに対して答えを用意できるかが重要になります。その意味では、自社のビジネスモデルを深く理解し、いかに自社の状況・実態を踏まえたアドバイスや修正ができるかが大きな差別化要因となるでしょう。その要点は、以下の記事にまとめています。
複数人のメンバーを擁する法務チームでは、案件の一部または全部について「ダブルチェック」を実施して、法務組織のアウトプットのクオリティ担保に努めている場合もあります。
ダブルチェッカーは多くの場合、チーム内で比較的経験が豊富なマネージャークラスに固定されている場合が多いですが、企業によっては、メンバーに案件ごとにファーストチェッカーとダブルチェッカーを割り振っているケースもあります。また、近年ではAIレビューツールをファーストチェッカーまたはダブルチェッカーに見立てて活用しているケースもあるようです。
契約交渉〜内諾
このプロセスの位置付け
法務が作成または修正した契約を元に相手と合意するポイントを探る場面となります。
自社雛形を活用した案件については、本プロセスで初めて法務が案件を認識する場合もあるでしょう。
ポイントとよくある課題 -契約交渉への関わり方-
2019年11月に公開された「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」でも傾向が示されているように、現在においても、日本では法務が契約交渉に直接同席するケースは必ずしも多くないようです。
このため、【自社法務→自社事業部門→相手方事業部門→相手方法務】というリレーが繰り返されることとなり、互いが言いたいことが上手く伝わらずコミュニケーションコストが非常に大きくなることがあります。結果として合意に至るまでの時間が長くかかることもあるため、法務としては、事業部門へ交渉材料としての「武器を授ける」とともに、場合によっては法務も同席して交渉可能であることをきちんと事業部門にも伝えておくと良いでしょう。
なお、上記報告書では「実際の交渉現場への参加は、法務担当者の案件への関与の主体性を高め、また、法務機能を担う者としての責任をより直接的に感ずる機会になり、経営目線やビジネスセンスを養うことに大いに役立つ」との指摘もあり、可能であれば実際に法務担当が現場の交渉の場に積極的に参加していくこともチャレンジしていくと良いのかもしれません。
他の側面として、会社間取引において必ずしも書面化をしないことも多いといった日本人の契約観も相まって、「契約の解釈を相当に自由に行うという点を、日本の裁判所の特色として指摘」されることもある(内田貴『契約の時代』岩波書店、2000年、P13)ため、最終的に出来上がった契約はもちろんですが、上記の傾向も踏まえると、交渉過程の管理も重要と言えます。
(押印)稟議・社内決裁
このプロセスの位置付け
多くの企業では契約交渉において、相手方と合意したのち、改めてその合意内容について「会社としての正式な意思決定」を実施します。それがこの稟議のプロセスです。
かつては紙の稟議書を回しハンコを押印して回すという方式が大半でしたが、現在では多くの企業でワークフローシステムが導入され、電子化されています。
ポイントとよくある課題 -多様かつ複雑な承認フロー-
このプロセスでは、各社の承認規程により、社内の意思決定の対象が少しずつ異なることがあります。
筆者がヒアリングをする限りでは、多くの企業では、「”当該相手方”と”この条件”を落とし込んだ”この契約”を締結する」ことを承認のスコープとしていますが、企業によっては端的に取引自体を行うことのみを稟議の対象とし、契約の内容については法務の権限に委ねているケースもあります。
別の視点として、稟議に対する法務の関わり方も一様ではありません。会社によってはそもそもこの稟議のプロセスに法務が入らない場合もあります。この場合、法務は契約書チェッカーとしての役割が強く、事実上契約交渉におけるアドバイスを実施することまでを法務の職責とし、最終的な合意内容は事業部門に委ねていることが多いようです。傾向として大規模の企業に多く見られる形です。
このように稟議のプロセスは複雑となりやすく、俯瞰して見ると、同じ承認者が何度も同様の事項に対して承認をすることになってしまっているケースもあります。各承認プロセスが、誰が何に対して承認を与えるのかを整理して、過剰なプロセスとなっていないかをチェックすると良いでしょう。
上記の承認プロセスとは別に、「押印申請」なるプロセスが存在する場合があります。
これは意思決定プロセスというよりも、契約書に押印するための単純な申請手続きと整理されます。稟議の承認者と実際に押印する担当者が異なるため、別異のフローとして整理されたものと思われます。
稟議の電子化に伴い、このプロセスは稟議のプロセスに組み込まれることが多くなりましたが、従来からの名残で独立した申請プロセスとして残っているケースも見られます。
押印手続
このプロセスの位置付け
こちらでは出来上がった契約を実際の書面に起こし、「契約書」の体裁を整える、契約書作成の最後のプロセスです。
紙の契約書と電子契約が併存する点が近年の特徴で、この1〜2年でもっとも社内フローの見直しを迫られたプロセスといえます。
ポイントとよくある課題 -紙と電子の共存-
実際の押印作業は、多くの場合、署名欄に氏名が記載された代表者本人ではなく、権限を委任された法務やその他の部門が代行しているケースが多く存在します。従来は紙の契約書だけでしたが、現在は電子契約が加わり、押印作業(メールアドレス等を入力して送付する)を、従来の紙の契約と同じフローで進めるのかが一つの悩みどころとなります。
現時点では、多くの企業でまだ電子契約での締結件数が多くないこともあり、電子契約の導入時点で一旦法務が全件を集約して送付し、今後件数が増えれば、紙の契約書と同様に事業部門が管轄するフローで収束していくことを考えている企業が多いようです。
締結後管理
このプロセスの位置付け
契約の締結後、締結した契約書とその契約内容を管理することが必要となります。期限管理や債権管理などが代表例です。
これらのプロセスも必ずしも法務が担当しているわけではなく、事業部門や総務部門、経理部門が行っているケースも多いでしょう。
ポイントとよくある課題 -契約管理体制整理の優先度-
このプロセスはそもそも「契約書作成」そのもののプロセスではありません。
しかし前述した通り、新たに契約書を作成するに当たって過去の契約書を参照する機会は多く存在するため、将来における作成業務においても非常に重要なプロセスと位置づけ、本記事でも取り上げています。
このため、法務としては、同一の相手方との契約が再び発生した際や過去に締結した契約についてトラブルなどが生じた際に、「すぐに探せる体制作り」が求められます。特に昨今の紙の契約と電子契約の併存によって、これまで以上に締結済みの契約の管理が煩雑になっていますので、この点は、「アフター電子契約」における一つの重要なオペレーション上の課題と言えます。
契約管理は得てして後回しになりがちで、大企業でも体制が整っていないこともあります。一方でまだ月間で数件しか契約書が発生していない場合であっても、年間を通せば数十件の契約書が存在することになるため、専用のシステムを入れるまでではなくとも、簡易な一覧化・管理の仕組み作りは早期に実施するべきでしょう。
こちらの具体的なアクションは、以下のインタビューで詳しくご紹介しています。
まとめ
今回も最後までお読み頂きありがとうございます!
こちらの記事に記載したプロセスのうち、法務がカバーするものは、企業規模が大きくなればなるほど少なくなります。
こういった傾向とともに、プロセスを管掌する部署が分かれ、各プロセスのみをスコープとした部分最適のフローを構築してしまうことに陥りがちです。こうしたことを回避するためにも、是非本稿で少しでも社内のフローを「全体最適」という観点からセルフチェック・再考する機会となれば幸いです。
山下 俊(やました しゅん)
2014年、中央大学法科大学院を修了。日系メーカーにて企業法務業務全般(主に「一人法務」)及び新規事業開発に従事しつつ、クラウドサインやHubbleを導入し、契約業務の効率化を実現。
2020年1月にHubble社に1人目のカスタマーサクセスとして入社し、2021年6月からLegal Ops Labの編集担当兼務。2023年6月より執行役員CCO。近著に『Legal Operationsの実践』(商事法務)がある。