これが「攻めの法務」の現実?!「同席しない」契約交渉でも法務が価値を出し続ける方法

この記事でわかること
  • 「同席しない」契約交渉の特徴とは?
  • 「同席しない」契約交渉でも有効な交渉術とは?
  • 「同席しない」契約交渉の注意点
  • 「同席しない」契約交渉において法務が価値を発揮する方法
目次

はじめに

みなさん、こんにちは!

一般の方に「契約交渉」というと、部屋の中に自社と相手方の事業部門と法務部門が集まり、膝を突き合わせながら、条件を決めていくといった画を思い浮かべる方が多いでしょう。ただ、実際に企業法務実務を経験している方からすると、そのようなケースは数ある契約案件のほんの一握りという実感だと思われます。

2019年11月に公開された「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」(以下「在り方報告書」)では、提唱された「攻めの法務」という考え方と対照的な現状として、日本では法務が契約交渉に直接同席するケースが必ずしも多くないと指摘されています。

言い換えると、多くの契約条件の交渉は、法務が関わる前に完了しており、法務に回ってきた時には、価格などの取引の主要な部分が決まってしまっていることが多く、細かい条件の交渉も直接ではなく、Microsoft WordやGoogle Docsなどのドキュメント上でのやり取りによって行われることになっているのが実情です。

本記事では、法務がどうやったら交渉に呼ばれるかという観点ではなく、敢えてこういった「同席しない」状況下で、法務がどのように高い価値を出していくのかについて、交渉の基本理論を交えつつ考察していきます。

「同席しない」契約交渉は減らない

この「同席しない」契約交渉では、契約条件のすり合わせにおいて【自社法務→自社事業部門→相手方事業部門→相手方法務】というリレーがドキュメントを介して繰り返されることとなります。どこかで誰かが中身をよく理解せず、単なる伝言ゲーム状態になってしまうと、互いが言いたいことが上手く伝わらずコミュニケーションコストが非常に大きくなってしまうことがあります。

こういった問題を解決するには、もちろん全ての交渉に法務が同席し、常に全体のメンバーの共通認識を担保しつつ進めることができたら良いですが、法務にもリソースの限界があります。この観点からすれば、今後も「同席しない」交渉という形で法務が契約交渉に関わっていく傾向は、法務側のレベルがどんなに上がり、「攻めの法務」が実現されたとしてもさほど大きくは変わらないでしょう。

こういった状況では、ドキュメントに明快な文章で自分達の考えを示していく技術が大切であることは誰の目にも明らかでしょう。もっとも、交渉では相手方に考えを伝えるだけでなく、「良い交渉」にすることを目指さなければなりません。こうした「良い交渉」を同席せずとも遂行するには、どのような工夫が必要でしょうか?

なお、本記事では、(a)適切な期間で妥結する(不必要に長期化しない)こと、(b)妥結した内容に自分達が求める内容が部分的にでも反映されたこと、そして(c)相手方も妥結内容にある程度の納得感があること、を満たしているものを「良い交渉」として念頭に置いて作成しています。

「同席しない」契約交渉で有効な方法

自社雛形(自社作成ドラフト)をベースとした交渉

交渉の場面では、アンカリング(※1)をすることで、議論ポイントのスタート地点が決まり、交渉の範囲を暗に制限する(制限される)ことが可能になります。自社から適切なアンカリングできれば、自社に有利な条件で妥結できる可能性が高まります。

(※1)「交渉者が最初に提示する言い値のことをアンカーといい、また言い値を提示することをアンカリング」という(グロービス著『交渉術の基本』ダイヤモンド社

契約交渉で最初に出す自社に有利な条件(アンカー)として有用なのは、自社雛形新規案件の場合は自社作成のドラフト)です。多くの皆様も実感があるところだと思われますが、妥結までのスピードを上げ、また自社にとって良い内容で妥結するという点では、自社雛形を提示し、そこから議論を進めることが契約交渉上非常に有用です。それほど違和感なく自社有利の条件から議論をスタートできるという意味では、実は交渉上最も重要なアクションかもしれません。

他の会社ではどれくらい自社雛形を提案できているのか?

以前の調査では、自社雛形ベースで交渉を開始できている企業の割合にはかなりバラつきが見られました。業種によってもかなり傾向は変わりそうではありますが、交渉のスピードとその内容を充実させるためにも、法務としては、よくある類型について雛形を用意し、積極的に事業部門に使ってもらえるよう促していくと良いでしょう。

規模などの企業間のパワーバランスに起因して、どうしても自社から雛形を出すのが難しいという場合には、アンカリングによる効果をよく把握し、先方提示の条件に引っ張られすぎていないかという観点から契約書をレビューしたり、交渉することを意識する良いでしょう。
この場合のチェックの基準としても自社雛形の存在が有用であることは言うまでもありません。

「こっちを立てて、あっちを譲る」交渉

ややテクニカルですが、人間の心理には「返報性」(※2)がはたらきます。
この心理を利用して、契約上の複数の条件について交渉が並行して行われている場合、先方の要求を受け入れる代わりに、自社の要求を通してもらうように調整することが典型的なテクニックとして提唱されています。
もちろん個人的な心理だけで契約条件がまとまるわけではないですが、そもそも契約当事者はどちらもこの契約をまとめたいという意思があるため、こうした「こっちを立てて、こっちを譲る」という手法は、相手方の納得感も得られるという観点でも、上手く作用することが多いです。

(※2) 「『譲歩には、こちらもある程度は応えないといけない』といった、相手の好意に応えたい、犠牲に報いたいという心理」(グロービス著『交渉術の基本』ダイヤモンド社

これに加えて、別の視点から見ると、「同席しない」交渉の場合は、一つのドキュメント上に交渉したい条件がすべて記載されているという見た目・物理的な状況もあり、「どれを立てて、どれを譲るか」といういわばパズル的な思考も廻らせやすいため、こうした典型的なテクニックも変わらず有効に活用できるでしょう。

「同席しない」契約交渉での注意点

交渉の幅が狭まる可能性

印南一路著『交渉学が君たちの人生を変える』(大和書房)によれば、交渉には、①「一つの固定されたパイを分割する」分配型交渉、②「複数のパイ(利益)を交換しながら行う」利益交換型交渉、③「パイ自体を大きくして自分と相手の利益を一気に実現する」創造的問題解決の3種類があるとされています。

ある程度条件が決まっているという前提があると、どうしてもそこでできる交渉は「その条件を受け入れるか、拒否するか」というゼロか100かの結論しかないものだと考えがちです。特に先方との条件が折り合わない時には、ドキュメント上の記載だけを見て考えようと思うと、思考の幅が狭まり、特に上記③のような思考に至らず、突破口の発見が非常に困難になることもあります。
さらに悪い状況としては、特定の条件に固執してしまい、法務が従来の事業部門が積み重ねてきた交渉過程を無視するような強硬な条件や頑なな姿勢を貫き、結果として交渉を長期化させるにとどまらず、相手方に不信感を抱かれてしまうこともあります。

このため、「同席しない」交渉で折り合えない状況に遭遇した場合、意識的に広い視野で交渉の落とし所を考える必要があります。
例えば③であれば、契約上に新たな条件を付加して議論の目先を変える方法や、そもそもリスクの大きさや発生可能性が小さいものであれば、当該条件を無理に規定せずにおいたり、曖昧な表現のままにして、戦略的に議論を先送りするといった方法が考えられます。

「留保価値」をうっかり見せない

交渉においては、これ以上妥協できない最低ラインがあります(価格を中心に「留保価値」という言葉で表現されることもあります)。大前提としてこれを最初から相手方に悟られてしまうと、交渉は相手のペースになってしまうため、基本的にこの留保価値は相手方は知られてはいけないとされます(Deepak Malhotra著『交渉の達人』(パンローリング)参照)。

口頭だとうっかり留保価値を口走ってしまったり、態度に表してしまう可能性もありますが、ドキュメント上であれば、文字に残すというハードルがあるため、一定程度こういった失敗を防ぐことは可能でしょう。
ただ、各所でよく議論される通り、社内のやり取りのつもりで書いた留保価値に関する情報(「うちとしてはここが最低ラインですね」など)を、うっかりそのまま先方にも送ってしまうというミスが一定の頻度で発生しています。この種のミスは交渉上非常に大きい影響をもたらすので、社内向けの情報なのか、社外向けの情報なのかは明確に記載する場所を分けるなど、仕組みによって解決するのが望ましいと言えるでしょう。

「BATNA」とは?

交渉において、どの参考書籍や文献でも非常に重要とも記載されているのがBATNA(バトナ、Best Altanative To Non-Agreement)です。

BATNAとは「目の前の交渉相手と合意する以外にいくつかの選択肢(Alternative)があったときに、『交渉相手に、私はあなたと合意しなくても別の良い選択肢があるので、それよりも良い条件でなければ合意しない』と宣言できる他の選択肢」(瀧本哲史著『武器としての交渉思考』 (星海社))と言われます。

この考え方は、交渉を有利に進めるために非常に重要です。ただ、技術のユニークさや業態の専門化が進む昨今において、自分達が相手方の「この技術」「このノウハウ」を求めている場合、つまり他の選択肢が乏しい場合には、BATNAがあるからもし失敗しても大丈夫という考え方は取りづらいため注意が必要です。

こういった場合には、自分達には「BATNAが乏しい」と言うことを相手方に悟られないような交渉を展開するか、逆に先方との信頼関係を早期から築いておき「正直ベース」での交渉を進めることになるでしょう。特に後者は、ドキュメント上で展開される「同席しない」契約交渉では表現することが難しいので、事業部門も巻き込みながら早期に先方と話し合う機会を設けることになります。

「同席しない」契約交渉でも法務が価値を発揮するためには

ドキュメント上だけで妥結できそうか、判断する

Word上のコミュニケーションになると、冒頭で言及した通り、多くのラリーが発生した場合には締結までのリードタイムが長くなります。一定の合意を見ている契約に関して、締結までの時間が長くかかることは、自社だけでなく相手方にとってもデメリットとなることが多いです。

このため、法務としてはドキュメント上で交渉をすることがそもそも妥結するためにベストなのかといった点を早期に見極められると非常に良いでしょう。
例えば、先方から返ってきたカウンターが、あまりにも自社の考えている内容と違った場合、そもそもの前提の理解に齟齬がある可能性があるので、実際に話し合う形式の交渉に切り替えるといったディレクションをするのが望ましいと考えられます。

過去の事例や経験を、道具として準備し授ける

たとえ実際の交渉の場に同席した経験が少なかったとしても、ドキュメント上での条件のすり合わせも立派な契約交渉です。こういった「同席しない」交渉の経験値の蓄積は、ご自身や組織の中に必ずあるはずです。その一方で事業部門には、当該部署に関わる蓄積しかないことが多いでしょう(場合によってはそれすらも残っていないこともあるかもしれません)。こうした会社全体の契約に関する法務としての蓄積、つまり「こういったケースには、こういった切り返し方があります」といった状況に即した交渉の進め方を、部署に関わらず各交渉に還元できるのが法務としての非常に大きな価値です。まさに交渉のための「道具を授ける」イメージです。

もちろんその前提として、その過去の蓄積が、今回の案件に適用・応用できるものなのかをきちんと判断できなければ、「筋違いな指摘」をすることになり、却って法務への期待感を損ねることになってしまいます。

こういった判断には、自社のビジネスにおける本案件の位置付け、自社の市場における立ち位置、相手方との関係といった様々な事実を掴んでおくことが必要となるため、法務パーソンにも、普段から会社の状況や自社の属する市場の概況など、ビジネス面の情報を絶えず入手し続けることが求められることになります。

これは、前述の「在り方報告書」で攻めの法務の機能として提示されている「経営や他部門に法的支援を提供することによって、会社の事業や業務執行を適正、円滑、戦略的かつ効率的に実施できるようにする」パートナー機能を発揮するための基本動作とも言えるでしょう。

まとめ

この記事のまとめ
  • 「同席しない」契約交渉の特徴とは?
    • 自社と相手方とでドキュメントを介してコミュニケーションのリレーが行われる
  • 「同席しない」契約交渉でも有効な交渉術とは?
    • 自社雛形をアンカーとした交渉
    • 「こっちを立てて、あっちを譲る」交渉
  • 「同席しない」契約交渉の注意点
    • ドキュメント記載の内容に縛られた限られたパイを奪い合う交渉への固執
    • 留保価値のうっかり開示
  • 「同席しない」契約交渉において法務が価値を発揮する方法
    • ドキュメント上だけで妥結できる場合なのか判断し、ディレクションする
    • 過去の契約交渉の経験を、道具として事業部門に授ける

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Hubble社のCLOで弁護士の酒井と企業法務経験者の山下が本記事にもある契約交渉のセオリーに基づいて、相手方や事業部門に対して、折り合うのが難しい時にどのように対応するかを、Wordファイルやメールに残すコメントという切り口でご紹介しています。
本記事よりも更に具体性の高い内容となっておりますので、ぜひご覧ください!

本記事の著者情報

山下 俊(やました しゅん)

2014年、中央大学法科大学院を修了。日系メーカーにて企業法務業務全般(主に「一人法務」)及び新規事業開発に従事しつつ、クラウドサインやHubbleを導入し、契約業務の効率化を実現。
2020年1月にHubble社に1人目のカスタマーサクセスとして入社し、2021年6月からLegal Ops Labの編集担当兼務。2023年6月より執行役員CCO。

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