本記事でわかること
Over view
- 交渉相手から契約書ドラフトがPDFで送られてくる理由・背景
- PDFの契約書ドラフトをWord変換して修正する際の注意点
- PDFの契約書ドラフトを無料で簡単にWordに変換する方法
- 文字化けしてPDFからWordにうまく変換できない場合の対処法
取引先と契約交渉を行う際、契約書ドラフトがPDFファイル形式で送られてきた経験はありませんか?
通常、契約書ドラフトは交渉の過程で法務担当者がMicrosoft Word(以下「Word」)の修正履歴やコメント機能を活用しながたWordファイル形式(以下、「Word」)で送り合って合意形成を行い、契約締結に至った段階ではじめて修正履歴やコメントを消した、いわゆる「クリーン版」の契約書をPDFファイル形式(以下「PDF」)で作成して締結に至ります。
しかし、契約交渉の最初の時点で相手方から契約書ドラフトがPDFで送られてきてしまうと、契約交渉のために修正履歴やコメントを付すことが困難です。
本記事では、こうした場面における、
- そもそもなぜ取引先が契約書ドラフトをPDFで送ってくるのか?
- PDFで契約書ドラフトを受領した場合にどのような対応を取ればよいのか?
などの疑問に答え、取引先の意図、PDFをWordに変換して修正交渉を行う方法や注意点をわかりやすく解説します。
契約交渉相手はなぜPDF契約書ドラフトを送ってくるのか?
日本の契約実務においては、Wordの修正履歴やコメントを通じて行うことが「契約交渉のマナー」とも言える中で、そもそもなぜ取引先は契約書ドラフトをPDFで送付するのでしょうか?
その背景や意図は、以下のようないくつかのケースがあります。
それぞれ詳しく見ていきましょう。
①修正・変更を許さない意思
Wordで通常行うような修正履歴やコメントをやり取りした契約交渉を行う意思がなく、取引先が提示した契約書雛形からの変更を許さないことを基本としているケースです。
後述する通り、契約は詳細な取引条件も含めて合意が形成されてはじめて成立します。したがって、とりわけ日本の契約実務慣行としては、取引の一方当事者が変更を希望する場合にはその希望を踏まえて双方が合意できる妥協点を探ったり、希望を受け入れたりしながら合意の内容を形成していくことが通常です。
しかし、取引当事者間に交渉自体を行う余地がないような力関係である場合や、日本の取引習慣とは異なる取引習慣を持つ外国の企業の場合においては、最初に提示した雛形を「受け入れるか、取引をあきらめるか」のいずれかしか選択の余地がない取引になりえます。
こうしたケースでは、取引先が「変更を許さない意思」を持って契約書ドラフトをPDFで送ってくる場合があります。
②修正・変更を抑止する目的
交渉の一環として相手方の行動を抑止するために契約書ドラフトをPDFで送るケースもあります。
①のように明確に変更や修正を認めないという方針があるわけではないものの、変更や交渉の頻発を防止する目的でとりあえずPDFを送付とするケースです。
交渉相手からPDF契約書ドラフトが送られてきた際に、「変更はできないのではないか?」という心理が働くため、この萎縮効果を利用して有利に交渉を進めようとしているケースとも言えます。契約交渉は内容面のみならずこうした形式的な側面からもスタートしているのです。
③型崩れ防止
上記2つは内容に対するコントロールが主な目的である一方、単純に形式的な型崩れや段落ずれ等の形式的な側面を重視してPDFを送付するケースもあります。
特に、図表が多く組み込まれている雛形や特殊なインデントを使っている契約書ドラフトの場合には、型崩れや段落ずれを防止するためにPDFの他、Microsoft Excel(以下「Excel」)で契約書を送付することもあります。
この場合は、表の中が選択式、または枠の中にのみ内容を書き込める形式となっていることもあるでしょう。
PDFやExcelではなく、Wordでも該当箇所にしか記載ができないような編集不可の文書ロック機能が使われていることもありますが、ここまでくると形式面の型崩れ防止は副次的な目的で、①や②のように、内容面での変更防止・抑止が主たる目的であると評価できるかもしれません。
④約款・約款類似の定型契約
不特定多数の取引相手と大量の取引をする場合には、「定型取引」として取り扱われるケースもあります。すなわち、取引の内容の全部又は一部が画一的であることが取引当事者双方にとって合理的で、かつ、定型約款での契約に合意した場合には両当事者間の契約内容は定型約款で規律されることになります(民法548条の2)。
定型約款が適用されない場合であっても、PDFで送られてきた契約書自体には取引条件の記載はほとんどなく、利用規約や基本契約書等に詳細な取引条件が定められており、多数発生するサービスの利用申込書や受発注書と同等の位置づけの書面として申込や発注の意思を証拠として残すことだけを意図した書面をPDFで送付するケースもあるでしょう。
利用規約をHP上に掲載しておいた上でHP上のボタンのクリックで定型取引合意をとる場合がありますが、こうした合意の取得のみを目的とする場合には内容の変更を想定していないため、署名取得のみを目的としてPDFや編集不可のロック機能付きのWordあるいはExcelで契約書が送付することがあるでしょう。
その他
上記でご紹介した以外にも、特にBtoCやCtoCの取引等においては、Wordで送付する習慣を知らずに意図せずにPDFで送付しているケースやPDFを印刷して手書きでのやり取りを前提としてPDFで送付しているケースもありうるかもしれません。
また、BtoBの取引においても、自社雛形から変更が発生すると法務の契約書審査を通す必要があるため、法務審査のリソースや時間を極力削減するためにPDF化している企業も一定存在すると考えられます。
PDF契約書はWordファイルに変換して内容を変更してもいいのか?
契約書ドラフトがPDFで送られてくると、その契約書を受領した当事者は、「相手方は契約内容の変更を許さないのではないか」と身構えることになります。
では、こうしたケースで契約書の内容の修正や変更をすることはできるのでしょうか?
結論、変更可能。ただし、例外もある。
特に日本企業の契約慣行においては、契約内容に合意できないと考える場合、取引先に対して契約書ドラフトの変更や修正を依頼することは何ら問題ありません。
こうした結論を裏付けるいくつかの理由を注意点とともにご紹介します。
なぜ変更してもいいのか?
契約=双方合意
相手方提示のドラフトへの変更が許される最重要理由は、そもそも契約とは、取引当事者間の合意に基づき成立するものである点です。
民法521条2項には「契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。」と規定されており、「契約の自由」が定められています。
つまり、契約当事者には、以下の3つの自由があるのです。
- ①契約締結の自由:契約を締結するか、締結しないかを決める自由
- ②契約相手方選択の自由:契約する場合、誰と契約を締結するかを選択する自由
- ③契約内容の自由:契約する場合、どのような契約内容にするかを決める自由
契約締結までに間の交渉とは、契約の内容を双方が合意できるものにするために行われるものであるがゆえに、合意できない内容が取引先から突き付けられた場合も、基本的には「その内容では合意できない」という意思を表示することは可能であり、自社に有利な交渉を行うためには必須であるといえます。
日米の契約慣習の違い
ただし、ここで注意が必要なのは、たしかに契約の自由には内容を決める自由もあるのですが、交渉相手方にも「誰と契約を締結するか」選択をする自由もあるという点です。
すなわち、PDF契約書ドラフトを提示してきた企業が「この契約書に合意してくれないのであれば契約締結はしなくてもいい」という考えを持っているとすれば、修正や変更の申し入れをしてもその申し入れは聞き入れられることはなく、最終的には「契約締結をあきらめる」か「相手方提示の契約書の条件をのむ」かのいずれかの選択を迫られるケースもあります。特に契約相手を選べる力関係が不均衡な取引当事者間で生じる事象であるといるでしょう。
また、日本では一般的に「練り上げ型」で契約交渉を積み重ねながら契約の内容を決めていくのに対し、欧米では「申込み」と「承諾/非承諾」の意思表示のみが行われることが多いという契約実務慣習の違い*にも起因するため、外資系の企業との契約交渉においてはPDF契約書が使われるケースも多いかもしれません。
*小林一郎『日本の契約実務と契約法ー日本契約慣行の研究』(商事法務、2024年)30~35頁参照。
契約書自体を変更して交渉するのか、担当者ベースでやり取りするのかの違い
仮にPDFで送られてきた場合でも、契約の窓口になっている担当者ベースでの交渉が行われ、結果として契約内容が変更されることがあります。
このように、仮に交渉相手が「内容を変更しない意思を持っているかもしれない」と感じたとしても、まず一度修正の希望を伝えてみて、相手方のリアクションを待つというのは取引習慣上、一般的な行為といえます。
したがって、交渉の仕方として、担当者ベースで直接話したりメールで伝えるのか、契約書案の内容に対して修正やコメントを入れるのかの違いにすぎないと考えれば、PDFで契約書が送られてきたとしても、必要以上に身構える必要はないといえるでしょう。
もっとも、後述の通り、取引当事者同士の力関係を踏まえると交渉に応じてくれないことが明白であり、かつ、取引の迅速さが求められている場合には、絶対に譲れない条件でない限り、修正や変更の交渉の手間をかけずに受諾することがビジネス上必要なこともある点には注意が必要です。
取引相手と正確に共通認識を形成しながら交渉を行うにはやはり契約書自体の条項修正がベスト
いずれにしても契約交渉が必要な場面では、条項とその変更内容や意図を正確に相手方に伝える必要があります。
この場合、上記の通り、窓口担当者に伝達をしてもらうという方法もありますが、特に契約内容は難しく、該当箇所や条文の内容を正確に伝えなければ異なる意味になってしまうこともあり、伝言で対処するのは難しい場面も多いでしょう。
そこで、変更内容やその背景を正確に伝え、相手方と合理的な共通認識を形成するには、やはり契約書案に対して修正やコメントをつけて交渉を行っていくことがベストな対応策となります。
しかし、PDFのままではWordのように変更履歴をつけることができず、不便に感じられている方も多いのではないでしょうか?
どうやってPDFファイルからWordファイルに変換するのか?
そこで、PDFファイルをWordに変換し、修正履歴やコメントをつけて取引先にドラフトを戻す必要があります。
無料でPDFをWordに変換する以下の3つの便利な方法は、下記の記事で詳細に解説していますので、是非ご覧ください!
- PDFをWordアプリで開く
- Google Driveにアップロード→Google Docsに変換→Wordでダウンロード
- WordでもGoogle Docsでもうまくいかなかった場合の裏技
PDF から Wordに変換する際の注意点
ここからは、PDFからWord変換をして契約交渉を行う際の注意点をまとめています。
取引先が変更を認めない意思である場合は交渉期間が長期化
PDFで契約書ドラフトが送られてきた場合には、先方が交渉に応じない意思があるケースがあり、この場合は、変更の申し入れは契約交渉期間が長期化するだけで交渉が実らないこともあります。
こうしたケースに該当するかどうかは、交渉窓口の担当者と法務担当者が密に連携を取りながら状況を的確に把握し、以下のような各論点を検討した上で交渉に臨む姿勢を決めていく必要があります。
- ビジネススピードや相手方との関係を重視するのか
- 契約内容は修正しなければどのようなリスクがどれくらいの確率で起こるのか
- リスクが顕在化した場合の損失の大きさ
型崩れや文字化けしてしまうことがある
PDFをWord化する場合に、文字化けやインデントや図表のずれが生ずることがあります。形式に不備があると、Word 化しても正確に交渉内容が伝わらなくなってしまうおそれがありますので、取引先に、ドラフトを Word ファイル送付してもらえないか確認する方が早いかもしれません。
取引相手からWordファイルがもらえない場合の対処法は後述します。
無料の変換ツールを利用する際のセキュリティリスク
オンライン上で、ファイルをインポートしてWordファイルをPDFファイルに変換するサービスもありますが、契約書は取引先や自社の秘密情報が含まれうる重要文書であるため、容易に無料ツールを利用することはセキュリティやリーガルリスクが大きくお勧めできません。
なぜなら、オンラインでの無料ツールの利用規約では、インポートした情報の内容を保存・利用・AIでの学習に利用することに同意することになっているものがあるからです。
したがって、仮にこうしたサービスを利用する際には、利用サービスの利用規約をしっかりと読み、情報が保存・利用されないものを厳選するか、保存・利用されても問題のない情報しか含まれていないことを確認したうえで利用する必要があります。
PDFからWordに変換しようとしてもうまくいかない場合の対処法
変換がうまくいかない場合には、以下のような対処法もあります。
- 相手方からWordファイルで送付してもらうように依頼してみる
- PDFファイルに直接コメントを書き込む
- 印刷をして手書きでコメントを付したものをデータ化して送付
- 変更希望個所が多くなければ変更希望個所・内容をメール等に記載・窓口担当者に伝達してもらう
- Adobe Acrobat等の有料のPDF編集ツールを利用
- 交渉相手方とMTG等で直接交渉を行う
契約交渉の最終チェックポイントー電子契約で送られてきたPDF契約書で締結してしていいのか?
チェックポイント①
上述の通り、契約交渉においては、交渉窓口の担当者と法務担当者が密に連携を取りながら状況を的確に把握し、交渉に臨む姿勢を決めていく必要があります。この際、取引がまとまるように、あるいは自社に有利に取引条件を合意できるように、過去の取引先との交渉経緯や社内での議論を踏まえて取引先と協議を行うことも重要です。
チェックポイント②
取引先との契約交渉を終えて、電子契約でPDFの契約書のクリーン版が取引相手から送付されてきた場合、あるいは、紙の契約書が郵送されてきた場合、確認せずに押印をするのは危険です。相手方から送付されてきたクリーン版契約書と社内で契約書審査の末最終版としてFIXした契約書ドラフトに差分がないかを必ず確認しましょう。
稀に、取引相手方が契約交渉で合意をした内容と異なる内容を含む契約書を、あたかも合意形成された内容である「クリーン版」であるかのように装って契約書を送付してくるケースがあるためです。
一昔前は、「クリーン版PDFと最終版の契約書Wordファイルをそれぞれ印刷して、重ねて透かしながら違う内容が書かれていないかチェックしている」とのエピソードも耳にしましたが、目視で最終版とクリーン版が同じ内容であるかを目視で確認するのは、神経を使う非常に骨の折れる作業です。
こんなときに、PDF契約書とWordの最終ドラフトの差分を正確に、かつ迅速に、自動で検知するチェック機能が活躍します。
チェックポイント③
最後に、送付されてきた契約書PDFを電子契約で契約を締結した場合、電子帳簿保存法上の「電子取引」に該当します。電子契約をPDFのまま、電子帳簿保存法の要件を充足したうえで保存しなければならないことも忘れてはいけません。
契約交渉から締結後までPDFの契約書を安全に管理
「Hubble」は、法務担当者と交渉窓口担当者の連携を強化しながら、電子契約で送付されてきたPDF契約書と、交渉の末にFIXした最終版のWordの契約書ドラフトの差分を自動で検知できる電子帳簿保存法対応の契約書管理システムです。
取引先から契約書度フラフとがPDFで送られてきた場合には、こうした契約書管理システムを利用して、契約交渉のリスクを押さえながら、安全かつ迅速にPDF契約書を管理していくことをお勧めします。
記事執筆者:Hubbleリーガルリサーチ・編集部
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