- 近年の企業法務人材の採用動向
- 近年の企業法務人材を取り巻く状況
- 現状の企業法務人材の採用ポイントとその実例
2024年8月23日(金)に開催したオフラインイベント「日本軽金属株式会社におけるリーガルオペレーションズの実践―人材、ナレッジマネジメントから予算まで」の講演パートを特別配信いたします!
(Hubble社のWebサイトに遷移します)
はじめに
みなさん、こんにちは!
このLOLでは何度も言及している通り、今企業法務ではかつてなく人材の流動性が高まっている状況です。それにもかかわらず、企業からは「なかなか良い人材が取れない」「募集を1年以上開けているが、良い人材に巡り会えない」とのお話しを聞きます。
今回は以上のような状況を踏まえて、企業法務人材の採用がうまくいっている会社にはどのような特徴があるのか、考え方と実例とを織り交ぜながらご紹介していきます。
「採用はマーケティングと同じ」
企業が選ばれる時代になった
企業法務に限らず、企業活動における人手不足が言われるようになって久しくなりました。
以下の図1の通り、生産年齢人口は既に減少するトレンドになっており、2020年から向こう10年で見ると、生産年齢人口は10%近く減少するとの推計が発表されています。
そもそも前提となる人手が少なくなっていることから、(仮に有名企業であっても)現在の企業法務に求められるような専門性を持った即戦力人材を黙って口を開けているだけで採用できる時代ではなくなっています。こういった状況を「企業が選ぶ時代から、選ばれる時代になった」と表現することもあります。
求職者の価値観の変化
更に求職者が仕事に求めるもの、その価値観も多様化してきているとされています。
米国での調査では、景気変動を経験した世代間での仕事に対する価値観の差異を示唆する興味深い結果が発表されています(※1)。具体的には、若年層で、給与水準に加えて、仕事が有意義であるかを重視する割合が増えているのです。これは米国だけに特有の傾向ではなく、日本で実施された以下の記事で引用された調査でも類似した結果が見てとれます。
なお、こうした多様化は、企業法務人材においても同様であることが経済産業省が発表した「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」(以下「在り方報告書」)のP31でも言及されています。
以上のような観点から、顧客に自社製品をアピールするかのように、求職者が重視するポイント(言い換えると、転職・入社動機)に会社が合致していることを積極的に伝えていくこと、つまりマーケティング的な活動が現在の採用活動で一般的に重要だとされているのです(※2)。
(※1)「How the Recession Shaped Millennial and Hiring Manager Attitudes about Millennials’ Future Careers」 P18参照
(※2)なお、この点については、大谷昌継『すごい採用』(2022年、技術評論者)などで詳述されていますので、気になった方はご覧頂くと良いでしょう。
企業法務人材を取り巻く状況
端的にいえば、企業法務人材は、少なくとも2024年現在、大幅に新たな人材が増えにくい一方、多くの企業で更に人材需要は高まることが予想されるため、その専門性も相まって、「限られた人材の熾烈な争奪戦」であり続けることが予想されます。
その理由は以下の通りです。
- a. 法科大学院からの人材供給の低迷
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直近の状況は必ずしも明らかになっていませんが、法科大学院(いわゆるロースクール)卒業生のうち、特に司法試験未合格者の20%近くが企業の法務(部)へ就職する傾向があります(※3)。このため、法科大学院入学者の数は、企業法務の人材供給源の状況を測る上で、非常に重要です。
(※3)「第6回 法科大学院修了生就職動向調査」P9参照
この法科大学院入学者数を見てみると、図2の通り、一時期ほどの落ち込みからは回復傾向ではあるものの、全体としては定員充足率が90%を下回るなど必ずしも人気とはいえず、また現状から大きく増加することも考えにくいと思われます。
- b. 法務人材の流動性の高まり
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その一方で、少なくとも法務の人材の流動性は高まっていることは、以下の図3にあるように、退職者の割合の高まりからも見てとることができるでしょう。
一方で、図3で引用した、米田憲市 編、経営法友会 法務部門実態調査委員会 著『会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告』(商事法務、2022年)の調査によると、経験を積んだ9割近くの法務担当者が、引き続き法務担当であり続けていることを示唆する結果もあり(※4)、少なくとも法務職からのキャリアチェンジによる人材の流出は最小限に抑えられている(他社に移ったとしても多くが法務職ではあり続ける)状況であると推察されます。
(※4)米田憲市 編、経営法友会 法務部門実態調査委員会 著『会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告』(商事法務、2022年)P48-49参照
- c. 法務人材の主管業務の増加
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上記と同じ調査において、企業法務部門が主管する業務の範囲が広がっているという結果も発表されているように(※5)、その人材の供給量に対して業務量は増加傾向にあると思われます。
これに加えて、法務は従来の「守り」の活動だけでなく「攻め」にも転じ、量だけでなく質的にも業務範囲を広げるように求められており、これを追い抜くレベルでの業務効率化をしない限りは、人材を増やすことでしかこれらの要請には応えづらい状況にあると言えるかもしれません。
(※5)米田憲市 編、経営法友会 法務部門実態調査委員会 著『会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告』(商事法務、2022年)P328など
企業法務人材の採用におけるポイント
以上の通り、「限られた人材の熾烈な争奪戦」となっている法務の募集・採用活動におけるポイントにはどのようなものがあるでしょうか?
本記事の冒頭に示した通り、採用がマーケティング活動に近しいとの前提のもと、数多くある採用活動のポイントのうち、特に自社の情報を広く届ける観点、求職者を惹きつける観点、そして不安を払拭し応募しやすくする観点(※6)から見たポイントを、実例とともにご紹介していきます。
(※6)この3つの要素は、青田 努『採用に強い会社は何をしているか 52の事例から読み解く採用の原理原則』(ダイヤモンド社、2019年)のAttention、Attract、Applyの3分類を参考にしていますので、全体像を把握したい方は同書をご覧ください。
①採用に法務(の管理職)が積極的に関わる
前述の通り、採用がマーケティング化し、自社の法務の魅力を求職者にアピールする必要がある今、法務(の管理職)がしっかりと採用にコミットしていくことが重要になっています。
これは、日本版リーガルオペレーションズのCORE8(以下「CORE8」)の「人材」のレベル2でも明確に要件化されているものであり、改めて非常に重要な要素と言えるでしょう。
以下では、法務部長が求人媒体の選定、スカウトメールの文章の作成など募集・採用プロセスの最初から候補者との会食まで、しっかりと関わり、人材採用に成功している事例をご紹介しています。
自社に優秀な採用担当がいたとしても、企業法務に刺さる言葉やオファー内容、就業環境を知っているのはやはり法務の方です。その意味でも少なくとも管理職の方は、時間が許す限り、採用に時間を割くことが重要になるのです。
昨今では、人材エージェントの活用をするか否かに関わらず、法務の具体的なメンバーや取り組みを自社の採用メディアやSNSを通して社外に公開していくなど、採用広報への積極的な協力も必要とされてきています。
例えば、実際に法務チームがどのような考え方で働いているかを、メンバーへのインタビューを通して上手に紹介している、以下のナイル社のケースは参考になるでしょう。
また、メルカリ社のように、メンバー一人一人のパーソナルな部分に(少しだけ)フォーカスしたページも参考になります。一緒に時間をともにして働くであろう同僚の解像度が上がる点で、求職者には非常に有益な情報になると思われます。
上記はいずれもキャリア(中途)採用を前提としたメディアですが、法務の新卒採用を目指す場合であれば、TOYO TIRES社のように、少し思い切った表現を用いつつ、学生層に企業法務という仕事自体を知ってもらうことから始める必要があるかもしれません。
もちろん、個々人の志向性によって、あまり表に出たくないということもあるため、必ずしも名前や写真を入れることがマストとも言えません。採用チームと話し合いながら、無理なく進められる方法を見つけられると良いでしょう。
②自社の法務が求める人材像を明確化する
前述の通り、法務(の管理職)が採用に一定の工数を割くことが重要とはいえ、無尽蔵に時間を使えるわけではありません。その意味でも、採用したい「自社の法務が求める人材像」を明確にすることが有意義です。この点もCORE8の「人材」のレベル2に言及があるポイントで、本来は法務の戦略とも結びつきます。
こうした人物像の定義があれば、採用時はもちろんですが、入社後のミスマッチも防ぐことにも役立ちます。
以下の事例では、組織の「クレド」を定めることで、チームのメンバーが備えていてほしい信念や姿勢を明確にし、採用時点はもちろんのこと、採用後のオンボーディングやチームビルディングにも好影響をもたらしている様子をご紹介しています。
③自社の魅力を知る、時には作る
前述の通り、熾烈な企業法務人材の獲得競争においては、他社との差別化要素をいかにアピールするかが重要になります。
昨今でこそ、本メディアも含め、各社の企業法務の状況を伝える情報は増えてきましたが、それでも各社の法務がどのような理念のもと、どのような環境で、どのような(特徴的な)活動をしているかを求職者側がつぶさに調べ上げることには限界があります。このため、自社の差別化要素、つまり魅力を(なるべく広く)企業側から積極的に伝えることが重要なのです。
もっとも、組織の中にいると、意外に自社の法務の差別化要素がよくわからないというケースもあるでしょう。そういった場合には、実際に所属しているメンバーになぜ当社を選んだのか聞いてみたり、各社の法務を幅広く見ている法務特化の人材エージェントに客観的に見てもらうのも良いでしょう。
以下のnoteでは、具体的にどういった点を自社の法務の強みとして定義したか、その考え方のプロセスも合わせて記載されているので参考になります(各論編を引用しましたが、総論編と併せて読むと良いでしょう)。
更に半年から1年単位であれば、今はなくても新しく強みを作りに行くというアクションも十分可能に思われるため、仮に今そういった差別化要素が本当になかったとしても、諦める必要はありません。
2024年5月現在において、従業員にフル出社を求めるようなオフィス回帰の流れが見られています。結果として、リモート勤務ができないことを理由に転職の決意をした法務の方を、筆者も複数見てきました。
今時リモートは当たり前と思いがちですが、こういった就業環境も(それだけで採用できるということではないですが)十分自社の強みの一つとなり得ることは頭の片隅に置いておいて良いでしょう。
④キャリアパスを示す
現在、企業法務職で転職を試みる方には「自分はこのままで良いのだろうか」とキャリアに対する切実な危機感を持っている方が多いと言われます。
そういった方は、積極的に仕事に取り組みたいと思う反面、今から入社する会社で自分がどのように成長できるのかを非常に不安に感じています。このため、企業は、求職者のキャリアパス(その会社でキャリアを積み重ねるために必要な道筋・過程)を明確に示すことができると良いでしょう(※7)。
以下の記事においても、転職エージェントから見た採用成功の要因として、「キャリアパスが明確に示せていること」が挙がっていました。
(※7)「在り方報告書」P31においても同様の指摘がある。
一般に、法務のキャリアの歩み方として言及されることが多いのは、以下の4つです。
- スペシャリスト(契約法務、組織法務、セキュリティなど、領域特化)
- ジェネラリスト(幅広くビジネスとの連携を重視)
- マネジメント(法務部門の管理職)
- 経営(CLO、GC、監査役など)
教科書的には、これらのキャリアに進むために、社内でどういった知識・スキルの取得や経験の必要があるのかがを明確にしたものが、企業法務職におけるキャリアパス、ということになります。
例えば、スペシャリストになるためには、原則として3年間の実務従事実績と特定の資格の取得を必須としたり、経営に進むには子会社への出向・実務経験を必要とするといったことが考えられます。
もっとも、特に法務組織をこれから作るフェーズの企業をはじめ、多くの企業では、そもそもこういった明確な事例がなく、再現性のあるキャリアパスを明示することは非常に難しいことも多いと思われます。しかも、仮に上記のような典型的なキャリアに対応するキャリアパスを設けていても、前述の通り、企業法務人材のキャリアの志向性が多様化しており、用意したものに常に当てはまるとも限らないということも注意が必要です。
このような場合には、求職者に対して仮に明確なキャリアパスが示せないとしても、以下の点を(可能な限り具体的な事例とともに)伝えられれば同等の価値があると思われます。
- a. キャリアパスの柔軟性
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事業の成長やプロジェクトへのアサインを通じて事業に近接した経験を積むことで、ジェネラリストやマネジメントへの進むことができるなど、柔軟なキャリアパスが望めること、加えてそもそも現時点で存在しないポジションを作ることも可能であることをアピールすることが考えられます。
- b. パーソナライズされたキャリアパスの作成支援
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実際に求職者が描いているキャリア像をヒアリングした上で、現時点では当該求職者が考えているようなキャリア像へのキャリアパスが明確ではない(前例がない)が、当人が目指すキャリアに向けたキャリアパスを一緒に考えていくことを伝えるといった方法があるでしょう。
まとめ
- 近年の企業法務人材の採用動向
- 人口減少と価値観の多様性により採用はマーケティング要素が強まった
- 近年の企業法務人材を取り巻く状況
- 今後も限られた人材の熾烈な争奪戦となる可能性が高い
- 現状の企業法務人材の採用ポイントとその実例
- 法務(の管理職)が採用に関わる
- 人材像の明確化
- 自社の魅力を知る
- キャリアパスを示す
山下 俊(やました しゅん)
2014年、中央大学法科大学院を修了。日系メーカーにて企業法務業務全般(主に「一人法務」)及び新規事業開発に従事しつつ、クラウドサインやHubbleを導入し、契約業務の効率化を実現。
2020年1月にHubble社に1人目のカスタマーサクセスとして入社し、2021年6月からLegal Ops Labの編集担当兼務。2023年6月より執行役員CCO。近著に『Legal Operationsの実践』(商事法務)がある。
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