大手通信系企業でUXデザイナーや法務など多様な業務を経験した後、ベンチャー企業を経て、株式会社10Xに入社した疋田和大氏。同社では入社4カ月ながらも法務業務のオペレーションの改善を進め、成果を上げています。今回は、疋田氏が法務オペレーションに興味を持ったきっかけや企業が専任者を配置することの意義についてお話を伺いました。
〈聞き手=山下 俊〉
「会社を強くしたいのであればバックオフィスも重要」
本日は宜しくお願いします!
さてご入社されてまだ数ヶ月とのことですが、疋田さんの貴社での役割を教えてください!
10Xの二人目の法務人材として、コーポレートオペレーションズ部(当時)に採用されました。一般的な法務業務ではなく、管理部門全体の視点から法務の業務設計を考え実装していく役割を担っています。契約業務も一部行っていますが、月10件程度で、オペレーション改善に力を入れているところです。
疋田さんが所属されている「コーポレートオペレーションズ部」(現「コーポレートアドミニストレーション部」)とはどのような組織なのでしょうか?
こちらの組織には、ITチーム、人事労務担当者も所属しています。人事部門は別に組織がありますが、オペレーションに関するプロジェクトや業務改革は、コーポレートオペレーションズ部と共に進める形をとっています。
こちらの組織に所属される中で、疋田さんは具体的に会社からはどんなことを期待され、またどのようなミッションをお持ちでしょうか?
法務体制をスケーラブルな形に整え、小さなチームでも高い品質でリーガルサービスを提供し続けられるオペレーションの基盤を構築することがミッションです。会社からは、法務領域の経験や専門性を求められる一方で、それにとどまらない、管理部門全体を見渡すことも期待されており、業務改善による従業員体験やステークホルダーに対する体験の向上、社外への説明責任の確保等も含まれています。
会社組織として法務のオペレーションに着眼されているということは、経営側の法務に対する意識が高いという印象を持ちます。
法務を含めたバックオフィス全体に対して意識が高いという感覚はありますね。現在当社は120名程度の組織ですが、法務専任組織が立ち上がったのは全社で50人程度の規模の時期でした。スタートアップではありますが、大企業との取引もあることから、セキュリティ含め、バックオフィスの体制が整っていることが、取引先から信頼を得るために大切なポイントの一つと捉えているのだと感じます。
事業との関わりもあり、バックオフィスの重要性が高いのですね!
今この瞬間ももちろん大事ですが、長期的に組織を強くするためには、「ビジネスサイドだけでなくバックオフィスも重要」という考えが組織に根付いているように思います。当社の代表を含め、ビジネスを通じて長期で社会のインフラを構築していくという自覚があるので、「一気にアクセルを踏んで短期間で急速に売上を伸ばせばそれでいい」という考えになりづらいことが大きな要因だと感じています。
実際に事業部門の方とコミュニケーションを取る中でも、こうしたカルチャーを感じられることはありますか?
周囲では時折耳にする「とりあえず案件を進めたいのに、契約書のやりとりなんて面倒」といった意識は、当社ではあまりないですね。社内の業務オペレーションを整備することに対する重要性も理解してもらえている印象です。
法務はもっと「怠惰」で良い
疋田さんは法務の他にも、営業やUXデザイナー等多様なご経験をされてきています。こうした中でどのような契機でオペレーションの領域に興味を持つようになったのでしょうか?
以前所属していた企業で営業を担当していた頃には、Microsoft Excelで案件を管理して定期的な進捗ミーティングを行うのが一般的な業務の進め方だと思っていました。しかし、その後、R&D部門のUXデザインのチームへ異動してみると、案件はスクラム形式で進め、2010年代前半にSlackを採用する等、最先端のフレームワークやツールを使って業務を効率化することが当たり前に行われていて、カルチャーショックを受けました。
同じ会社内でも、オペレーション改善に対する意識が大きく違ったと。
はい、しかも、そうした世界を知った後に法務に異動し、またExcelでの案件管理に戻ったことで、「同じ会社なのに、なぜこんなにギャップがあるのか」と疑問を感じました。テクノロジーを活用すればもっと効率化できるのに、と。
なぜこうした差が生まれるものだと思われますか?
一般論として、法務の方々は非常に我慢強いと感じます。エンジニアの三大美徳は「怠惰」「短気」「高慢」と言われます。このうち、法務に一番足りないものは「怠惰」なんですよね。毎日毎日Excelに書き込むのが面倒だったとしても、粛々と取り組んで辛そうな顔をしない。でも、専門性を持つ人たちのリソースがそうしたルーティーン作業に割かれ続けているのはもったいない。もっと怠惰でいいのに——エンジニアに囲まれて働いていた期間に、そう強く思うようになりました。
会社目線・経営視点での法務オペレーション改善は、まず数字の把握から
今所属されている10Xでは、経営レベルでオペレーション改善への意欲も高そうです。疋田さんは、企業としてどのように法務のオペレーション改善に取り組んでいくべきか伺いたいです!
例えば、法務業務の中でも弁護士や弁理士費用の管理は、経営的に非常に重要な事項です。かけているコストを把握し、ROIを検討する必要があるからです。ただ、このような業務は、法務の専門性が必要な業務とは別物です。
こうした業務の専任者がいない場合には、法務担当者が通常業務の合間にオペレーションの改善を進めなければならないですが、私の経験も踏まえると、オペレーション改善は通常業務をやりつつ片手間でできることではないんですよね。特に法務はテクノロジーが得意ではない人も多いですし。
となると、やはりオペレーション改善を担う専任者が必要になりそうですかね?
理想を言えば、オペレーション改善のための専任者が法務の横にいて、会社的な目線、経営的な視点から「管理はこうやっていきましょう」とか、「組織のガバナンスや全体の業務フローをこう見直していきましょう」という形で、法務とは異なる別個の専門性が必要となる業務を引き取る方が、双方の専門性をうまく活かせると思います。
ただ実際に専任者を採用するのは…
そこまで簡単ではないと思います。とりわけ社内への説明が難しいかもしれません。ROIの観点まで含めて説得することは、現時点では非常に難しいです。バックオフィスを重んじる当社のような場合は比較的理解が得られやすいと思いますが、多くの企業では、やはりコスト感覚として比較的厳しい目が向けられるのではないでしょうか。「専任者なんて贅沢だ」と。
これはベンチャー・スタートアップ企業だと異なってくる可能性もありそうですか…?
例えば、法務の1.5人目くらいの位置付けで、法務オペレーションの改善をしながら困ったときには通常の法務業務をフォローできるという人材がいると、組織としてはかなりパフォーマンスが上がると思いますね。
加えて疋田さんとしては、オペレーション改善をしようとした際に、何から手を付けていくべきとお考えですか?
客観的な数値で課題を把握することでしょうか。当社でも、法律相談の案件数はそこまで多くないという認識があったのですが、実際に集計してみると、月間で50件程度の問い合わせがあり、結構多いことがわかりました。このように、何となくの感覚と実際の数字がずれていることは結構多いかもしれません。
数字で業務を可視化すると、改善が必要な点も浮き彫りになりますよね。
経営の視点から見ても、数字ベースで対話をできるようにしておくことはとても重要です。現場としても、法務からのアウトプット提供の量やスピードは、クライアントワークのクオリティに影響することですし、実際に業務改善を進める際にどこに課題があるのか数字で把握できていなければ、施策に対する信頼感はありませんよね。客観的な数値での課題の把握は、やはり最初に取り組むべきです。
ありがとうございました!
後編では、疋田さんが10Xで取り組まれた法務オペレーション改善の事例について詳しくお聞きできればと思います!
疋田 和大(ひきだ かずひろ)
株式会社10X コーポレートアドミニストレーション部
2010年、大阪大学法学部法学科を卒業。大手通信会社にてセールス、UXデザイナー、法務を経験の後、東証プライム市場上場のメガベンチャーでの法務を経て2022年12月に株式会社10Xに入社。法務としての専門性を軸としながら、Corporate Opetrationsとして会社全体の業務設計・改善・自動化など幅広く担当している。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2023年4月時点のものです。)