法律相談業務の効率化は「テクノロジーの活用」と「ユーザー体験」から -株式会社10X 疋田和大氏<後編>-

会社を強くするためにバックオフィスを重視し、日々業務改善に取り組む株式会社10X。その中で法務のオペレーション改善を担うのが、疋田和大氏です。法務をはじめとする多様な経験を活かし、法務のオペレーション改善に力を入れる疋田氏に、10Xでの具体的な事例や昨今注目される「Legal Operations」の考え方について伺いました。

〈聞き手=山下 俊〉

目次

従来のオペレーションをなるべく変えないよう随所に工夫した

山下 俊

10Xへの入社後、法務のオペレーション改善として具体的にはどのようなことに取り組まれてきましたか?

疋田 和大

特筆すべきは、法律相談の体制整備です。それまではSlackのメンションで相談を受け付けていましたが、データが上手く溜まっていかないことが課題でした。そこで、社内のITチームが使っていたプロジェクトマネジメントツール「Jira Service Management(以下、Jira)」を利用して案件管理する仕組みを構築し、データを蓄積できるようにしていきました。

コーポレートアドミニストレーション部 疋田和大 氏
山下 俊

実際に法律相談をしたい事業部門の方はどのような形でこの仕組みを利用するのでしょうか?Jiraに直接書き込むのでしょうか?

疋田 和大

法務のSlackチャンネルでワークフローのフォームに必要事項を書き込み、スレッド内で法務担当者と会話をするだけです。事業部門が従来通り操作をすると、裏側では各種ツールが連携してデータが溜まっていく状態になっています。

山下 俊

いいですね!
仕組みを構築されるにあたって、特に意識したポイントはありますか?

疋田 和大

利用者である事業部門にも便利だと感じてもらえる設計を目指し、メンションを付けてSlackで相談をするという従来の体験をあまり崩さないよう意識しました。

山下 俊

伺っていると、まだまだ工夫されたポイントがありそうです!

疋田 和大

はい、Slackワークフローの機能で「スレッドにメッセージを投稿する」という機能があるので、スレッドを生成できるのですが、このままだとスレッドの生成に気付きにくく、スレッド外に相談を連投してしまう可能性があります。このため、わざと「スレッドで相談を開始する」というボタンを用意しました。

実際の相談フォーム画面のイメージ、末尾に相談開始を促すボタンを配している
山下 俊

小さな点ですが、使っているツールの特性をよくご存じの上でフローを構築されていますね!
一方で、法務担当者側からはどのように見えているのでしょうか?

疋田 和大

Slackワークフローで案件が発生すると、Googleが提供するアプリケーション開発プラットフォーム「Google Apps Script(GAS)」が稼働します。Slackでチケットの絵文字を入力すると、Jiraに案件が登録されます。
このとき、自動化ツール「Zapier」によってNotionに連携され、データが格納されていくという連携になっています。GASでは、Slackワークフローに情報が書き込まれた際に、スプレッドシートに新しい行が追加されるようにしています。

山下 俊

Notionをデータベースとして活用されているんですね!

疋田 和大

現状では、案件管理と議事録情報の管理に使っています。Slackワークフローから来る情報は案件データベースに格納されます。また、議事録のデータベースとも連携させています。
Legal OperationsのCORE 12の中に「Firm & Vendor Management」という項目がありますが、今後は弁護士の相談管理等もNotion側にまとめたいと考えています。

長年感じてきた問題意識を解決するのがリーガルオペレーションズだと知った

山下 俊

ちょうどキーワードとして出てきましたが、リーガルオペレーションズ(Legal Operations)について、疋田さんはポジティブに捉えられていますか?

疋田 和大

はい、個人的にはもっと広がってほしいと思っています。実は10Xの入社以前、リーガルオペレーションズという言葉は知らなかったんですよ。ただ、専門性を発揮しなければならない人たちのリソースが専門外の瑣末なことに割かれてしまっている状況は、これまでの経験でまさに解決したいことでした。

山下 俊

疋田さんが長年感じられてきた問題意識を解決するような考え方だったんですね!

疋田 和大

先輩から聞いた話ですごく秀逸だなと思ったのが、短期的な業務=卓球、中長期を見据えた業務=テニス、という例えです。卓球はラリーが速い。つまり、日々短時間でレスポンスが求められる業務。
一方で、法務にとって大事なことはこれだけではなくて、隣のテニスコートへ行って、長いラリーをすること、例えば会社や事業の将来から法務部の在り方を考えたり、中長期的な視点で法務としての専門性を活かす取り組みをすることも大事。

疋田 和大

でも、どうしても短期的な業務に時間は取られやすいので、卓球台で球を打ち返すことだけに精一杯だと、余裕がなくて結局テニスコートはずっと空きっぱなしになりがちだ、と…。

山下 俊

多くの法務の方が共感されるところかもしれませんね。
経営から法務に期待されていることや、法務の専門性を活かせる仕事は本来「テニスコート」の方にあるけど取り組めないという…

疋田 和大

はい。法務が専門性を活かしてパフォーマンスを出すために、オペレーションの領域で改善できることはとても多くあります。これはまさに、リーガルオペレーションズのCOREに挙げられている項目そのものです。この考え方に触れた時、自分が課題に感じてきたことはそんなに間違っていなかったんだなと思いました。

「習慣」を崩さないようにオペレーションを設計していく

山下 俊

その一方で、リーガルオペレーションズの考え方がまだ浸透していない理由のひとつに、事業部門側のメリットを法務が上手く伝えられていないという状況があると思っています。

疋田 和大

そうですね。一番やってはいけないのは、「法務の仕事を自動化するために、事業部のみんなが割を食ってね」というオペレーション変更です。できるだけユーザーの体験が変わらないように設計することが重要です。

山下 俊

まさに疋田さんが10Xで取り組まれてきたことですね!

疋田 和大

人は「習慣」からはなかなか抜け出せません。
Nir Eyal 他『Hooked ハマるしかけ』(翔泳社、2014年)という書籍では、引用されている論文から、古い習慣から人を引き離すには既存の9倍良いものを作る必要があると書かれていました。

山下 俊

9倍良いものを作るというのは、なかなかできることではないです。

疋田 和大

そうなんです。繰り返しになりますが、だからこそオペレーション改善は片手間でできるものではないんです。
9倍良くしようと思ったら、「明日からすぐにでもその作業をやらなくていい」というレベルにまでしなければいけない。習慣を変えないようにオペレーションを改善していくにはどうしたらいいかという考え方が大事になってきます。

山下 俊

そういう意味では、法務経験のある人材がオペレーションを学んでいく方向性の方が現実的な気がしますね!

疋田 和大

そうだと思います。重要なのは、「法務あるある」がわかる人です。たとえば弁護士費用の管理を改善しようとした時、相談料が月毎に大きく変動したり、決裁を回す時間がないほど急ぎの場合があったり、といった事情を理解できていないと、設計することも難しいと思います。
実装するために手を動かす人であれば業務委託などの外部の方にも依頼ができますが、法務ならではの塩梅を分かっている人が社内の法務担当者の横にいるという状況が大事だと考えています。

山下 俊

まさにオペレーション改善の専任者としての「リーガルオペレーションズ」の存在が重要になりますね。
本日は貴重なお話をありがとうございました!


★今回のLegal Ops Star★

疋田 和大(ひきだ かずひろ)

株式会社10X コーポレートアドミニストレーション部

2010年、大阪大学法学部法学科を卒業。大手通信会社にてセールス、UXデザイナー、法務を経験の後、東証プライム市場上場のメガベンチャーでの法務を経て2022年12月に株式会社10Xに入社。法務としての専門性を軸としながら、Corporate Opetrationsとして会社全体の業務設計・改善・自動化など幅広く担当している。

(本記事の掲載内容は、取材を実施した2023年4月時点のものです。)

日本版リーガルオペレーションズの各COREを解説した記事はこちらから!

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