なぜ、契約書の作成プロセスを管理する必要があるのか?

この記事でわかること
  • 契約書作成の履歴管理の必要性、実行しないことによって生じる問題
  • 契約書作成の履歴管理として保存すべきデータの内容
  • 履歴管理のベストプラクティス
目次

はじめに

みなさん、こんにちは!

突然ですが、みなさんは締結までの契約書の作成プロセスの管理(契約書作成の履歴管理)は実施していますか?今回、このテーマを取り上げたのは、『ビジネス法務』(中央経済社)2022年8月号に、こんな一節を見つけたからです。

さらに, 協議は行われたものの契約条項には明示的に反映されず, 解釈に相違が生じた場合にかかる協議の際の記録が, 契約解釈の指針となることもあり得よう。 このように, 完成した契約書だけでなく, 契約書の作成プロセス自体にも, 紛争予防の機能があるものと考えられる。

辛川力太「契約書作成のプロセスと各者の役割」、『ビジネス法務』(中央経済社) 2022年8月号 P16

紛争予防の観点から、交渉の履歴の重要性がわかる一文でした。もっとも、契約書作成の履歴管理の重要性は、情報管理とそれに関わる生産性の観点からも説明ができると考えられます。

そこで、今回は情報管理とそれに関わる生産性の観点から見た、契約書作成の履歴管理の重要性をご紹介します。

履歴管理しないことによって生じる問題

一言でいうならば、履歴管理をしないことによって、時間をかけている割に業務が前回よりも改善されず(改善するために次に取るべきアクションが判然とせず)、以前と同じアクションを何度も繰り返してしまい、生産性が上がらないことが全社的に当たり前になってしまうことが発生してしまうことが大きな問題です。
以下、事業部門、法務部門それぞれについて見ていきます。

事業部門の生産性への影響

まず、契約書作成の履歴管理ができていないことによって、特別な値引きを適用したなど、実際に締結した契約に記載されている取引条件に至った背景が探しづらくなったり、事実上探せない状態になる可能性があります。

確かに、先方とのメールなどを探せば、担当者が変わらないうちは困ることも少ないかもしれません。
ただ、この状態では、社内に存在するにも拘らず、必要な情報を探すのに多くの時間を要してしまうこともあるでしょう。そこからひとたび担当者が変更になると、多くのメンバーにとってその情報は、存在している(かもしれない)ものの、探すことが事実上できない情報になることもあります。探しようがない情報を貴重な時間を使って探すことほど生産性を低下させる行動もないでしょう。

悪い影響は、契約交渉の場面にも現れます。
例えば、締結した契約に記載されている取引条件に至った背景がわからないことで、以前議論した(既に一度答えが出ている)ポイントを蒸し返し、不毛な時間を費やす可能性もあります。場合によっては、こうした行動によって相手方の信頼を損ねることもあるかもしれません。

法務部門の生産性への影響

法務部門においても、まず取引条件の背景が不明確になるため、事業部門と同様に、これまでなされた議論を検索し理解するのに時間がかかったり(そもそも探せなかったり)、特定の契約条件に関して繰り返し議論を仕掛けてしまう可能性があります。

これに加えて、契約業務を主管する法務部門においては、組織に情報やノウハウが蓄積されないという問題が発生します。

まずは、自社ひな形の改善についてです。
みなさんの企業のひな形には、よく相手方から修正を求められ、交渉のコミュニケーションが発生している条項があるかもしれません。もちろん、それでもその条項を残すことに意味があるという結論もあり得ます。ただ、そこまで重要視していない条項(条件)であれば、思い切って平均的な相手方のカウンターとして想定されるレベルに自社雛形自体を変更し、締結までのスピードを優先することもあって良いと思われます。
こうしたアクションは、前提として、履歴管理ができていることで初めて検討可能になります。

また、交渉のノウハウに関しても一考の余地があります。
例えば、異なる相手方との間で、自社雛形の同じ条項について同じ議論がそれぞれ発生した場合、論点は同じでもその帰結が類似していたり、逆に全く別違のものに決着することがあります。
この場合に、なぜそういった結論の異同が生じたのかを分析・比較をすることができれば、法務の交渉へのアプローチが適切だったのかを後から検討することができたり、自社の交渉パターンの典型例をいわば「ナレッジ」化することができます
ただ、こちらもその前提として、契約書作成の履歴管理ができていなければ、実現は厳しいでしょう。

契約書締結までのどんなデータを保存すれば足りるか?

では、どのように履歴を管理していくべきでしょうか?

最も一般的なのは、ファイル名に「v4_」や「_20220725rev」 といった目印をつけて、Wordファイルなどの契約書のドラフトを案件ごとにフォルダに分けて、バージョン管理をすることです。

ただ、あくまで管理の目的は「後から見ても経緯がわかる」ことで、バージョン管理だけでは必ずしもこうした目的が達成されず、管理として不十分なことがあります。

言い換えると、契約書作成の履歴管理には、相手方とのメールでのやり取り、交渉の際に参考にした資料、時にはメモなども保存しておくことが望ましいでしょう。GmailやOutlookでは、メールの内容をPDF化できる機能もあるため、実際にそこでPDF化したメッセージのデータもあわせて保存している企業もあります。

ドキュメントのバージョンに加えて、参考資料、メモ。そしてメールデータを添付

しかしながら、各契約書のドラフトのバージョンに加えて、参考資料、メモ、そしてメールデータを添付し、どれだけ情報を蓄積しても、最終的には検索できなければ、存在しても探せないデータになってしまい、管理の効果が半減してしまいます。そのため、契約書作成の履歴管理を効果が見込めるように実践するには、保存する場所、各ファイルやフォルダの命名規則など、必要なルールを定め、徹底して周知してチーム内で定着させていく必要があり、一定の工数がかかることになります。

工数とのバランスを取った履歴管理ベストプラクティス

ここまで見てきた通り、「後から見ても経緯がわかる」という目的を達成するためには、契約に関する多くの情報を集め、管理する必要があります。ただ、全てを完璧に行おうとすると、一定の工数がかかります。実際にこの工数が取れず、バージョン管理をやめてしまったという企業もありました。

このコストとメリットのバランスを取りつつ管理を実践する際にオススメなのが、以前LOLで取材したロコガイド片岡さんの、ユニークなIDで案件を紐付けて管理する方法です。

各案件に自動で振られるIDをハブにして、ツールが複数に横断していても検索で辿れるようになっている。

こちらの方法では、法務側で各案件にユニークなIDを振って、コミュニケーションツール(記事内ではSlack)のスレッド内に記載していくという作業が必要にはなります。しかし、最も手間がかかり、忘れがちな実体ファイルを一箇所に集める作業を無理に行わないことで、いわば緩やかに情報を繋げつつ「後から見ても経緯がわかる」状態を作り出すことができるという点でおすすめできる方法です。

ただ、同時に、対応履歴を追跡できる状態を作ることは案件管理上必須なので、法務側で各案件にユニークなIDを振って、スレッドの中に記載する方法でその対応を行っています。

こうするだけで、IDさえわかればその案件に関するやり取りを検索できるので、スレッドが分断されていたとしても情報の散逸は防げます。このIDは、Googleドライブ内に案件ごとに作られるフォルダの名前にもなっていて、そのフォルダ内に、案件に関係するリサーチ結果や契約書のドラフト、依頼者から渡された資料、相手からきたコメントを含めたドキュメントなどを全て保管しています。

契約審査のワークフローはあえてキレイな形にしない 自社の課題と徹底的に向き合うことで見つける最適解-ロコガイド 片岡玄一法務部長-<前編>

まとめ

この記事のまとめ
  • 契約書作成の履歴管理の必要性、実行しないことによって生じる問題
    • 合意した取引条件に至った背景を把握するために必要
    • 実施しないことで、会社全体の生産性が向上しない状態になる
  • 契約書作成の履歴管理として保存すべきデータの内容
    • まずは契約書のドラフトのWordデータ
    • 更に、相手方とのメールでのやり取り、交渉の際に参考にした資料、メモなど
  • 履歴管理のベストプラクティス
    • 全てを完璧に保存する必要はない
    • 工数とメリットのバランスを取るため、IDでの紐付け管理がオススメ

本記事の著者情報

早川 晋平(はやかわ しんぺい)

2014年、関西学院大学を卒業後、税理士法人に入社し、2年間ファイナンスや経営管理を学ぶ。その中で非効率な業務オペレーションに課題を感じ、プログラミングを独学で習得後、2016年に株式会社Hubbleを創業(代表取締役CEO)。

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