紛争化しない契約書作成に向けた事業部門・法務部門・社外弁護士の役割分担とは? – 阿部・井窪・片山法律事務所 辛川力太弁護士<後編>

企業における契約業務は、事業部門、法務部門、そして社外弁護士が協力して行うことが一般的です。それぞれの専門分野や役割を理解し適切に連携すれば、契約書の作成や交渉がスムーズに進み、トラブルの発生を未然に防ぐことができます。それぞれの役割分担について、阿部・井窪・片山法律事務所パートナー弁護士 辛川力太氏に聞きました。

〈聞き手=山下 俊〉

目次

契約交渉の場に法務は参加すべき?

山下 俊

まずは、法務と事業部門との間の役割分担についてお聞きしたいと思います。多くの企業では、自社の事業部門と相手方の事業部門の担当者が契約交渉を行うケースが多いと思います。その交渉に法務は参加すべきでしょうか?

辛川 力太

理想を言えば参加したほうが良いですが、実際にはリソースの問題で事業部門に任せることが多いと思います。特に、事業部門が強いリーダーシップを持って牽引していくような企業の法務は、事業部門から依頼されたところを中心に押さえていくという形になるでしょう。

パートナー弁護士 辛川力太 氏
山下 俊

確かにここは企業の「色」が反映されやすいポイントかもしれないですね。

辛川 力太

一方で、法務が社内から頼られていてプロジェクトをリードするような企業では、契約交渉の場面に法務が同席することも多いです。ただ、やはり当事者は事業部門なので、法務はあくまでサポートするという形になるように思います。

山下 俊

辛川先生が社外弁護士として同席されるケースもあるのでしょうか?

辛川 力太

もちろん、M&A等の重要な案件では同席するケースもあります。その場合、相手方も弁護士が同席することになるので、同席することの良し悪しまで含めてアドバイスするようにしています。

社内の法務担当者に求められるのは何よりも事業理解

山下 俊

「紛争化しないための契約書の作り方」という観点から見て、企業内の法務担当者にどのような能力が求められていると思われますか?

辛川 力太

やはり事業への理解が一番大事だと思います。
社外弁護士は、同じような類型の契約書や他社事例を見てきた上でのアドバイスをします。しかし、契約は事業に根ざしてないと意味がありません。社外弁護士が事業部門の方に直接話を聞けるケースは少なく、会社の取り組みの全体像における事業の位置づけ等、分からないことも多くあります。法務は、事業部門へのヒアリングはもちろん、会社全体の空気や文化等まで含めた事業理解が求められていると思います。

山下 俊

そうした能力はどうやって身につけるのがよいのでしょうか?

辛川 力太

有り体にいえば、楽しんで仕事をすることではないでしょうか。契約書のリスクを減らしてほしいという依頼ひとつとっても、手元に回ってきた契約をただ修正するだけではなく、どんな事業なのかヒアリングした上で契約と事業の関係を俯瞰で見ていければ面白くなるように想像します。

辛川 力太

第1条や頭書きにくる契約の目的条項の文言のピントがずれていたり、そもそも別の契約類型に変えた方が良い場合もありえます。社外弁護士からすると、ビジネスの第一線に立っている事業部門の方から直接話を聞ける立場は羨ましく感じますね。社内法務の特権をぜひ活用していただければと思います。

法務部門は社内事情を踏まえた総合的な判断を

山下 俊

そうしたなかで、次は契約交渉における組織内の法務部門と社外弁護士との役割分担について伺いたいです。まず日本企業は、あまり契約交渉をしたがらないイメージがあります。

辛川 力太

そうかもしれませんね。なるべく接触を少なくして、とんとん拍子に進むのが上品とされていて、譲っていいところは譲りたいというカルチャーがある気がしますね。

山下 俊

そういったカルチャーの中で、辛川先生は「ここは争った方がいいですよ」とアドバイスされることはありますか?

辛川 力太

あります。ただ、やはり最後はクライアントの意思が重要なので、私としては、意思決定のための材料を提供して個人的な提案も行った上で、最終的な判断に寄り添うようにしています。社内の事情もある中、絶対にこちらだと言い切れることは世の中そんなに多くはないはずです。「私としてはAをおすすめしますが、こういう考慮のもとBに行く道もあると思います」と伝えることが大切だと思っています。

山下 俊

社外弁護士としては、法律の専門家という枠を超えて、組織内法務の方が板挟みにならないようなコミュニケーションが求められるように思いました。

辛川 力太

もちろん案件の重要度に応じて社外弁護士が体を張って止めることも時には必要だと思います。もっとも、相手方との関係性やヒストリー、会社の文化まで含めた総合的な判断ができるのは、やはり社内の法務部門の方です。社外弁護士の役割としては、その判断に対するリスクを洗い出し、対応策を考えるための相談を受けるという形になるでしょう。

山下 俊

ご相談を受けた際、もっと早いタイミングで相談に来てくれればよかったのに、と感じることはありますか?

辛川 力太

個人的には、多くの案件で早めのタイミングでご相談に来ていただいているように感じていますが、会社によっては、紛争処理でも契約交渉でも「途中から弁護士に依頼するのは失礼なのではというイメージを持たれている場合もあるような気がしています。

山下 俊

なるほど、それこそ日本的なカルチャー?なのかもしれないですね。

辛川 力太

このようにお考えの法務の方がいらっしゃれば、「そこはあまり気にしていただく必要はありません」、とお伝えしたいです。弁護士が外から入ることで上手く進むようになるケースもありますし、我々はそのときの状況に応じてベストを尽くすだけですので。

裁判手続の経験、他社・他業種事例の豊富さが社外弁護士の強み

山下 俊

紛争化を未然に防ぐという観点から見て、社外弁護士にはどのような貢献のしかたがあるとお考えですか?

辛川 力太

社内の法務や弁護士との違いという意味では、まずは裁判所の手続きをよく知っているということです。当事務所ではメンバー皆が訴訟対応を行っていますが、実際にやってみると、前編でお話したような裁判所に「刺さる」証拠の残し方をはじめ、裁判官の考え方が分かるようになってくるんです。そしてそれは、契約交渉の場における勘所にもなります。

山下 俊

この点は、確かに大きな差が生じるポイントですね!

辛川 力太

もうひとつは、事例の蓄積の多さです。もちろんナレッジは企業内にもありますが、同業他社や他業種などの情報が集まっているからこそできる社外弁護士ならではのアドバイスがあると考えます。

山下 俊

その上で、普段の業務で辛川先生が大切にされていることは何ですか?

辛川 力太

こうして正面から尋ねられると少し気恥ずかしいのですが、実はありまして、想像力共感力ですね。

山下 俊

なるほど!
そう思われるようになったきっかけなどあれば、詳しく教えてください。

辛川 力太

「想像力」については、企業への出向中、社外弁護士と協働していく中で、こちらから何も言わなくてもこちらの意図を汲んでもらえた体験が大きいですね。いちから説明するのは大変だし、上司がどう思っているのかも分からない、社外弁護士との関係性もできていない時に、そうしたこちらの事情まで踏まえた提案をしていただけて大変嬉しく感じましたし、自分も弁護士としてそうありたいと思うようになりました。

山下 俊

依頼者の事情や意図を汲んで先回りして対応するということですね!

辛川 力太

はい、また「共感力」についてはジュニア時代に手掛けていた私的整理の案件で地方の中小・中堅企業や地方銀行のご担当者と話す機会があり、コミュニケーションの取り方の重要性を知ったことが大きいですね。
言葉遣いによって相手の受け止め方は変わります。特に全員の賛成が求められる私的整理の局面では、言葉遣いひとつで結果が大きく変わりかねません。そこから、受け取り手の考えや思いを汲むことが大切だと思うようになりました。

山下 俊

法務担当が板挟みにならないようなコミュニケーションの話にもつながる考え方だと思います!

辛川 力太

妥協をして相手にただ迎合すればよいというわけではないのが難しいですよね。プロとしてダメな部分はダメときちんと伝えつつも、なるべく寄り添って、望ましい落とし所を提案するというのが大切なんだと思います。

山下 俊

想像力や共感力を持ちつつも、ゴールへの素直さを忘れないようにすることが重要ですね。
貴重なお話をありがとうございました!


★今回のLegal Ops Star★

辛川 力太(からかわ りきた)

阿部・井窪・片山法律事務所 パートナー

東京大学法学部、同法科大学院修了後、2011年に弁護士登録し、阿部・井窪・片山法律事務所に入所。企業の法務部への出向やシカゴ大学ロースクール、米国・ドイツ・ベルギーの法律事務所にて勤務を経て復帰後、2020年よりパートナー。法務パーソンに定評のある書籍、阿部・井窪・片山法律事務所編『契約書作成の実務と書式(第2版)』(2019年、有斐閣)の共同執筆者。

(本記事の掲載内容は、取材を実施した2023年3月時点のものです。)

ウェビナーアーカイブのお知らせ

2023年9月22日(金)、本記事に登場頂いた阿部・井窪・片山法律事務所パートナー弁護士辛川力太先生をゲストにお迎えし、契約書のライフサイクルから見る、契約書作成過程・契約情報集約の重要性について解説いただきました。以下より当日のウェビナーの全編をご覧いただけます。

弁護士から見た企業法務、リーガルオペレーションズは、こちらから。

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