- 法務の人事評価の実態
- 目標設定の基本形
- 法務における目標設定の具体例
昨今の流動性の高い法務人材マーケットにおいて、優秀な人材を確保し、充実した人材育成や組織づくりを実施するのに重要となるのが、モチベーション向上につながる納得感のある人事評価であり、その前提として、適切な目標を設定することが大事になってきます。
一方で、法務は職務の特性上、定量的な目標設定が難しいと考えられています。そういった中で適切な目標設定を行っていくには、具体的にどのような取り組みが必要となるでしょうか。
本稿では、納得感のある法務の人事評価に向けた目標設定の方法ついて考察していきます。
法務の人事評価の実態
まずは法務における人事評価の現状を整理してみます。
多くの企業において、法務の目標設定は、定量的な指標よりも定性的な指標に重点が置かれがちであったり、具体的な目標が置かれず、実に40%程度で「上司からの評価」のみだったり「人事評価なし」となっています。
その主な原因として、以下の点が挙げられます。
評価方法が見えづらい
売上によって事業への貢献度を数値化しやすい営業部門などと比較して、明確に数値化できるアウトプットが少ないとされる法務は、過程や成果の定量化が難しい業務が多いとされており、定性的かつ主観的な評価に繋がりやすいといえます。このため、評価方法を明確に決めること自体を敢えて避けていると思われる場合もあります。ただ、その結果として、評価のプロセスは見えづらく、評価に対する不信感や不満につながってしまっているケースも多いでしょう。
リスクをマネジメントするという職務の性質
法務の重要な役割の一つにリスクマネジメントが挙げられます。何事もなく済ませられることが、リスクマネジメントにおける何よりの成果となります。リスクが適切にコントロールできたかどうかは、将来的に何らかの問題が起こるまで判断することができません。「今は何も起きていない」という結果だけからは、「将来にも何も起きない」ことを担保できないので、評価対象を設定すること自体が難しくなります。こうした職務の性質が、定量的な評価の難しさに繋がっているといえるでしょう。
他部門からの評価が難しい
部門内のメンバーですら適切な評価が難しい法務において、他部門による適切な評価を得ることはより一層難しいといえます。他部門から法務部の役割・機能をきちんと理解してもらっていなければ、事業部門に「迎合」する法務が評価されてしまうなど、納得感の得られる評価にはつながりません。
一方で、事業部門と適切な信頼関係が築けている場合には、法務サービスを直接的に提供する「お客様」である事業部メンバーからの評価が、自己の業務を見直すきっかけになることも事実です。
法務の人事評価の理想
法務も企業の事業活動の一機能であり一員です。間接部門と呼ばれることも多い法務ですが、職務の性質によらず人材は「企業価値の向上に寄与したか否か」という視点から評価されるべきです。そして、人事評価の場面で基準となる「目標」も、それが達成されれば企業価値の向上に寄与するものであることが理想です。
そうした視点を踏まえて適切な目標を設定するには、企業理念や企業全体のビジョン・ミッションをもとに、部門内のミッションやクレド(価値観・行動規範)を導き出しておくことが有効です。まず法務がどのようにして企業価値の向上に貢献するかを整理してミッションやクレドとして明文化したうえで、ミッションやクレドを実現するために個々人がなすべきことという観点から各メンバーの目標に落とし込んでいくと、筋が通ったものになります。
人事評価における目標設定
ここで、人事評価の前提として、一般的にどのように目標が設定されるか、代表的なケースを見ていきましょう。以下で述べるいずれの目標設定においても、会社のビジョンに合わせた部門目標がまず設定され、その達成のために個人目標が設定される(企業の目標と個人の目標が関連している)ようになっていることが、一つの理想形といえるでしょう。
数値による定量的な目標設定
よく採用されている人事評価制度としては、MBO(Management By Objectives)やOKR(Objectives and Key Results)といったものがあります。これらの制度においては、下記のように、定量的な目標(指標)を設定することが重要とされています。例えば、以下のようなものがあげられます。
- 営業部門の場合:売上・契約数など最終的に達成したい目標値を設定し、この目標値に影響を与える中間数値指標であるリピート契約数や新規顧客数、商談数といった指標を目標として設定する
- 経理・財務系の場合:年間で〇〇円予算を削減・節約する、というコスト削減目標を設定する
行動や能力に対する定性的な目標設定
勿論、人事評価においては、定性的な目標を設定する場合もあります。
定性的な目標がよく設定される評価方法としては、会社内ないし業界で優れているとされる人の行動特性を抽出して基準化し、その指針に則った行動をしているかどうかを評価する「コンピテンシー評価(行動評価)」、業務を遂行するにあたり必要・有用な知識やスキル、能力を定義し、それらの取得を目標として設定し達成具合を評価する「能力評価」などがあります。能力評価については、法務が備えるべき能力を段階ごとに定義したスキルマップとセットで運用すると、メンバーの能力開発を具体的な目標と紐づけることができるようになります。
具体例としては、以下の通りです。
- 自社ビジネスについて理解し、売上拡大のため積極的に社内提案をしている
- 他の社員・メンバーが話しかけやすいような雰囲気・行動を心がけている
法務業務の性質を加味しつつ、上記の目標設定方法を当てはめて活用していきましょう。
以下でその具体的な考え方について考えていきます。
法務における適切な目標設定方法
まず検討すべきは、法務の果たすべき役割に資するか?
まず、各目標設定方法に共通するのは、先述の通り、「法務の果たすべき役割に資するか」という観点から目標を設定することであり、ミッションやクレドなどで法務として掲げている考え方の基準を、それぞれの業務に落とし込みながら目標設定していくことです。
たとえば、スピードを重視するという価値観をとっているのであれば、業務に掛かった時間ベースでの目標が有効です。積極性を組織として重視するのであれば、企業価値向上のための提案・提言に関する目標を設定することが自然です。
通常であれば、会社のミッションを一段階ブレイクダウンして、法務独自の基準を作ることになりますが、以下の記事では、会社のミッションが法務にも有用と判断し、法務のミッションは敢えて設けなかったという事例です。
是非、以下の目標設定も、自分の会社の法務が、会社からどういった役割が求められているのかを念頭に置きながら、読み進めてみてください。
定量的な目標設定
数値化できるアウトプットが少ないとされる法務ですが、誰が見ても明らかな数字の力はやはり活用したいところです。納得感のある評価のために、法務においても可能な限り数値化して目標を設定していきましょう。
一般的に、比較的定型的であり、反復継続して発生する業務に対して定量的な目標を設定するのが定石です。法務業務におけるその代表格は、「契約業務」と言えるでしょう。
ただし、先述の通り、契約業務においても、「リスクを本当に低減できたのか」という点は、将来に渡って評価されることになるため、そのまま定量的目標とすることは、非常に難しいといえます。このため、将来にわたって低減したリスクを(業務に一定の質が担保されている前提で)現在の業務自体に引き直す、つまり実施した業務の数や量に対して目標設定することになります。
たとえば、NDAや業務委託契約書などに代表される契約書レビューは、その契約の分量や言語をベースに、初回レビューに要する日数や個々の案件に掛ける時間を目標として置くことが考えられます。人件費から、一案件にかけたコストがわかるのであれば、外部委託した場合のコストと比べることも容易になるので、費用面からの評価という視点を持つのも有意かもしれません。
なお、LOL編集部がヒアリングをする限り、契約書の初回レビューに要する日数は、3〜5営業日を組織としての目標とする傾向が多くの企業で見られました。
【時間ベースでの定量的な目標設定・評価を実施されている例】
【案件の難易度をベースとして目標設定・評価を実施されている例】
定性的な目標設定
定量評価は万能ではないので、ここで評価し切れない点を、定性評価で補う必要があります。その点で、定性的な目標設定もやはり必要になります。(佐々木毅尚著『リーガルオペレーション革命』(商事法務)では、定性的評価はあくまで評価全体の弾力性を持たせるために用いると述べられています。)
具体的にはまず、コミュニケーション能力をはじめとする社会人一般に求められるスキルや、自社のビジネスやサービスへの理解度に関しては、目標設定することができます。
これに加え、自社のビジネスに強く関係する法令の知識やリサーチの技量、リーガルリスクの発見と分析、外部弁護士との付き合い方など、法務固有の専門的な能力の程度の高低は、重要な定性的目標となり得ます。さらに一人での業務遂行だけでなく、メンバーのマネジメントや指導といった管理業務、日常的な業務改善、プロジェクト推進への貢献度なども、定性的な評価の対象になるでしょう。
近年では、「リーガルテック導入プロジェクトの成功」(トラブルのないオンスケジュールでの導入)を目標として設定し、これに尽力される法務パーソンも多いと聞きます。
まとめ
ビジネスが複雑化するなか、法務に求められる役割や機能はこれまで以上に大きなものとなっています。また、法務人材の流動性も以前に比べて高まっており、優秀な人材の確保には、納得感のある評価が非常に重要になってきています。
そういった環境の中で、適切な人事評価を行い、高いパフォーマンスを発揮できる組織づくりを行うためには、法務部門のミッションやクレドを明確化し、これと矛盾しない目標設定が非常に重要です。特にマネージャーの皆様は、各メンバーに求める役割をきちんと定義し、定量的・定性的な指標の両方をバランス良く取り入れて目標設定していきましょう。
- 法務の人事評価の実態
- 職務の性質上評価方法が見えずらく、皆悩んでいる
- 目標設定の基本形
- 定性的評価と定量的評価に対応する目標設定が必要
- 法務における目標設定の具体例
- 前提として法務組織としてのあるべき姿の基準を示す
- 契約など反復継続する業務に対しては定量的目標設定
- 定量的には示せない部分の補完のために定性的目標設定