法務部長として複数社を渡り歩いてきたNISSHA株式会社 法務部長 佐々木毅尚氏。法務組織づくりには「人」と「標準化」が重要だと語ります。後編では、予算獲得のための説明の仕方、プロジェクトのメンバーアサイン、弁護士費用の賢い使い方など、日本企業の法務組織が抱える課題に対して、佐々木氏の豊富な経験に基づく処方箋をお届けします。
〈聞き手=山下 俊〉
近年では法務でも生産性とスペシャリストが重要視されるように
さて、後編ではリーガルオペレーションズの各COREのうち特に重要な項目について、法務部長の役割に照らしつつお話を伺えればと思っています。まずは昨今非常に重要度を増している「人材」です。新たに部長に着任したり、組織立ち上げを行うことになった際、法務の組織づくりや体制整備は、まず何から着手すればよいでしょうか。
まず法務にとって一番大切なのは「人」です。人材の能力評価基準を作成・測定して、どこが足りないのかを把握し、教育で補完していく。人材が足りなければ採用するというのが基本動作になります。
法務において、本当に人材はその成功・失敗を決める重要な要素ですよね。
はい、ただ、組織づくりの要素としては人だけでなく標準化も非常に重要だと思っています。例えば契約書の雛形の作成など、ルーティンワークを標準化して、「業務フロー」を整備する。まずはこうした取り組みを進める必要があります。
佐々木さんから見て、日本企業における業務の標準化は進んでいますか?
最近は「リーガルオペレーション」という言葉が出てきているくらいなので、昔に比べればかなり意識されるようになっていると感じています。昔の文献を読んでいても、生産性の話などは一切出てきませんからね。いかに「よい契約書」を作るかという品質の話ばかりです。法務に生産性という発想が出てきたのは、本当にここ数年のことですよね。
「人」に関して、近年で変化を感じられている部分はありますか?
これまでの人事戦略は、法務を含め管理部門の人材を管理部門内でローテーションしてジェネラリストにしていくというものでしたが、今では部門ごとにスペシャリストを置く必要があるという考え方に変わってきています。
確かにインハウスロイヤーとして弁護士が採用されることにもそうした流れを感じます。その一方で、事業部門サイドから法務に入るというキャリアも一定数あるように感じています。
そういうルートがあってもよいと思います。日本企業の法務は、ジェネラリストとスペシャリストの組み合わせで成り立っており、一定のジェネラリスト枠はあるので、その枠の中に管理部門出身の人もいれば事業部出身の人もいる、という考え方でよいのではないでしょうか。
よく議論が起こるポイントですが、組織設計として、逆に、法務人材を法務組織に集めるのではなく、各事業部門に配置するという組織づくりもありえるとは思うのですが、佐々木さんはどのようにお考えですか?
そういった構成もあってもよいとは思いますが、業務上は、集約させたほうが効率的ではありますね。法務機能を分散させてしまうと、法務よりも配属された部門の事業部長のほうを見て仕事をしてしまうという弊害が生じ得ます。ただ、組織規模が大きい会社では、事業部に置かざるをえないという事情があるのも、もちろん理解はできます。
ジェネラリストかスペシャリストかを問わず、「人」を育てるという観点では、社内のプロジェクトがその貴重な機会になると思います。このプロジェクト案件をうまく進める上での工夫はありますか?
メンバーのアサインに関しては、プロジェクトの性質とメンバーのスキルを加味して考えますね。案件には、投資金額の大小、新たな事業領域へのチャレンジになるもの、過去に経験のあるものなど、さまざまなレベル感があります。金額が大きいものや、新規領域でレギュレーションを読み間違えると大きな損失を生むものなど、失敗できない案件については、経験や実績のあるメンバーを選ぶ必要があります。
予算確保のためには、経営陣が納得できるロジカルな説明を
人材の採用を考えるにあたっては、予算の確保が大きな課題になると思います。佐々木さんは、法務の予算をどのように獲得されてきましたか?
まさに法務部長の最大のミッションは、社内で予算を獲得することにあります。そのために大事なのは、計画した予算の背景にある「何をしたいのか」を、ロジカルに説明しきることです。例えば「会社として今ここが弱い部分で、こういう施策をやっていかなければならない。そのためにこれくらいのお金と人員が必要といった形ですね。
この予算案を担当の役員に投げかけるイメージになるでしょうか?
はい、ただできればそれを直接社長に聞いてもらえるとベストですね。もちろんレポーティングライン上は担当役員が認識しておくことは必須なのですが、現場から担当役員へ、担当役員からまた社長へと伝言ゲームになると、現場の推進に向けた力がうまく伝わらない可能性もあるので。
その一方で、ただ必要性を説明しても上位レイヤーの方の納得感を得られない場合もありそうです。
はい、海外子会社の社内規程が整備されておらず、その作業のために人員を確保しなければならないケースを考えてみます。「なんでそんなことしなきゃいけないの?」と言われたときに、ただ「危ないです」というだけでは納得してもらえません。
リスクや効果を具体的に説明する必要があるということですね!
たとえば米国であれば、コンプライアンス体制の強弱によって違反時に支払う罰金の額が決まります。「社内規程を整備していないと、最悪このくらいの罰金が生じますよ」とロジカルにリスクを説明できれば、必要性を理解してもらえるはずです。
「自社のことをよく知っている」弁護士を起用することの違和感
確保した予算の一つの大きな使途が弁護士費用だと思います。著書『リーガルオペレーション革命』(商事法務、2021年)P204でも、弁護士リストを掲載されていましたが、佐々木さんはどのような弁護士の起用のあり方がベストプラクティスだとお考えですか?
まさにそのリストにあるように、何をしなければならない案件なのかを見極めて、案件ごとに依頼する弁護士を決めていくのがよいと考えています。例えば個人情報など専門的なアドバイスが必要な案件で顧問弁護士に相談するのは、あまりおすすめしません。
その領域に専門的な知見のある弁護士に依頼したほうがよいということですね。
はい。一方で、契約レビューなどのルーティンワークでは、クオリティよりもコストを重視して弁護士を選択してよいと思います。大切なのは、案件によって使い分けていくことです。
多くの契約書レビューは、100点ではなく80点で十分、というお話しを頂いたこともありましたね。
そうですね。ちなみに弁護士の起用に際しては、「この弁護士はうち会社のことをよく知ってるからお願いしたい」という言葉に非常に違和感を覚えます。
よく耳にするようにも思われますが、それはなぜですか?
会社のことをよく知らない弁護士からのほうが、客観的な意見が出やすいためです。会社のことをよく知っている弁護士だと、これまでの実務を前提とした型にはまった意見になりやすいですし、忖度されてしまう場合もあります。
確かに外部にいる方だからこそ、フラットな目で判断して欲しいということもありますね。こうした外部の協力者が多くいて困ることはなさそうですね。
前出の弁護士リストは、常にアップデートしています。「今、この分野はこの弁護士が旬だ」と最新情報をチェックして、何かあったらすぐに相談できる弁護士の人脈を作っていくこと、これも法務部長としての大切な役割の1つです。
外部弁護士との人脈づくりは具体的にどのように進められていますか?
リーガルテックベンダー、経営法友会をはじめ、さまざまな団体の会合に積極的に出席しています。また、法律事務所が主催するセミナーにも時間を見つけて参加して、なるべく自分で話を聞くようにしています。特に弁護士は一度話をしてみないとわからない部分も多いですからね。
ナレッジマネジメントは「仕組み」と「ツール」
最後に、こちらも法務の皆さんの関心の高い「ナレッジマネジメント」についてお聞かせください。
ナレッジマネジメントは、うまくツールを活用して。仕組みを構築することが非常に重要です。この両者がなければ無意味といってもよいでしょう。
「ツール」と「仕組み」ですね。
最近では、ツール、つまりテクノロジーの重要度が高まってきていますよね。昔はファイル名やフォルダ分けで管理するのが一般的でしたが、やはりそれだけではうまくいきません。最近は、制約を付けずにデータを蓄積しつつ、テクノロジーを使って、自分の欲しい情報を欲しいときにピンポイントで検索できるという方向性になりつつあると思います。
仕組み化やテクノロジーによるナレッジマネジメントでは必ずしも拾いきれない経験や暗黙知のようなものは、どのように共有していくべきだとお考えですか?
通常は、マネージャーとメンバーの間のレポーティングラインで承継されていきます。契約レビューであれば一次、二次レビューと進める中のコミュニケーションで共有されていくものもが多いと思います。
ここでもやはりレポーティングラインが重要となってくるんですね!
そのとおりです。ただここでは伝え方も重要だと思います。やはりこういった暗黙知は文字だけではニュアンスが伝わりきらない懸念もあるので、私はなるべく話して補うようにしています。
最後はやはり話すことになるのですね。
とはいえ、形式知による領域も多分にあるので、プレイブックをはじめとする基本ルールが整備されていることが前提にあります。組織としてのインフラをきちんと整えたうえで、より深い部分でアジャストさせていくためにレポーティングラインで暗黙知を伝えていくという位置付けになります。
ここでもやはりレポートティングラインの整備が肝になるんですね。今回は貴重なお話をありがとうございました!
佐々木 毅尚(ささき たけひさ)
NISSHA株式会社 法務部長
1991年明治安田生命入社。YKK、太陽誘電、SGホールディングス等を経て、現職。法務やコンプライアンスに関連する業務を幅広く経験し、リーガルテックの活用をはじめとした法務部門のオペレーション改革に積極的に取り組む。著作『リーガルオペレーション革命』(商事法務 2021)、『eディスカバリー物語』(共著 商事法務 2022)等。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2024年5月時点のものです。)