- 法務業務のうち、ルーティン業務で重要な「QCD」の意味
- QCDを整える体制構築の重要性とポイント
- 体制構築後、テクノロジーと共存する企業内法務のあるべき姿
はじめに
みなさん、こんにちは。
昨年からChatGPTをはじめとする生成AI(Generative AI)が話題になり、法務の業務への影響についても議論が活発に行われるようになりました。
本記事では、そういったテクノロジーの発展が著しい現代にあって、企業法務パーソンは何をすべきなのか、考えていきます。
改めて、現代の法務パーソンがおかれている状況
LOLの記事では何度も触れている通り、法務(パーソン)への期待値は、2019年11月に公開された「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会報告書」にも現れている通り、かつてなく高まっています。
同報告書には、法務機能として、従来型のリスクをミニマイズする「ガーディアン機能」だけでなく、会社の事業をより効率的かつ適正に運営するための「パートナー機能」(ナビゲーション機能とクリエーション機能)の重要性が説かれています。そういった中でこれからの法務としては、しっかりとガーディアン機能を果たしつつも、パートナー機能も発揮し、経営に資する法務を実現していきたいところです。
しかし、実際には、2020年時点で実施された調査によると、今後取り組む課題として、各機能の中核的部分である「経営判断への支援」のみならず「法的リスクの管理」を上げる企業が50%近くに上っており、パートナー機能だけでなく、ガーディアン機能も十分に発揮できてはいないと考えている法務パーソン(組織)が多いことが窺われました(※)。
(※)米田憲市 編、経営法友会 法務部門実態調査委員会 著『会社法務部〔第12次〕実態調査の分析報告』(商事法務、2022年)P388。なお、同様に問題意識が高かったのは「法務業務の効率化・IT化」であった。
その理由として、「あまり頭を使う必要のない日常業務に追われている」「組織にナレッジが蓄積されていない」「人員数が足りていない」といったことがよく挙がるのではないでしょうか。結果として、メーカーでよく使われる表現を使うならば、日常業務の「QCD」の水準が保てず、法務機能が100%の力を発揮できていない状況になっていると思われます(図1参照)。
法務業務の「QCD」とは?
「QCD」とは、主に製品の生産プロセスで重要とされる要素である「Quality」「Cost」「Delivery」の頭文字をとったもので、製造業でよく使われる標語です。法務業務はもちろんメーカーの製造業務とは異なりますが、ルーティン業務の効率性を考える際の良い分析の視点になるため、これに基づいて考えていきます。
まず、法務機能が100%の力を発揮していると言える状況は、QCDに当てはめると以下のようになると考えられます。
- 【Q】一定水準以上の品質のアウトプットを
- 【C】無駄なコスト(工数)をかけず
- 【D】一定水準以上のスピードで出せている状態
では、このそれぞれの要素について、よくある課題を見ていきます。
Quality(クオリティ)
これは、アウトプットの品質を指します。法的観点から誤りがないことはもちろんのこと、単に一般的な法的見解を述べるだけでなく、「この案件」で考慮すべき事情をしっかりと取り入れ、事業を推進する上で有意なアウトプットが出せるかが重要になります。
ここでは、社内外での豊富な経験値や突出したスキル(法的思考能力や語学力、プロジェクトの推進力なども含む)を有している人材がいない、つまり質的なリソースの欠落・不足という課題がよく挙げられるでしょう。
Cost(コスト)
ここでは、同じ水準のアウトプットを出すに当たってどれだけ手戻りやミス、検索にかかる手間などを少なくして最小限の工数で済ませることができるかが重要になります。
コスト面でのよくある課題には、コミュニケーションや情報の散逸・属人化によって、相対的に付加価値の小さい作業に時間を取られていたり、単純なミスが頻発していて、結果としてアウトプットを出すまでのコストが高い状態になっていることが挙げられます。
Delivery(デリバリー)
企業法務は、あくまで企業活動の中の一つのプロセスであるため、時間的な制約があることが殆どです。特に事業部門をはじめとする非法務部門からの依頼には、「大体これくらいの期間で回答してほしい」という期待値が存在することから、(期待値調整を経て)期待されるスピード感に応えられるかが重要になります(期待値調整の方法は、下記アーカイブ動画を参照)。
もっとも、それでも期待されたスピード感に追随できないこともあります。つまり、業務量に比して絶対的な人員が不足していること、つまり単純な量的リソースの不足によって、事業部門が期待する納期にアウトプットが出せないことが課題となるのです。
なお、以下のインタビューでも触れられている通り、2024年現在では、法務人材の獲得競争は熾烈を極めており、多くの読者の皆様にも実感があるところかと思いますが、人的リソースの不足を補うことはそう簡単ではありません。
今、法務が取り組むべきこと、それは10年以上続く体制作り
C→D→Qの順で課題解決していく
前述のQCDのいずれかに課題を感じている場合、何がボトルネックなのかを特定し、法務の力が100%発揮できるような(ルーティン業務の)体制とオペレーション、理想的には向こう10年の基盤を構築することが、最も優先されるべきです。なぜなら、日頃最も時間を費やすルーティン業務の改善が、最も業務の効率性に大きなインパクトを与えるからです。これは法務組織の規模に関係なく言えることでしょう。
そして多くの企業では、上記のような課題が複数発生していることも稀ではありません。こういった場合の課題解決の順番は、【Cost→Delivery→Quality】で進めていくことが最もアプローチしやすくオススメです。
つまり、まずは余計なコストがかからないオペレーションを作り、その結果としてアウトプットの出るスピードを改善し、このオペレーションの中で蓄積された情報やナレッジを利活用することで、アウトプットのクオリティが上がり、これが更なるコストの削減とスピードアップにつながるといった、「正のスパイラル」を生み出すイメージです(図2参照)。
こうしたオペレーションや体制は、人が入れ替わっても安定的に法務のメンバーがパフォーマンスを発揮できる環境づくりに他ならず、法務人材の流動性が高い現代に合った施策であるともいうことができるでしょう。
体制構築にはテクノロジーだけでなく、ヒトの判断が不可欠
特にDeliveryの(また費用対効果が合えばCostも)課題解決は、人を増やせば可能です。しかし、本記事を執筆した2023年時点においても法務人材の転職は活況ですが、要件に合致する人材の採用は容易ではなく、一部の企業を除いては、「人を入れて解決する」という手段は取りづらくなっています。
このため、解決策として、テクノロジーの活用が欠かせないピースとなってくるわけです。
もっとも、テクノロジーを入れる「だけ」で解決される課題は、実はそれほど多くないのが現実です。例えば一般論として、CLMソフトウェアなどの契約書管理のツールを導入する場合、CLMソフトウェアが実際の社内ルールを決めてくれるわけではありません。エンドユーザーとなる社内の他のメンバーへの説明・説得も同様です。
ここからもわかる通り、体制構築は「ヒト」が主導することがこれからも必要となるのです。だからこそ、今、法務が行うべきなのは、ルーティン業務の体制構築なのです。
前述の通り、QCDの水準が担保できていない状況下で、どんなリソースも惜しいのに、更に体制構築にもリソースを割かなければならない、というのは矛盾を感じた方もいるかもしれません。もちろん体制構築を優先した結果、日常業務が疎かになるのは本末転倒です。
ただ、企業法務の業務のうち契約や法律相談などの日常的な業務は、法務だけでなく事業部門、ひいては企業全体との関わりの中で成り立っています。こういった観点から法務のみに留まらない非効率性に着目し、(テクノロジー導入の)予算を確保したり、体制構築に当たって一部の事業部門からの協力を仰ぐといった手段は十分あり得るでしょう。
そして、企業が成長している場合、体制構築は「今」が一番良いタイミングということには注意が必要です。更に成長した半年後、1年後のタイミングでは、人材が確保できなければ、今よりも更に法務の人的リソースが逼迫し、本当に体制構築にリソースを割きづらくなっている恐れがあるからです。
テクノロジーを駆使した体制構築後に、法務が見据えるもの
テクノロジーに任せるか、ヒトがやるか
テクノロジーを入れて、体制とオペレーションを整え、ルーティン業務のQCDを整える中で、テクノロジーに任せるところとそれでも人間が対処する必要があるところがハッキリと分かるようになります。
大まかには、個別具体性の低い、事務処理的な業務と判断はテクノロジーに委ね、個別具体性の高い業務の遂行とその最終判断をヒトが行うということになるでしょう。
例えば、単純な契約に関するデータの記録や集約、バージョン管理などの情報整理、事業部門とのコラボレーション基盤の構築、場合によっては契約内容の抜け漏れチェックなどは、いわゆるCLMソフトウェアなどの契約書管理サービスやAIレビューサービスなどである程度行うことが可能で、テクノロジーに委ねても良い領域だと整理できます。
前述の「個別具体性の高い業務の遂行とその最終判断をヒトが行う」という点については、少なくとも生成AIの活用黎明期である2023年から向こう数年の間は、同様の結論になると思われます。
以下の記事に生成AIを副操縦士(Co-Pilot)として隣に置き、弁護士はいかにパイロットとして副操縦士の仕事と判断を監督するかが重要だと言及がある通り、思考過程がブラックボックスであることや、誤っていてもさも正しいことであるかのようにアウトプットを出すこと(ハルシネーション、Hallucination)への懸念が大きいためです。
…the real question for today’s and tomorrow’s lawyers is how we’ll play the role of the thoughtful pilot: sitting in the cockpit, using these tools, having our copilot next to us at all times, doing our best to oversee their work and judgment, and figuring out how to best collaborate with them so that we reach an optimal result every step of the way.
Legal innovation and generative AI: Lawyers emerging as ‘pilots,’ content creators, and legal designers-By Ilona Logvinova
弁護士を想定した記事にはなりますが、資格の有無に関わらず、企業法務に従事する方は理解しておくべきことになるでしょう。
なお、以下のアーカイブ動画では、日々クライアントへの高付加価値の提供を行うべく業務を遂行する弁護士の思考過程を、契約書のレビューを通して解説しています。
テクノロジーが発展した先にある社内法務の価値
もちろん、現在においてもテクノロジーは発展途上であり、前述の棲み分けを完璧に実現できているケースは殆どないと思われ、まだ理想を示したものにすぎない、という評価になるかもしれません。しかしその一方で、多くの方にはこの理想が近い将来現実になるのではないか、というぼんやりした青写真も見えているのではないでしょうか。
こうした中で求められる社内の企業法務パーソンは、結局のところ、一般的でポータブルな法的知識をもちつつ、在籍期間を問わず「〇〇社の法務」として働ける方であるということになるでしょう。
より具体的に言い換えると、具体的な案件の相談があった場合に、きちんと事業部門のメンバーと関係性を築きながら、自社にとってベストな選択(スキームや具体的な条項の修正案など)は何かを、(自分が考える絶対的な理想形を当てはめるというよりも)同社の戦略やその時点で置かれている状況、過去の具体的経緯も踏まえながら示せる方、ということになります。逆にそういったことができない法務パーソンの評価は、今後一層下がる可能性があります。
以下の記事においても「総合的な価値創造というか、法律の知識だけに縛られない広い視点で総合的に、かつクリエイティブに物事を考え判断していくことが必要になっていく」と近い将来の法務への期待について言及があります。
このように、いわば「総合判断」を求められる法務の方に、ルーティン業務の単純作業に時間を取られている暇はありません。特に過去の経緯や判断基準の記録がなければ、過去の具体的経緯も踏まえようがありません。だからこそ、今、法務にはその規模を問わず体制構築が求められるのです。
まとめ
- 法務業務のうち、ルーティン業務で重要な「QCD」の意義
- 法務の期待値の高まりの一方で、ガーディアン機能についても100%の機能を発揮できていないと感じる法務が多い
- そのボトルネック特定には、製造業でよく使われる「QCD」の考え方が有効
- QCDを整える体制構築の重要性とポイント
- 2023年現在では、採用要件に合致する人員の確保は非常に難しい
- このため、体制構築にはテクノロジーが必須となる
- 体制構築後、テクノロジーと共存する企業内法務のあるべき姿
- テクノロジーには、個別具体的な事案の判断を任せるのは難しい。
- 「〇〇社の法務」になれる法務パーソンが高く評価される
山下 俊(やました しゅん)
2014年、中央大学法科大学院を修了。日系メーカーにて企業法務業務全般(主に「一人法務」)及び新規事業開発に従事しつつ、クラウドサインやHubbleを導入し、契約業務の効率化を実現。
2020年1月にHubble社に1人目のカスタマーサクセスとして入社し、2021年6月からLegal Ops Labの編集担当兼務。2023年6月より執行役員CCO。近著に『Legal Operationsの実践』(商事法務)がある。