- 今起こっている「契約内容の標準化」とは
- 今起こっている「契約合意プロセスの透明化」とは
- これらの新しい潮流によって法務パーソンに起こる変化
(Hubble社のWEBサイトへ遷移します)
はじめに
この数年で、法務の領域でも「DX」という言葉を聞くことが多くなりました。コロナウィルスの影響によるリモートワークの浸透が電子契約の普及を一気に後押しし、「法務DX」の流れが不可逆であることは誰しも疑わないと思います。
今回は、テクノロジーによる契約の締結方法の変化のみならず、これからの契約のあり方の変化の可能性、特に契約内容の標準化について、合意形成プロセスに着目しながら考察したいと思います。
統一雛形による契約内容の標準化
顕出した契約検討プロセスの不都合と解決策
これまでの契約の合意形成プロセスのスタンダードといえば、
- 当事者の一方が雛形を提示
- 一方が中身を検討
- 修正要望があれば修正依頼を行う
- ②③を繰り返して内容を固める
こういったプロセスです。もっとも、当たり前とされてきたこのような方法も、実際の取引においては、迂遠であることも多いと思われます。
例えば、自社で保有していた雛形と実質的には同内容であるにもかかわらず、その形式が異なる(条数が異なる、表現のみが異なる等)がゆえに社内検討が必要になってしまい、締結までの時間が長引いてしまうことがあると思います。逆に、本来このプロセスを通じて、修正を重ね、合意形成していくべき取引であったにもかかわらず、特に大企業から提示された雛形について事実上交渉する余地がなく、当該取引において重要な内容であったとしても契約書上は反映されていないような合意形成を強いられる場面もあると思います。
こういった不都合を解決する一つの方法として、契約内容の標準化、つまり雛形化があります。
例えば、経済産業省が提示している「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書」は、協業する際の一つの雛形として公開されています。また、出資契約書のテンプレートとして知名度が高まっている「J-KISS」(ジェイ・キス)もスタートアップ企業がシード投資で利用されることが増えており、スタートアップのシード機の資金調達におけるスタンダードになっています。
こういった雛形が公開され、特定取引のデファクトスタンダードになることによって、従来の契約締結までのプロセスに内在していた課題の解決への道が拓けてきます。
契約内容の標準化の2つのメリット
- ①取引の高速化
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J-KISSが「簡単に早くシンプルに資金調達する」ことをコンセプトとしているとおり、雛形がスタンダードなものとなっていれば、当該取引で交渉を要するポイントは、バリエーションキャップ(評価額の上限)等に絞られます。これにより交渉コストは激減し、合意形成に必要な時間は自ずと削減されます。
- ②内容の公正さと透明性の担保
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日本のベンチャー投資において、数年前までは知識不足の起業家が初期の資本政策で失敗して、その後の調達ラウンドで身動きが取れなくなったということがあったり、悪条件の出資比率を応諾してしまうスタートアップもあったと聞きます。これは、一つには、日本では投資契約の絶対数が少なく、他のスタートアップがどのような条件で投資を受けたかという情報に極めてアクセスしづらかったことに原因があると考えられます。J-KISSにより、シードファイナンスのスタンダードが確立されれば、上記のような失敗を可及的に防止できると思います。
また、上述した「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書」に関しても、「スタートアップとの事業連携に関する指針」(経済産業省)に、「オープンイノベーションにおいて重要なことは、いかに「次も一緒に協業したい」と思わせるような関係を構築することができるかという点です。オープンイノベーションは単発の取引で終わるというよりは、継続的な協力関係によって実現していくことが一般的です。」という指摘があり、モデル契約書化された意義も、公正な契約内容に基づき当事者双方に信頼関係が構築されるという点に大きな意義があるのだと思います。
雛形から規約化、ルールの統一化へ
契約の雛形化からさらに進んで、その内容をいわば「規約化」することで、契約のかたちを変化させることもあり得るのだろうと考えます。一定のサービスを利用する際に同意を求められる利用規約のように、当該取引を開始するにあたって、「同意するかどうか」のみが問題とされるように、一定の取引を行う当事者間が共通のルールに賛同するか否かのみをポイントとする仕組みです。
そもそも、「契約」が意思表示の合致で成立する(民法522条1項)のであれば、契約書を締結するということがもっとも明確であるといえるものの、当事者の共通認識となっている一般的内容に関しては、そこに賛同するか否かを宣言し、そのルールを適用させるような合意形成のあり方は十分実現できると考えています。
Hubble社が運営しているNDAの統一規格化を目指すコンソーシアム型プロジェクトの「OneNDA」については、まさにこれを実現しようとしていますし、イギリスの同趣旨のプロジェクトである「oneNDA」もまたこの合意形成を実現しようとしているプロジェクトだと思われます。
- 日本発「OneNDA」
- OneNDA – NDAは、ひとつのかたちに。 NDAを統一しようというコンソーシアム型の取り組みです。OneNDAに参加した企業間では、迅速に取引がスタートできる世界を目指しています。
- イギリス発「oneNDA」
- oneNDA – A New Global Standard for the NDA Join thousands of organizations that use our standard template to streamline and automate the NDA process.
考えてみると、日本における契約は、同一言語同一民族間の合意として、文化背景が似た者同士の合意となることが多いのが一つの特徴だと思われます。既に共通の認識をもった者同士の契約書の意義は、その共通認識を確認することや共通認識を補助、補完する点が強いものといえます。
その結果、日常的に取り交わされる契約書には取引実態の詳細を定めていないケースも多く存在し、特に(一部のものを除き)NDAのように「慣習的意義の強い契約書」についてはこの点が顕著です。このような特性を考えると、日本における契約ということとなれば、より一層、個別の契約書締結という方法によらずに、双方の共通認識を確認しておく形でのルールの定め方によって取引を開始していくことは可能であると考えています。
また、標準化した内容により実質的な合意の意義を持たせるためにも、その内容をわかりやすく表示することも重要だと思います。実際に「OneNDA」でも誰にでもわかるような要約を定めています。
また、二当事者間の契約とは異なりますが、最近ではSNSやオンラインサービスに登録する際の利用規約についても、同様の問題意識があることから、長すぎて誰も読めない利用規約の問題を解決しようと、アメリカでは「利用規約のわかりやすい要約」の表示を企業に義務づける法案を提出したというニュースも非常に興味深いものです(邦訳の概要はこちらのサイトに分かりやすくまとまっています)。
合意形成プロセスのさらなる透明化
さらに、私は、契約が人と人との合意やコミュニケーションそのものであることにもっとフォーカスされるべきだと考えます。その内容をお互いが理解して、そこにどんなリスクがあるのか、その後どんなことをしなければいけないのか、してはいけないのか、それを理解してくことが契約の本来的意義です。
契約書の的確なレビューを通したリスクコントロールのプロセスを効率化していくだけではなく、契約内容を標準化して、一つのルールとして明確化することで、お互いがルールを把握した状態で取引を迅速に開始していく世界ができてほしいという思いがあります。
そしてそのためには、もっと積極的にルール策定のプロセスに関与する仕組みも重要だと思います。
実際にそのような動きも積極的になっています。例えば、上述したイギリスの「oneNDA」プロジェクトは、目的の一つに契約の透明化を挙げるように、公開した統一ルールに関して「oneNDA」側が管理者となり、各所から意見を募り、毎年レビューを行うことを宣言しています。
また、国内でも上述した「研究開発型スタートアップと事業会社のオープンイノベーション促進のためのモデル契約書」の改訂に関して、Github(ギットハブ)を用いた意見募集が実施されています。その目的として、「社会情勢の変化やプレーヤーの価値観の変化等に柔軟に対応しながら、政策の価値を最大化できる立案手法を検討するべき」と述べられ、「今までは、有識者委員会やパブリックコメントを通じて、必要な情報収集を実施してきましたが、今後は、既存の方法に加えて、様々なプレーヤーが継続的にフラットに意見を発信できるような仕組みを構築していくべきと考えます。」とされ、一度標準化されたルールに関しても、時代の変化に応じて、市場の声を反映したルールとなるような取り組みが行われています。
標準化、透明化の先にある変化
こうした流れの中で、企業法務のみなさんの業務がどのように変化していくのでしょうか。本記事では、最後に以下の二つに触れたいと思います。
より「本質的な業務」への集中へ
これまでであれば、相手方から雛形を提示された場合を中心に、比較的重要度の低い契約であっても、最初から最後まで読み込んでいく作業が必要でした。というのも相手方から提示された契約書には、例え自社雛形と同様の内容が規定されていたとしても、その体裁が異なるがゆえに、どんな条件が書かれているか、網羅的に読まなければわからないからです。
しかし、統一的な雛形やOneNDAのような仕組みが普及すると、契約条件について双方で共通理解を持った状態でレビューを始められるため、レビューの手間が激減する(場合によっては読むことすら不要)ことが予想されます。
そして、ここで削減できた時間は、より重要度の高い契約の検討時間や新規ビジネスを始める事業部門との早い段階からのコミュニケーションに充てたりすることができます。法務が、契約や規制に対する深い理解を前提としながら自社のビジネスに貢献していく立場を存分に生かすこと、つまり法務の本質的な業務に貴重なリソースを振り向けることが可能になるわけです。
「デファクトスタンダードを逸脱した提案」の淘汰
上記でご紹介した通り、統一的な雛形やOneNDAなどの仕組みは、取引の高速化や内容の公正さの担保に寄与する、いわばデファクトスタンダードとなり得ます。言い換えると、「一般的な条件」の共通認識が、今まで以上に広がることになります。
裏を返すと、こうした取り組みが普及することにより、自社に有利な条件を一方的に提示することや取引慣行から大きくかけ離れた条件への修正は、こうした「一般的な基準」から大きく逸脱した要求として、「自らの利益のみを追求する姿勢」と評価される可能性があり、結果として当事者の信頼関係に亀裂を生じさせるものと認識されるようになるかもしれません。
そのような共通認識があれば、こういった一方的条件は使われることが少なくなり、やがて自然淘汰されていくことになるでしょう。
その意味では、契約交渉のあり方も、双方の利益やリスクをどうバランスよく調和していくかをコントロールするような姿勢が求められることになると思います。そして、法務としても、これまで以上に、自社の状況のみならず、当該取引自体の理解や取引上生じうるリスク、相手方への配慮等、多岐にわたる視点が求められるようになると思われます。
まとめ
- 今起こっている「契約内容の標準化」とは
- 契約検討プロセスの手続きの重さや力関係による交渉の硬直化などの問題が顕在化
- 解決策として、経産省モデルやJ-KISSなどの雛形が登場
- 標準化は、取引の高速化、公正さや透明性の担保に寄与
- 今起こっている「契約合意プロセスの透明化」とは
- 契約を規約化するというプロジェクトが日英で登場
- 特に、日本国内なら、文化背景の共通性を背景に、規約化が進む可能性も
- 「規約化した契約」の改定プロセスも公開される
- これらの新しい潮流によって法務パーソンに起こる変化
- より自社のビジネスに貢献する「本質的業務」へのリソース投下が可能に
- 自社のみならず、相手方へも十分配慮した契約レビューが必要に
ウェビナーアーカイブ配信のお知らせ
本記事の監修も行なっているHubble社の酒井が、本記事でもご紹介した「OneNDA」の概要やその使い方を解説するウェビナーを開催し、そのアーカイブ配信を公開しました。
契約内容標準化や合意プロセスの透明化の潮流を体現する「OneNDA」にご興味がおありの方は、ぜひご覧ください。
酒井 智也(さかい ともや)
弁護士(67期/第二東京弁護士会所属)。
2013年慶應義塾⼤学法務研究科(既習コース)卒業後、同年司法試験合格。東京丸の内法律事務所でM&A、コーポレート、スタートアップ支援・紛争解決等に従事。18年6⽉より、Hubble取締役CLO(最高法務責任者)に就任。2020年に立ち上げた「OneNDA」の発起人。