- エンジニア業務における近年の変革と契約業務への応用の可能性
- 契約業務における共通認識醸成の意義
- 契約書のバージョン管理の難しさと克服方法
はじめに
みなさん、こんにちは!
契約業務には、他の職種や業界の仕事の進め方を参考にすることで、効率化の余地がまだまだ存在します。今回は、常に最先端の働き方を実践しているソフトウェアエンジニアのソースコード管理から学べる知見を取り上げ、契約業務における事業部門と法務の円滑なコラボレーションを促進するためのヒントを探ります。
上記のデザイン業務からの考察記事では、デザインが完成するまでの円滑なコラボレーション、特にその「フロー」に焦点を当てました。今回は、エンジニアのソースコード管理に注目し、特に契約情報の管理(蓄積・共有方法)など「ストック」部分を見て、効率化のヒントを探ります。
本記事は、2023年5月23日にCLOC JapanでHubble社の代表、早川がお話しした、「事業部門との連携、生産性の高い働き方とは」の内容から一部抜粋して再編したものです。
エンジニアの仕事の進め方から学ぶ、これからの業務の進め方
エンジニアの業務も、昔は契約業務と同じだった
近年、エンジニアの働き方は大きく進化し、効率的な働き方が注目を集めています。数十年前のエンジニアのソフトウェア開発の進め方は、契約業務と同様に、ローカルでソースコードを編集し、ファイル群をZip化してメールなどで共有していました。実はソフトウェア開発も現在の契約業務の進め方と構造が近かったのです(表1)。
業務におけるアクション | 法務(契約)業務 | ソフトウェア開発 |
---|---|---|
編集 | Microsoft Word | 専用エディタ(ローカル) |
コミュニケーション | メール ビジネスチャット | メール ビジネスチャット |
ファイルの共有 | コミュニケーションツールに添付 | ファイル群をZipにしてメールなどのコミュニケーションツールに添付 |
しかし、これでは契約業務と同じように、多くの利害関係者でソースコードの複製(アップロード・ダウンロード)を繰り返すため、次々と更新されていくソースコードを適切に管理することが非常に難しくなっていました。
「GitHub」がエンジニアの業務を変えた
そんな中、バージョン管理システムのGit(ギット)と、その仕組みを活用したクラウドサービスであるGitHub(ギットハブ)が登場、瞬く間に普及し、ソフトウェア開発は大きく効率化しました(表2)
業務におけるアクション | 法務(契約)業務 | ソフトウェア開発 |
---|---|---|
編集 | Microsoft Word | 専用エディタ(ローカル) |
コミュニケーション | メール ビジネスチャット | GitHub |
ファイルの共有 | コミュニケーションツールに添付 | GitHub |
GitHubは、主にエンジニアが使うソースコード管理のためのツールでしたが、チーム間のコミュニケーションやコラボレーションを円滑に行うことも支援可能なサービスである点が、エンジニアの業務に大きく貢献しています。
- ソフトウェア開発者向けの管理機能が充実しており、開発プロジェクトが円滑に進められる
- コメントなどのコミュニケーション機能が充実しており、「このコードを修正してほしい」などのエンジニア間の具体的なフィードバックが可能
- ブラウザ上に、常にソースコードの最新バージョンが共有されており、ファイル管理がしやすい
- 過去のバージョンや、コミュニケーションの履歴が簡単に追跡可能
- 仮にエラーやバグが発生した場合でも過去のバージョンに戻すことができたり、原因究明も容易
ソースコードのバージョン管理が作る「共通認識」
エンジニアにとって、GitHub(Git)で実現しているソースコードのバージョン管理は、非常に重要視されています。その理由は、以下の2つの「共通認識」を形成するものだからです。
- ① ソースコードの変更履歴を可視化し、チーム内で共通認識を作るから
-
バージョン管理の重要な利点の一つは、変更箇所の可視化です。エンジニアはGitのバージョン管理を通じて、誰がいつ変更をしたのかを一目で確認できます。これをGitHubのような共通の環境下で一元的に集約・管理することで、プロジェクトの進行状況についてチーム内の他のメンバーとの共通認識を作り、コラボレーションを円滑にしています。
- ② 異なるバージョン間の差分を明らかにし、共通認識を作るから
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GitHubでは、2つの任意のソースコードのバージョンを比較し、変更された差分を簡単に確認できます。「いつ、誰が、何を変更したのか」が明確になるので、合意点や相違点をすぐに理解できます。これもチームの共通認識を作り、コラボレーションを円滑にします。
契約業務でも必要な「共通認識」の醸成
では、改めて契約業務に話を戻します。まず、契約業務についても共通認識を築くことは非常に重要であることを強調したいと思います。
その理由は後述の通りですが、こちらの記事では、こうした各チームの生産性の観点から契約書作成プロセスの管理の必要性について解説していますので合わせてご覧ください。
- ① コミュニケーションコストなど生産性へ影響するから
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契約書締結の背景について共通認識が築けないと、各部門がそれぞれ異なる理解を持ち、コミュニケーションの混乱が生じることがあります。例えば、特定の条項がなぜその文言で合意したのかが不明確な場合、それぞれの部門がその理由を推測し、混乱や誤解を招く可能性があります。
さらに、その背景情報の共通認識が形成されないまま、これをベースとした新たな契約を作成する際にも、同じ問題が繰り返される可能性もあります。これらすべてがコミュニケーションコストの増大をもたらし、法務のみならず企業活動全体の効率性を損なう可能性があります。
- ② 過去の交渉過程を無視した交渉による機会損失を防ぐから
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契約交渉においては、自社内での共通認識はもちろんのこと、相手方との共通認識も大事にする必要があります。
過去の交渉から得られる情報は、新しい交渉でより有利な立場を築くための重要な指針となります。この情報について社内に共通認識がない場合、交渉の結果が不利になったり、交渉自体が長引いてしまう可能性があります。
最も悪い結果になると、相手方の信頼を損ねることもありますし、訴訟においても不利に作用してしまう可能性もある点で無視はできないでしょう。
紛争化しない契約書作成に向けた事業部門・法務部門・社外弁護士の役割分担とは? – 阿部・井窪・… 今回は、阿部・井窪・片山法律事務所パートナー弁護士である辛川力太氏に、契約書の作成や交渉がスムーズに進み、トラブルの発生を未然に防ぐための事業部門、法務部門、そして社外弁護士の役割分担について伺いました。
契約業務で「共通認識」を築くことの難しさ
前述した契約業務における共通認識の重要性は、多くの方が認識しているところでしょう。ただそれでも、できていないと認識している方も多いかもしれません。その代表的な理由は以下の通りです。
- ① バージョン管理が複雑で、工数がかかる
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共通認識を築く前提となるWordファイルのバージョン管理は、手作業で行うため、時間がかかり抜け漏れが発生しやすいです。特に、ファイル名でバージョンを区別しようとすると、命名規則の不一致や誤解が生じる可能性があります。全ての関係者が一貫した命名規則を厳格に遵守しないと、ファイルの整理や検索が困難になります。
- ② 管理はできても追跡が困難
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たとえ、上記のバージョン管理ルールが徹底されていたとしても、その具体的な内容の追跡は困難になります。例えば、具体的な変更内容を理解するためには、それぞれのバージョンのファイルを開いて、それぞれで比較し、変更点を確認する必要があります。これは非常に面倒な作業となります。さらに、Wordファイルだけでなく、メールやチャットなどで行われたコミュニケーションの追跡も必要になります。
契約業務でも必要な「GitHub的」存在
バージョン管理が共通認識を作り、コミュニケーションを円滑にする
GitHubを通じて、エンジニアはバージョン管理をしながら、自身の活動のログを残し、これをチームに共有することで、共通認識を作り、チーム内でのコミュニケーションを円滑にしています。
これはソフトウェア開発だけでなく、チームで行う全ての業務で重要な考え方です。バージョン管理は過去の意思決定のアーカイブとなり、会社の資産になります。これらの情報は、メンバーごとの社歴による情報量の格差を無くし、共通認識を作りやすくします。
ソフトウェア導入が鍵?!(少しだけPR)
バージョン管理の重要性は、後から情報を追跡できることにあります。「Wordファイルの管理の徹底!」という名の意識やルールを変えるだけでは運用は困難です。これは皆様もご存知のことでしょう。
これを乗り越えるには、テクノロジーの力が効果的な場合があります。通常の業務遂行の中で自動でバージョンが残り、それを追跡しやすい環境を整備するためのソフトウェア(当社が提供するHubbleを含む)の導入が共通認識を形成するための一助になるでしょう。
まとめ
- エンジニア業務における近年の変革と契約業務への応用の可能性
- 従来は契約業務と同様に更新されるソースコードのバージョン管理に非常に苦労していたが、GitHubの登場がこれを大きく変えた
- 契約業務においてもバージョン管理を基礎とした共通認識の醸成は、非常に重要
- 契約業務における共通認識醸成の意義
- 社内メンバーにおける生産性の向上
- 新たな契約交渉における機会創出
- 契約書のバージョン管理の難しさと克服方法
- 手作業による抜け漏れ発生の恐れ、情報の追跡の煩雑さ
- テクノロジーの導入が有効な手立てとなる場合がある
早川 晋平(はやかわ しんぺい)
2014年、関西学院大学を卒業後、税理士法人に入社し、2年間ファイナンスや経営管理を学ぶ。その中で非効率な業務オペレーションに課題を感じ、プログラミングを独学で習得後、2016年に株式会社Hubbleを創業(代表取締役CEO)。