- 契約業務におけるコラボレーションを阻害する課題
- デザイン業務における近年の変革と契約業務への応用の可能性
- 契約業務が今後目指すべき姿
はじめに
みなさん、こんにちは!
近年、企業内の様々な職種間のコラボレーションがますます重要になってきています。特に契約業務において、事業部門と法務間のスムーズなコラボレーションとコミュニケーションは、企業全体の生産性に大きく影響を及ぼします。しかし、事業部門と法務間には認識のギャップが存在し、コラボレーションの障壁となってしまうことがあります。
本記事では、その課題を克服するために、デザイン業務から学べる知見を取り上げ、契約業務での事業部門と法務の円滑なコラボレーションを促進するためのヒントを探します。
なお、同様にエンジニアの仕事の進め方からも学ぶところは沢山ありますので、気になった方はこちらも合わせてご覧ください。
本記事は、2023年5月23日にCLOC JapanでHubble社の代表、早川がお話しした、「事業部門との連携、生産性の高い働き方とは」の内容から一部抜粋して再編したものです。
契約業務の現状の課題
現状=「20年以上変わらない業務の進め方」
法務業務、とりわけ契約業務の世界では、Microsoft Word(以下、Word)を用いて契約書を編集し、メールで関係者とコミュニケーションをとるというスタイルが、20年以上前から変わっていません。ファイルの共有も依然としてメールなどのコミュニケーションツールに頼っています(表1)。
契約業務におけるアクション | 用いる手段・ツール |
---|---|
契約書の編集 | Microsoft Word |
コミュニケーション | メール(ビジネスチャット) |
ファイルの共有 | メールなどのコミュニケーションツールに添付 |
現在の契約業務の問題点
- ①情報の集約・管理が難しい
-
上述の業務の進め方では、あくまでファイル共有の手段でしかないコミュニケーションツールに契約業務の主役であるドラフトのファイルが蓄積されてしまうため、(特にやり取りが多い場合には)ファイル自体の管理、つまりどのファイルでどういったやり取りがなされたのかの共通認識が非常に難しくなります。
加えて、契約業務は交渉相手との調整もあり、リードタイムが長くなることもあります。こうした時間軸の長さも相まって、情報の集約と管理の難易度は高いと言えるでしょう。
なぜ、契約書の作成プロセスを管理する必要があるのか? 本記事では、契約書の作成プロセス(履歴)を管理する必要がある理由についてまとめ、履歴管理のベストプラクティスもご紹介します。仮にこれをしっかりと管理しようと考えたとしても、社内ルールの整備・浸透、そして実行段階においてもコストがかかる経験をしたことがある方も多いのではないでしょうか?契約業務の主担当ではない事業部門からすると、管理方法だけが煩雑になり、契約が縁遠いものに感じられたこともあったかもしれません。
- ②リテラシーのバラつきと情報格差
-
契約業務では、法律やビジネスへのリテラシー(※)、自社の方針への理解が必要とされますが、こうした情報や知識レベルは、個々にばらつきがあります。
こういった状況で、前述したようなメールベースでの業務の進め方をしている場合、過去の契約締結に至るまでのやりとりは、対象者が宛先に入ったメールにしか残っていません。このため、前提情報・知識にバラつきがある場合には、結局法務も事業部門も、一方が他方に欠けている情報や知識を、双方で丁寧に確認しながら、都度伝え補わなくては、共通認識を作ることはできません。
(※)ここでいうリテラシーとは、法律知識に限られません。事業部門が法律の知識を深めると同時に、法務部門もビジネスの知識を深める必要があることを想定しています。
契約業務の改善は、企業の生産性に直結する
その上で、なぜ、ことさらに契約業務についての改善について指摘しているかというと、契約業務はルーティン業務であり、かつ全社が関わる分、課題があればその負の影響範囲は大きくなり、また解決すればその効果が及ぶ範囲も同様に大きいからです。
事業部門は、「契約書をもっと理解したい」
以前、Legal Ops Labで、事業部門にアンケートを取った際には、やや意外と感じられる方も多いかもしれませんが、事業部門も「契約書をもっと理解したい」と感じていることがわかっています(図1)。ただし、具体的にそのためにどんなことをすべきかは、今ひとつ判然としていない方が多そうではありました(図2)。
法務のみなさまとお話しすると、「事業部門が契約書レビューを(自らは読まずに)丸投げしてくる」といったエピソードが、あるある話として話題にのぼります。しかし実際には、契約書が非常に重要で理解するべきものであると事業部門は理解し、実は前向きに契約業務に関わりたいと感じているのです。
こうした状況においては、せっかく契約書を理解したいと感じている事業部門とコラボレーションして、より効率的で高品質な契約業務を目指すのが、これからの法務の契約業務の進め方になるのではないでしょうか?
その方策のヒントは、デザイン業務にありました。
デザイン業務の例から学ぶ、これからの業務の進め方
デザイン業務は、契約業務と同じ構造
実は、デザイン業務の進め方は、契約業務のそれとほとんど同じ構造になっています(表2)。
業務の特性 | 法務(契約)業務 | デザイン業務 |
---|---|---|
依頼者 | 事業部門など | 事業部門など |
対応者 | 法務ら専門職 | デザイナーら専門職 |
業務に必要な専門知識の量 | 依頼者 < 対応者 | 依頼者 < 対応者 |
実際の案件の前提情報の量 | 依頼者 > 対応者 | 依頼者 > 対応者 |
対応者の業務状況 | 複数の審査を同時並行的に処理 | 複数の案件を同時並行的に処理 |
業務の進め方(ソフトウェア)も変わってこなかった
実は、数年前のデザイン業務は、契約業務と同様に、業務の進め方(ソフトウェア)があまり変わってこなかったことも類似しています。デザイン業務と契約業務は、編集ツールは異なるものの、コミュニケーション、他のメンバーへのファイル共有もメールで行われていました。契約業務と同様、利害関係者が多いので、デザインデータの複製(アップロード・ダウンロード)を多くのメンバーで繰り返し行い、編集、共有が行われていました(表3)。
業務におけるアクション | 法務(契約)業務 | デザイン業務 |
---|---|---|
編集 | Microsoft Word | Adobe製品 (llustrator/Photoshop) |
コミュニケーション | メール(ビジネスチャット) | メール(ビジネスチャット) |
ファイルの共有 | メールなどのコミュニケーションツールに添付 | メールなどのコミュニケーションツールに添付 |
このため、契約業務と同様に、作成した成果物である画像ファイルの管理(特にバージョン管理)が難しかったり、メールにしか残っていない当該案件に関する情報から、デザイナーと依頼者の双方の前提情報や知識(リテラシー)を揃えるのは、至難の業となっていました。
「Figma」がデザイン業務の共通認識の作り方を変えた
今、デザイン業務を大きく変えているのは、「Figma」(フィグマ)という米国発祥のデザインツールです。Figma内でデザインの編集から、コミュニケーション、デザインの共有まで行えます。
- デザイナー用のデザイン編集機能が充実しており、プロフェッショナルな仕事にも対応
- ユーザーの約65%が非デザイナーで、非デザイナーでも簡単に使える。
- コメント機能により、非デザイナーとデザイナー間のコミュニケーションが効率化(非デザイナーから、デザイナーに「ここを修正してほしい」などの正確なフィードバックが可能)
- ブラウザ上に、常にデザインの最新バージョンが共有されており、ファイル管理が容易
- 過去のバージョンや、コミュニケーションの履歴が簡単に追跡可能
Figmaは、デザイナーだけでなく、非デザイナーと一緒に使うことを前提に開発され、チーム全体で共通認識を持ちながら、迅速かつ高品質な成果物を生み出すことを目指しています。非デザイナーもデザイナーのデザインに対して適切なフィードバックができ、円滑なコミュニケーションを実現しています。
Figmaは、いわば従来の専門家と非専門家の間に存在していた、成果物に関わる情報や知識の認識のズレを極限まで減らし、新しい共通認識の作り方を実現したソフトウェアとも言えるでしょう(図3)。
なお、こうした新たな共通認識の作り方が評価され、Figmaは高い評価を受け、デザインツールの老舗Adobe社に2.7兆円で買収する価値があると評価されるに至りました(※)。
※)なお、本買収は、欧州委員会と英国競争・市場庁から、市場競争を妨げる可能性があるとの指摘を受けたことに伴い、断念されています。
リモートワークが一般的になり、働き方が多様化した現代においては、社内でどんな人が、どのように働いているのかわかりづらくなり、共通認識の構築が難しくなってきています。こうした共通認識の形成は、チームで仕事をしていくにあたって非常に重要で、成果物や業務スピード自体に大きく影響を与えます。
この共通認識を担保するためには、共通のファイルや画面、これまでのコミュニケーションの履歴をいつでも簡単に見れるようにすることがソフトウェアに求められています。これが「Deep Collaboration」という今注目されているソフトウェアのカテゴリで、デザイン業界だけでなく、プロダクト開発をするエンジニア、セールスなどの職種・業界でも起き始めています。
詳しくは、Hubble社代表の早川がnoteにまとめていますので以下をご覧ください。
契約業務にも必要な「Figma」的存在
契約業務においても共通認識が大事
改めて話題を契約業務に戻すと、やはり共通認識を築くことは、契約業務をスムーズかつ正確に進めるために不可欠だ、ということになります。
そのために重要な一つの手段は、Figmaが実現したように、単純に「同じものを見る」ことです。それぞれが異なるファイルや同じファイルの異なる箇所を参照していると、コミュニケーションのズレが生じ、業務の遅延や品質の低下につながる可能性があります。この共通認識を形成する対象は、過去のコミュニケーションの履歴にも及びます。どこでどんなことが議論され、なぜそのような結論が出たのかを時系列で追えることも非常に大切です。
ソフトウェア導入が鍵?!(少しだけPR)
とはいえ、こうした課題の解決にあたっては、「意識を変える」だけでは足りず、現に「同じものを見る」ことができる環境を整えることが必要になります。言い換えればソフトウェアを導入することも必要になるでしょう。
ソフトウェアは、業務を進めるための働く環境そのもので、その環境が人の意識を変えます。実際にFigmaはデザイン業務を「ソフトウェア導入 → 意識改革」という順番で変えていきました。これと同じように、契約業務という複雑な業務を円滑かつ正確に進めるためには、法務に閉じてしまうのではなく、事業部門と同じ画面が見られる(当社が提供するHubbleをはじめとする)リーガルテックの導入が必要になるかもしれません。
まとめ
- 契約業務におけるコラボレーションを阻害する課題
- 20年間変わらない使用ツール
- 検討過程とファイル管理の煩雑さ
- 法務・事業部門の双方に対する低水準なリテラシー
- 事業部門の意欲は阻害要因ではない可能性が高い
- デザイン業務における近年の変革と契約業務への応用の可能性
- Figmaの登場により、デザイナーと事業部門のコミュニケーションがスムーズに転換
- 契約業務とデザイン業務には構造上近しいものがあり、応用可能性が高い
- 契約業務が今後目指すべき姿
- 「同じもの」を見ることによって、関連するメンバーの共通理解の形成を促すこと
早川 晋平(はやかわ しんぺい)
2014年、関西学院大学を卒業後、税理士法人に入社し、2年間ファイナンスや経営管理を学ぶ。その中で非効率な業務オペレーションに課題を感じ、プログラミングを独学で習得後、2016年に株式会社Hubbleを創業(代表取締役CEO)。