「ナレッジ」の具体的なイメージ、持てていますか?企業法務におけるナレッジマネジメント総論

この記事でわかること
  • 「ナレッジ」の一般的な定義と企業法務におけるナレッジの具体例
  • ナレッジマネジメントが重要視されている理由
  • ナレッジマネジメントの基本的フレームワーク
目次

はじめに

みなさん、こんにちは。

法務のみなさんにおいては、「ナレッジマネジメント」は非常に高い関心事だと思われます。「日本版リーガルオペレーションズ」のCORE8にもナレッジマネジメントの項目が存在し、企業法務の業務遂行において非常に重要なファクターであると考えられています。

今回は、そのナレッジマネジメントの概要と基本的なフレームワークを、企業法務の実務と結びつけながらまとめていきます。

ナレッジとは?

まず、マネジメントする対象となるナレッジは何か?が最大のポイントです。

法務に限らず一般にナレッジ(知識)は、代表的に以下のように定義され、特に人の考察が介在していない事実や情報とは、一線を画すものと整理されています。

行動の指針、問題への処し方、判断や意思決定の基準

野中郁次郎・紺野登『知識経営のすすめ』(ちくま新書、1999年)P101)

企業法務でいうならば、個人や組織で持っている契約書の雛形やプレイブック、マネージャーからメンバーへのフィードバック、契約書の具体的な修正内容と判断理由などはナレッジとなり得ますが、特定の相手方との取引実績や契約台帳に記載するような一般的なメタ情報はナレッジではないということになります。

本稿では、上記の定義を前提として、ナレッジマネジメントにおける重要なポイントをまとめます。

なぜナレッジマネジメントが重要視されているのか?

ナレッジが競争力の源泉

30年近く前、経営において企業の価値向上や競争力に寄与するとして、ナレッジが注目されるようになりました。つまり「社内のあの人・あの組織が持っているナレッジ」が社内にも広く展開されることで、そのナレッジを同じ会社の他のメンバーも活用することができ、結果として企業や組織全体としての成長と競争力強化に効果があると考えられたのです。これがナレッジマネジメントのおおもとの目的になります。

個人のナレッジを企業のナレッジに

前述の裏返しで、その会社で創出された業務に関わるナレッジが属人化していると、メンバーの退職とともにそのナレッジが消失または見つからず事実上使えなくなる、ひいては、組織の総合的な力が落ちるというリスクが非常に大きくなります。

例えばローカル環境でのファイルの保存はもちろんのこと、eメールなど共通のプラットフォームを介さないコミュニケーションだけにナレッジが残ってしまっている状態は、「見つからないリスク」が相対的に大きい状態と言えるでしょう。

このため、少なくとも組織の総合力が、個人の異動・移動に影響されることがないように、「守り」として個人のナレッジを企業のナレッジに昇華させることが必要とされるのです。

業務効率化に寄与する

ナレッジは共有され、活用されることで組織全体の業務効率が上がります。その意味では前述の項目とは対照的に、「攻め」として活用できるのもナレッジです。

例えばPCの使い方一つとっても、「この業務をするこうした方がラクだよ」と先輩社員やちょっと詳しい方から教えてもらうことで、業務がスムーズに遂行できるようになった経験がある方も多いのではないでしょうか?

その重要性は、既に組織を超えた取り組みにもなっています。例えば、法務パーソンが日常的に用いるMicrosoft Wordをはじめとするワードプロセッサアプリケーションの便利機能に関するナレッジは、世の中にも多く発信されています。

法務においても重要視されている理由

従来の個人商店的な業務の性質や取り扱う情報の秘密性も相まって、ややもするとナレッジが属人的になりやすい法務においては、意識的に組織にナレッジを残し共有する習慣を作らなければ、ナレッジがメンバーの退職とともに簡単に消失してしまいます。特に昨今、企業法務では転職市場が活況で、こういったリスクが発現したり、発現することへの危機感を感じるケースが増えてきていると聞きます。

さらに、企業法務では近年対応を求められる領域が広範かつ複雑になっており、限られた人数でこれに対応するには、ルーティン業務の効率化が必須とならざるを得ません

こうした環境下では法務も積極的に「ナレッジマネジメント」に取り組む必要があるわけです。

ナレッジマネジメントの基本的枠組み

暗黙知と形式知

一般に、ナレッジ(知識)は、暗黙知と形式知に分類されると言われます。この暗黙知と形式知の特徴は、表1に示す通り、一見すると対照的に見えますが、それぞれが交わらないものということではなく、後述する通り、それぞれが行き来するものと考えられています。

暗黙知形式知
言語化しづらい知識言語化された知識
主観的客観的
情緒的、感覚的論理的
例)
契約書修正案の直感的な落とし所のイメージ
事案処理のバランス感覚、など
例)
契約書のプレイブック
コンプライアンスハンドブック、など
表1:暗黙知と形式知それぞれの性質と企業法務における具体例

SECI(セキ)プロセス

「ナレッジマネジメント」には、前述した暗黙知と形式知の創出・蓄積、共有、更新のステップがあります。
この一連の流れを示した代表例が、4つの各プロセスの頭文字をとった「SECIプロセス」と呼ばれるものです。

ナレッジマネジメントのSECIプロセスの画像
図1:SECIプロセスのイメージ(Legal Ops Lab編集部にて作成)

図1の通り、ナレッジマネジメントは、蓄積された暗黙知が形式知へと転換し、これが共有・活用されることによって、また新たな暗黙知が生成され更新されていくプロセスを経るものと考えられています。

以下、各プロセスについて簡単に解説します。

STEP
共同化(Socialization)

経験を通して、暗黙知を蓄積し、主として個人から個人へ共有するプロセスです。
例えば特定の法的問題を解決案を検討する場合に、マネージャーがOJTによってメンバーへフィードバックを返す(マネージャーの考え方を伝達する)プロセスがこれに当たります。

STEP
表出化(Externalization)

個人の中にある暗黙知から形式知を得るプロセスです。
前述のマネージャーのフィードバックを元に、今回実施すべき対応を自分が書き出してみる(感覚的に受け取ったものを形式化する)といったプロセスがこれに当たります。

STEP
結合化(Combination)

形式知を組み合わせて新たな形式知を主として組織の内外で生み出すプロセスを指します。
先ほどの例で、書き出した対応案を、同じチームのメンバーに共有し、ある特定の場面における対応方法をルール化、プレイブック化、雛形化することがこれに当たります。創出した形式知としてのナレッジは、各種テクノロジーに検索可能な状態で蓄積して共有されることで、活用も促進されることになります。

STEP
内面化(Internalization)

組織として作った形式知を暗黙知として個人の経験に取り入れるプロセスです。
社内でルール化、プレイブック化、雛形化した処理手順を実際に事案に適用し、自らの体験として取り入れていくイメージです。このプロセスを経ると、この例を前提とすれば、またこれに対してマネージャーがフィードバックを返すことになり、冒頭の共同化のプロセスに戻ります。このサイクルによってナレッジは常に最新の状態に更新され、洗練され続けることになります。

ナレッジマネジメントの落とし穴?

ナレッジマネジメントは、SECIプロセスの通り、正方向のスパイラルが発生することによって成り立つものです。つまり、「作って終わり」ではなく、随時更新されることが必須となります(古いナレッジが放置されることは無益であるばかりでなく、誤った判断を導く可能性がある点で、有害となる可能性もあります)。

スピード速く動く昨今のビジネスに伴走する企業法務では、このスピード感に追従できるかが、ナレッジマネジメント成功のポイントになると言えるでしょう。

日本版リーガルオペレーションズにおける「ナレッジマネジメント」

ここまでは、比較的法務以外にも当てはまるような一般論としてのナレッジマネジメントのあり方をご紹介してきました。

ここからより深く企業法務に特化した「ナレッジマネジメント」を追求されたい方は、以下の記事で日本版リーガルオペレーションズにおける「ナレッジマネジメント」を、レベル別にまとめていますので、是非併せてご覧ください!

まとめ

この記事のまとめ
  • 「ナレッジ」の一般的な定義と企業法務におけるナレッジの具体例
    • 行動の指針、問題への処し方、判断や意思決定の基準
    • 企業法務なら個人や組織で持っている契約書の雛形やプレイブック、マネージャーからメンバーへのフィードバックなど
  • ナレッジマネジメントが重要視されている理由
    • ナレッジが共有されることで、組織の競争力の維持、強化につながるから
    • 業務効率化につながるから
  • ナレッジマネジメントの基本的フレームワーク
    • SECI(セキ)プロセスを通して、暗黙知と形式知が創出、共有、転換、更新される
Legal Ops Conference 2023のアーカイブを公開中

(Hubble社のサイトに遷移します。)

リーガルオペレーションズの他のCOREなどについての解説はこちら!


本記事の著者情報

山下 俊(やました しゅん)

2014年、中央大学法科大学院を修了。日系メーカーにて企業法務業務全般(主に「一人法務」)及び新規事業開発に従事しつつ、クラウドサインやHubbleを導入し、契約業務の効率化を実現。
2020年1月にHubble社に1人目のカスタマーサクセスとして入社し、2021年6月からLegal Ops Labの編集担当兼務。2023年6月より執行役員CCO。近著に『Legal Operationsの実践』(商事法務)がある。

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