法務人材の流動性が高まり、転職市場が活況となるなか、よりよい条件で自身にマッチした企業へ転職したいと考える求職者も増えてきています。今回は、法務領域専任のコンサルタントとして企業の法務部や法律事務所などを担当するキャリアインキュベーション株式会社 ディレクター 山﨑雅彦氏に、求職者視点での転職市場の現状と対策について聞きました。
〈聞き手=山下 俊〉
「自分はこのままでいいんだろうか」という焦りを感じやすい環境に
さて、後編では求職者側にスポットライトを当ててみたいと思います。近年、求職者側の意識の変化は感じられていますか?
10年前に比べると、キャリアに対する切実な危機意識を持たれている方が多いですね。絶対に辞めなければならないような状況ではなくとも、自分の成長できる環境や活躍できる環境を求めて転職する方が増えている印象です。
私自身も法務だった当時、現に感じたこともありましたが、資格を持っていない方々からすると、インハウスロイヤーが増えてきていることによる焦りもあるように思いますし、ずっと同じ業務を担当していることや昇進できないことへの危機感などもありそうですね。
両方あると思いますね。インハウスの比率が増えてきているなか、自分がどういう能力や経験を身につければ戦っていけるのかという危機感を持っている方は実際にいらっしゃいます。また、特定の企業で働くなかで、5年上の先輩が今の自分の業務と変わらないことを行っている姿をみて、「本当にこのままでいいんだろうか」と情報収集をスタートされる方もいます。
法務として活躍されている方の情報がSNSを通じて得られやすくなった影響も大きいのでしょうか?
もちろん、それもあるとは思いますが、同年代や友人といった身のまわりの人たちの影響も大きいように思います。転職をしてキャリアアップしていたり、業務内容を変えていたり、役割が増していたりする知人の姿を目の当たりにしてしまうと、どうしても「自分は変化のない環境・成長できない環境にいていいのか」と切迫感を持ってしまいます。
そういった観点では、大企業は人数が多いこともあり、法務としてのキャリアパスにスピード感を持たせることが難しいイメージがあるのですが、実際はいかがでしょうか?
スピード感という意味ではそうかもしれません。ベンチャー・スタートアップ企業の場合、法務部員の人数も少ないので、各人が担当する業務範囲が広く、裁量も大きいので、法務としての成長スピードは速くなります。他方で、大企業の場合は、事業の規模感が大きく、充実した教育制度等が備わっていることも多いので若手・中堅までは段階的に一定レベルのスキルや経験を獲得しやすいという面もあります。
まずは自分の目指すキャリアパスの全体観と現在地を知る
転職を考えはじめた求職者が、まずすべきことは何でしょうか?
まずは、法務人材のキャリアパスの全体像を把握した上で、現在の自分がその中のどのレイヤーにいるのかを認識することです。スタッフクラスなのかリーダークラスなのか、専門職(スペシャリスト)なのか責任者なのか、執行役員なのかCLOなのか。それぞれに求められるスキルは異なります。ハード面・ソフト面でどのようなスキルセットを身につけることが今後自分の目指すキャリアパスにつながっていくのか、その全体像をある程度把握することからスタートしたほうがよいと思います。
全体像を把握するために参考になるものは何かありますか?
一例として、経済産業省の「経営法務人材スキルマップ」は、各レイヤーで求められる能力についてわかりやすく整理されていますので参考にしていただくと良いと思います。スキルマップをもとに、自分は今どこにいて次のステップに進むためには何が足りていないのか考えていけると、全体像をイメージしやすくなると思います。
そういった中で、「ハード面のスキル」とは具体的にどのようなものでしょうか?
伝統的には、法的な専門知識、事務処理能力、文章能力、語学スキルでしょうか。最近だと、リーガルテックの活用能力も含まれてきます。また、ビジネスの理解力も重要です。書面選考でアピールしやすいのはこうしたハード面のスキルですね。
では、「ソフト面のスキル」はどういったものでしょうか?
一番はコミュニケーションスキルです。所属部署や他部署のメンバー、時には社外のメンバーとも建設的で良好な関係性を構築できるかという点は非常に大切です。そのほかには、リーダーシップやマネジメント能力、課題解決力、論理的思考力、知的好奇心などがあげられます。すべてを兼ね備えた人はいないと思いますが、全体像としてこうしたスキルが法務に求められているということは押さえておいたほうがよいでしょう。
特にソフト面のスキルについては、選考でアピールするのが難しそうですが、何かコツはありますか?
面接選考では、「課題解決能力があります」「コミュニケーション力が高いです」と抽象的に自分のスキルを伝えようとしても企業側には響きません。具体的なエピソードやファクトベースで自身のスキルをストーリー立てて話すことが大切です。「○○という課題があったので、○○という仮説を立てて、それを検証するために○○という方法で対応しました。その成果は○○でした」と具体的に伝えられれば、面接官としても「たしかに課題解決能力はありそうだ」と判断できますよね。
具体的なストーリーで自身の強みを伝えるのは最初は上手くできないかもしれませんが、面接を通して徐々に伝える内容もブラッシュアップされてくるので、積極的に企業に応募して面接経験を積むということも大切です。
第三者の力を借りて、自覚していない強み・スキルの鮮度を把握する
選考過程で自身をアピールする際、ほかに気をつけておくべきポイントはありますか?
前編でお話しした、企業のアピールポイントと同様で、魅力的なスキルを身につけているのに本人にとってはそれが当たり前のことで、十分にアピールできていないケースは意外と多くあります。
しっかりと自身のスキルを客観的に見られるようにする必要があるということですね!
ちなみにスキルに関しては、旬や賞味期限のようなものがある場合もあるため、注意が必要です。たとえば、このインタビューの2024年初頭時点では、M&Aが持ち直しているタイミングなので、M&Aの経験がある方へのニーズが高まっていますが、経済状況によっては思ったほどアピールポイントにならない時期もあるということです。これも、自分だけでは判断しづらいポイントかもしれません。
自身のスキルの市場価値を客観的に見極めるための解決策としては、やはり第三者へ相談することが有効なのでしょうか?
そうですね。転職活動を本格化する前段階から、壁打ち相手のような感覚でエージェントを利用して、自覚していない強みやスキルの鮮度などを把握してもらうのもよいと思います。
転職を考えていない時期でも、自身のキャリアについて相談できる人と常に連絡を取れるようにしておくことが大切なのかもしれません。
我々のようなエージェントは、かかりつけ医のような存在だと捉えていただけるとよいと思います。完全に骨折してから来られるよりは、骨折しないよう予防的な観点でアドバイスするほうがお互いのためになりますよね。
確かにかかりつけ医だと思うと、ちょっとエージェントの方へ接触するタイミングの認識が変わってきますね!ちなみにどういったエージェントを「かかりつけ医」として選ぶのが良いのでしょうか?
長期的な視点からキャリアパスを一緒に考え、自分事として候補者のキャリアに向き合い続けようとするスタンスを持ったエージェントが、かかりつけ医としては適していると思います。
エージェントによっては、すぐの転職をお考えでない方に対しては面談を行わなかったり、支援期間に制限を設けるようなところもあります。一概にそれが悪いとは言えせんが、自社の短期的な利益や効率性を理由にこのような対応をしているエージェントとは、長期的な信頼関係を築くのは難しいでしょう。
求職者側から見ると、確かに長期的な視点からサポートしてくれるのはありがたいですね!
また、とりあえず希望条件だけをヒアリングして、その条件を満たす企業を数十社提案してくるようなエージェントもありますが、あまりお勧めできません。なぜそのような条件を希望するのかについて転職理由を踏まえて深く理解し、その上で、その方のキャリアを最大化できるような条件を持った企業を紹介しようとした場合、対象となる求人はそこまで多くはならないでしょう。「なぜこの企業を自分に紹介したのですか?」「この企業での経験が、今後の自分のキャリアにとってどのような意味をもってくるのでしょうか?」といった質問に具体的に答えられるエージェントを選んでいただくと良いと思います。
長期的視点を持って頂けていたら、ご提案一つ一つにも意図が現れるということですね!ちなみにエージェントは複数社掛け持ちするのはアリですか?
医者によって専門領域や得意領域が異なるように、エージェントによって強みのある業種や年齢層などはさまざまですので、1社だけでなく数社を利用した方がいいと思います。
若手人材のベンチャー企業への支援を得意とするエージェントもあれば、外資系企業の取り扱いが豊富なエージェント、法務責任者や役員クラスのポジションに強みを有するエージェントなど、エージェントによりかなり特色があります。相性もあるので、いくつかのエージェントと付き合ってみて、その時々の自身のスキル・経験や希望するキャリアを踏まえ、利用するエージェントを判断していただければと思います。
若手のうちにスキルアップしたいなら、目の前の仕事に全力で向き合う
今後のキャリアについて考え、悩んでいる若手法務の方々にメッセージをお願いします。
若手のときに大切なことは何よりも、目の前の業務や課題、自分に期待されていることに対して全力で向き合うことです。これによって、自分の役割や課題が見えてくるようになり、業務やスキルの拡大につなげやすくなります。目の前のことを蔑ろにしてキャリアアップやスキルアップのことだけを考えるのは、あまりおすすめしません。
守破離の「守」をまず徹底しなければならないということですね!
はい。ただし、それだけでは自社内にしか目が向かなくなってしまうので、エージェントや他社で働かれている法務パーソン、他職種の方などの第三者に話を聞き、法務人材としてどういう能力を高めていけばよいか、その全体観を理解していく取り組みを早いタイミングではじめられるとよいと思います。
その中で、自分に合う、合わないといったこともわかってきそうですね。
そうですね。「この会社なんか好きだな」とか「このメンバーと一緒に働くことを考えるとなんかワクワクするな」という直感は誰にでもあると思いますが、それらは結構正しいことが多いです。ロジカルな理由だけではなく、好きという感情や直感的なひらめきが最終的な決断理由となって転職されるケースも実際に結構ありますし、入社後の満足度も高いケースが多いように感じています。
最後は自分にあったキャリアが選べると最高ということになりますね!
法務としてのキャリアに唯一の正解はありません。「CLOとして経営層の一角を担いたい」でも、「特定の領域の専門家になりたい」でも、「家庭を大事にしたいから柔軟な働き方ができる企業に行きたい」でも、どのようなキャリアを選択するかは最終的には自分自身で決めるべきだと思います。今回の記事を一つのヒントにして、ぜひ貴方らしい素敵なキャリアを築いていただきたいと思います!
ありがとうございました!
山﨑 雅彦 (やまざき まさひこ)
キャリアインキュベーション株式会社 ディレクター
法科大学院を修了後、リーガルマーケットの拡大発展に寄与したいとの想いから、管理部門および士業に特化した人材紹介会社である(株)MS-Japanに入社。法務知財領域のプロジェクトリーダー兼コンサルタントとして、弁護士・弁理士、法務職・知財職、法科大学院修了生を対象に豊富な支援実績を有す。その後、現職であるキャリアインキュベーション株式会社に参画、法務知財領域専任のコンサルタントとしてエグゼクティブ層から若手層まで幅広い層を対象に中長期的なキャリア支援を行う。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2024年2月時点のものです。)