日本版リーガルオペレーションズのフレームワークとなる「CORE8」。応援購入サービス「Makuake」を運営する株式会社マクアケの企業法務チームは、2023年4月からその活用を進めてきました。CORE8は大企業向けのイメージがありますが、ベンチャー企業であるマクアケではどのようにCORE8を活用しているのでしょうか。同社コーポレート本部の企業法務部長、千葉大吾氏に聞きました。
〈聞き手=山下 俊〉
個人に依存しない形の組織設計を目指して
本日は宜しくお願いします!
マクアケの法務組織について教えてください。
全従業員数200名弱に対し、企業法務チームは現在、私を含め4名体制で運営しています。機関法務を担う会議体法務が1名、契約審査を行うビジネス法務が2名という内訳で、私が全体を統括しています。
千葉さんは一人目の法務でしたね。
はい、私は1人目の法務としてマクアケに入社しました。2021年2月に2人目の法務が入ってからこの2-3年で毎年のようにメンバーが増えています。また、企業法務とは別に、Makuakeに掲載されるプロジェクトのチェックを行うプロジェクト法務局というチームもあります。
「CORE8」との出会いは何がきっかけだったんでしょうか?
私たちがCORE8を活用し始めたのは、2023年4月です。検討しはじめたのは4番目の法務メンバーが入るタイミングで、当時「このままでよいのか」という課題感を持っていました。
具体的にはどのような課題があったのでしょうか?
ベンチャーでは、入社すると即戦力としての働きを期待されていることが多いと思います。ただ、それだと自分のこれまでのインプットをひたすらアウトプットしていくことのほうが多く、この会社での成長実感が得られにくい。得られたものは忙しさだけ、といった状態になりがちです。これはメンバーにとっても組織にとってもよくないですよね。
確かに、ベンチャーやスタートアップでは、他社で過去培ったものをこの会社でまずは発揮してほしい、というオーダーになりがちですからね。よくわかります。
また、従業員数に比して法務のメンバーが比較的潤沢ではあるかなと思う反面、チーム力の可視化をしていかなければ、会社の立場からすると事業への貢献がわかりづらいだろうという危機感がありました。「私たち、これだけやってます」といったところで、客観的な基準を定めた上で話をしないと、他者から見ると自己満足にすぎず、何の説得力もありません。
法務の価値を示すためにも必要ということですね。
そして何より、企業法務、ひいては会社の継続的な成長を考えたときに、個人に依存しない形の組織設計が必要だと考えました。
自社の状況にあわせてCORE8の項目を取捨選択
そうしたなか、どうやってCORE8のことを知ったのですか?
優秀な方が多い企業法務界隈では、「私が考えることは、すでに誰かが考えているはずだ」という発想で、「法務 オペレーション」とか「法務 フレーム」などといったワードで検索したような気がします。そこからリーガルオペレーションズという考え方があることを知り、これは使えそうだと感じました。
どのようにしてCORE8の活用を進めていったのでしょうか?
まずはじめに、半期に一度開催しているチームのロングミーティングで、CORE8の項目を網羅的に見ながら、当社の状況や企業法務の立ち位置を踏まえ、注力したい項目を決めました。CORE8の文言は比較的抽象的ということもあり、各COREについてチームメンバー内での認識合わせをしつつの作業となりました。ここで決めた目標は、次の半期の法務としての戦略となります。CORE8があることによって、各メンバーと同じ目線で会話ができるようになったのはよかったですね。
CORE8の作成に携わった多くの方は5000名以上の大企業の法務の方々なので、ベンチャーやスタートアップにとっては、自社の事情と違うといった感覚はなかったでしょうか?
自社の状況に合わせて、必ずしも全てをやる必要はない、と整理していました。やらなくてよいことはやらなくてよい、当社に合わないものは捨ててしまおうという発想です。ただ、ベンチャー企業は法務組織規模の拡大を目指すべきだとも思うので、そのための土台づくりは早いほうがよいという考え方もあります。なので、会社の状況に応じて都度見直していく、場合によっては各COREのレベル1に戻るという判断も必要なのだと思います。
状況に応じてブラッシュアップしていくことが重要
具体的にどのような項目を落とされたのでしょうか?
まず、グローバルやグループ会社に関連する項目は、現状の当社においては不要なので考慮から外しています。「予算」についても、現在はそもそも法務組織として年間予算を確保する段階ではないため、当社にフィットしていないものとして横に置きました。「マネジメント」のレベル1であるレポートラインや報告基準の策定も難しく、優先度が低いです。
「マネジメント」については特に難しいですよね。
かといって、法務部門全体の方針は決めており周知徹底にも取り組んでいるので、レベル2は逆にできているんですよね。レベル3の取り組みも行っているので、むしろレベル1を達成するのが難しい状況です。
レベル1-3まで見たうえで整理して、自社には該当しないものは削ってしまう。その上で自社の状況の変化を踏まえて定期的に各レベルの他性状況を見直していく。ベンチャーやスタートアップにとっては、この形が向いているのかもしれませんね。
すべてを満点にしようとすると、手段が目的化してしまうおそれもあると思っています。また、レベル1をすべて満たさなければレベル2にいけないというわけではありません。レベル1-3は、論理的な関連性がある部分とない部分があると思っていて、先ほどのように、レベル1はできていないけれど、レベル2ならできるということは十分にありえます。自社の状況を見ながらうまく活用していけるとよいですよね。
基準や方針の大上段となる「心得」を設定
チームで取り組むべきと判断したCORE8の項目は、メンバー個人の目標にまで落とし込んでいるのですか?
はい。当社はOKR(Objectives and Key Results)を使って目標管理をしており、そのKey Results(主要な結果)の1つとしてリーガルオペレーションズを取り入れています。たとえば、今回はナレッジマネジメントの推進や業務フローの整備というKey Resultsを設定しています。そこに対してビジネス法務と会議体法務それぞれでできることを洗い出して、各メンバーの目標に落とし込んでいます。
CORE8を活用されて約1年たちましたが、どのような効果を感じられていますか?
例えば「業務フロー」の項目に沿って、業務フローを整備していきましたが、項目的にも比較的取っ付きやすさもあり、今期は審査基準や依頼方針の作成など一通り行い、全体的に整理できました。2024年度には、改善の継続的な実施などに取り組めたらと考えています。
CORE8のフレームワークを使って自然に法務組織としてレベルが上がっていますね!
はい、ちなみに「業務フロー」のなかに契約審査基準や法律相談の回答方針を作成すべしという項目がありますが、これを考えるうえで、大上段となる「心得」を策定したことは個人的によかったと思っています。
「心得」とはどういうものなのでしょうか?
法務相談や契約審査などで業務のジャンル分けをして、それぞれ「目指すべき状態」や「顧客」を決めました。これは会社によって全くスタンスが異なり、自社で作る意義があると思っています。たとえば契約書一つとっても、会社のリスクヘッジのために締結するものという考え方もあれば、取引先とよい関係性を築くためのものという考え方もありえます。これによって、契約審査の方針は変わってきますよね。大上段の心得があることで、案件ごとに個別に考えていくよりもスムーズに判断していくことができます。
「戦略」でまずは法務部門の立ち位置を決めてから
CORE8をこれから活用していこうとされている法務のみなさんに向けて、活用法のアドバイスがあればお願いします。
やはりCORE8はどうしても最大公約数的な性質のため、ベンチャー企業からすると自社に当てはまらない表現になっている場合もあると思います。このため、繰り返しにはなりますが、自社に適さないところはやらないことを決めていってもよいということだと思います。
どうしても全項目レベル1から全て達成したくなってしまいますからね。ちなみに取捨選択する前提で、どのCOREから始めるべきだとお考えですか?
日本版リーガルオペレーションズ研究会も言及していましたが、まずはじめに「戦略」におけるミッション・方針などを策定し、法務部門の立ち位置を決めることも重要です。これによって、何のレベルを高めていくべきか、その優先順位も変わってくるように考えています。
貴重なお話をありがとうございました! 後半では、マクアケの企業法務チームが実践されている「休暇も安心な組織運用」について伺っていきます。
千葉 大吾 (ちば だいご)
株式会社マクアケ コーポレート本部 企業法務部長
静岡大学人文学部法学科卒。2006年より人材・教育・介護等の事業展開をする会社(現スタンダード市場)に入社。契約法務、臨床法務、知財対応に加え、M&A、グローバル案件(東南アジア、フランス等)に関する法務業務を遂行。2017年12月より株式会社マクアケに入社し、法務の立ち上げを実施。2019年のIPO、2021年ABBによる資金調達対応。その他、各種投資、新規ビジネス対応、知財対応、株主総会、取締役会等法務業務全般の業務に従事。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2024年1月時点のものです。)