- 生成AIだけではリーガル・リサーチが完了しない理由
- リサーチの基礎
- リーガル・リサーチのポイント
- 法令調査のステップとTips
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(Hubble社のWebサイトに遷移します)
はじめに
みなさん、こんにちは!
皆さんは、生成AIで様々な情報を探索することが増えているのではないかと思います。ではいわゆる「リーガル・リサーチ」も生成AIで網羅的に実施できるのでしょうか?
本記事では、実際に企業でリーガル・リサーチの実務に携わっているLOL編集部のメンバーが生成AIによるリーガル・リサーチの可能性も踏まえつつ、生成AI時代にも求められる、リサーチの基礎とリーガル・リサーチ特に法令(※)調査を中心に、そのポイントを解説していきます。
(※1)ここでは「法令」を憲法、条約、法律、政令、府省令、告示、規則、庁令、訓令、通達などの種類があり、一般的には、法律および行政機関の命令の総称とします。
(本記事の内容は、執筆時点である2024年7月時点の情報に基づき作成しています。)
生成AI時代における「リサーチ能力」
生成AIだけでリーガル・リサーチは完了するか?
ChatGPTをはじめとする生成AIを活用する人が増え、「リサーチ能力=プロンプト入力の技術」と考えられている向きがあります。確かに、リサーチの基礎が身についた方がChatGPTを活用した場合には強力な武器とすることができます。
しかし、例えばChatGPTでは情報が広く流通していない最新の法改正や判例自体をリサーチすることは難しく、また、検索機能と組み合わせて活用できるPerplexityなどのアプリケーションを使ったとしても、現状の日本においては公開情報となりにくい法律文献を参照したアウトプットを出すことはできません。したがって、現段階におけるリーガル・リサーチは、生成AIだけではリサーチを完了させることができない領域と言えます。
生成AIが見せる「確からしさ」に注意
こと生成AIとの関係では、リーガル・リサーチに限らず、基礎的なリサーチ能力がなければ、ハルシネーションを吟味できずに誤情報を妄信し、あるいは剽窃をしてしまうリスクもある点には注意が必要です。
民主主義社会においては、感情ではなく理性を動かす理論的な論証(確からしさの基礎付け)が社会を形成する重要な構成要素です。ChatGPTなどの生成AIにより「確からしく見える」情報にアクセスしやすくなった現代こそ、その情報の確からしさを吟味・検証するリサーチ能力を高める必要性が高まっていると言えるでしょう。
リサーチのポイント
リサーチとは?
業務上「この問題を調べておいて」と指示された場合、単に調べて終わりではなく、調査結果を報告することまでを期待されていることがほとんどです。 つまり、業務上で必要となるリサーチとは、ただ調べることを意味するのではなく、特定の目的や問題解決のために必要な情報を理論的に体系立てて分類・配置することまでを意味します。
リサーチのポイント
情報を理論的に体系立てるためには、特定の目的や問題解決のために必要な範囲の情報を網羅的に収集することが前提となります。そしてそれらの情報や分析結果を理論的に配列できなければ、特定の目的や問題解決に役立ちません。 したがって、リサーチの精度は次の2つのポイントにより左右されます。
- 情報収集の網羅性
- 情報の分析及び理論的構造
情報の網羅性の観点では、情報を体系立て、理論構造を持たせるために各構成要素となる情報の真偽、確からしさや情報間の異同を分析・分類する際に意味を持つ情報がそろっていることが重要です。
加えて、一口に情報と言っても、目的達成や問題解決に役立つ価値の高い情報と、全く役に立たない価値の低い情報があります。リサーチ結果に対する検証のためのリサーチが必要にならないよう、価値の高い情報を網羅的に収集しなければなりません。
情報の真偽
情報の価値の高さを左右する重要な基準の一つに、個々の情報の信憑性を挙げることができます。つまりその情報が「ガセ」ではないか、という視点です。こういった情報の真偽を証明する方法には、実証研究や数学的証明等様々な方法がありますが、法務業務上求められるのは、特定の目的や問題解決のために役に立ち、かつ「これ以上確からしさを確認できない状態」に達した情報を集めることです。
こういった点は、実は裁判でも同じ考えがとられています。例えば、刑事裁判における「伝聞法則」は、平たく言えば、「原則的に一次情報を調査せよ」というルールです。
更に、裁判上事実や法令の調査が行われる場合に、「顕著な事実(民事訴訟法第179条参照、公知の事実)」という考えがあり、「これ以上確からしさを確認できない状態」の情報についてはそれ以上の調査が行われません。加えて、民事裁判では、仮に真実ではなかったとしても、両当事者が同意した内容については、その同意内容を前提に判断が積み重ねられていきます。 つまり、「これ以上確からしさを確認できない状態に達した」との共通見解を持つことができる情報を理論的に積み重ねていくことがリサーチの根幹にあるのです。
なお、要件事実論と重ね合わせて理論の積み重ね方を図解すれば、以下の情報の論理構造を取ります。
リーガル・リサーチとは
以下では、特にリーガル・リサーチに特徴的な点を中心に深掘りしていきます。
そもそもリーガル・リサーチは、法令調査、判例調査、文献調査、事実の調査やリサーチ結果のまとめ方等、多岐に亘りますが、本記事では、企業法務において、例えば新規事業を行う前に必要となる法的調査や法改正等により新たに発生した法的問題の解決の場面を想定し、特に日本の法令調査に焦点を当てて、リサーチのポイントをご紹介します。
- リーガル・リサーチ全般を扱う代表的書籍
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- 指宿信・齊藤正彰監修、いしかわまりこ・藤井康子・村井のり子著『リーガル・リサーチ』(日本評論社、第5版、2016年)
- 田髙寛貴・原田昌和・秋山靖浩著『リーガル・リサーチ&リポート』(有斐閣、第2版、2019年)
- 特定の領域におけるリサーチ方法で参考になる資料
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- 廃止法令や法制定過程を含む法令調査
- 「日本-法令の調べ方」(国立国会図書館サーチ「リサーチ・ナビ」内)
- 海外の法令調査:
- 「諸外国・地域・機関の制度概要および法令条約等」(特許庁Webサイト内)
- 日本貿易振興機構(JETRO)Webサイト
- 「外国法邦訳の調べ方」(国立国会図書館サーチ「リサーチ・ナビ」内)
- 廃止法令や法制定過程を含む法令調査
- 代表的な判例検索データベース
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- LEX/DB
- Westlaw Japan(ウエストロー・ジャパン)
- 判例秘書INTERNET
- リーガル・リサーチ結果の文書化の方法
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- 田中豊『法律文書作成の基本』(日本評論社、第2版、2019年)
リサーチの中でもとりわけ、リーガル・リサーチは次の2点が特徴的です。
- 網羅すべき情報の対象に法令、ガイドライン、判例、法的文書等が含まれる
- 主たる理論構造として、法的三段論法が用いられる
リーガル・リサーチは法律、法的三段論法や上述した事実認定における証拠構造等の論理的枠組みが存在するため、一般的なリサーチよりもリサーチの精度の評価が容易だと言えるかもしれません。
法的三段論法とは、要件と効果からなる法規範を大前提とし、法規範の定める要件に事実をあてはめることによって、結論を導く論理構造を法的三段論法と言い、法律実務家が法的判断を行う際に用いる理論です。
- 法規範:A(要件)を満たす場合は、B(効果)が発生する
- あてはめ:A(要件)を満たす
- 結論:ゆえに、B(効果)が発生する
例えば新規事業に関わる事業活動がある法令に違反するかどうか調査するケースでは、違反が疑われる法令の条文に記載されている要件を確認し、問題となっている事業活動があてはまるかどうか、当てはまる場合にはどのような効果が発生するとされているのかを検討しますが、まさにこの検討過程が法的三段論法の活用の場面です。この法的三段論法は、以下のようにリサーチ結果の精度を評価することができます。
- そもそも適用すべき法規範が適切か
- 適用すべき法規範が適切であるとして、要件の抽出が適切か
- 当てはめる事実が存在するか
- 当てはめる事実は要件に合致するか
- 事実が要件に合致するとして、効果の発生を障害・阻止あるいは効果を消滅させる要件・事実は存在しないか
⑤も含め要件事実(※2)を理解すると、法令を構造的に理解することができるようになります。要件事実の基本構造を押さえておくことは、法令調査や法適用の問題を考える上で非常に強力な武器になるので簡単に勉強しておくことをお勧めします。
(※2)法律実務で用いられている要件事実は司法研修所民事裁判教官室『改訂・新問題研究 要件事実』(司法研修所、2022年)により学ぶことができる。本書は、裁判所HP「民事裁判官教室コーナー」に掲載されている。
リーガル・リサーチのポイント
適用法令の特定
リーガル・リサーチと単なるリサーチの最大の違いは、特定の目的や問題解決において、関連法令や適用法令の特定・分析が必要になるところです。関連法令や適用法令自体を知らなければリサーチ自体を前に進めることができないため、混沌とした事実の中から関連し、また適用される法令を適切に判断することは、リサーチの中でも最も難易度が高く、まさに法務がリサーチを担当する醍醐味です。関連法令や適用法令の特定が網羅的に行われていなければ、特定の目的や問題解決を行うことができないため、法令調査はリーガル・リサーチの第一ステップと言えます。
関連法令や適用法令を洗い出したら、それらの分析、つまり法的論点の洗い出しが必要になります。ここに抜け漏れがあると、いくら調査を進めても問題の解決やリサーチ目的を達成できないおそれがあるため、同じく網羅性が重要です。リサーチ結果をまとめる際は、その結果をさらに検証する必要がないように前述したように、「これ以上確からしさを確認できない状態」である根拠の出典(情報の出どころ)の提示が非常に重要(※3)になります。
(※3)著作権法32条1項によれば、公表された著作物は、公正な慣行に則り、引用目的の正当な範囲内で引用をする場合に利用できるとされており、リサーチの結果をまとめる際には適切な引用を行うことも重要です。法学領域における引用方法は、「法律文献等の出典の表示方法」(法律編集者懇話会、2014年)を参照すると良いでしょう。
ただし、論点の洗い出しの段階ではブレインストーミングと同様に、その情報の出典や記述内容が正しいかどうかを問わず、広く情報に触れ、どのような論点がありそうかあたりをつけると良いでしょう。ChatGPTをダブルチェックや対話による論点の発散に活用すると有効な手段となります。
一次情報の典型である法令調査の流れ
網羅的に論点を洗い出した後は、情報を分類し、情報源を辿ります。法令調査の場合、国民の総意の代表により制定されたルールであり、国民の共通認識が記載されている文書である法令それ自体が「これ以上確からしさを確認できない」情報源となります。
したがって、改正や新たな制度の提言ための法令調査でない限り、既存の一次情報としての法令や一次情報を補強する法令を所管する官庁からの発信を最初に確認します。法令調査の方法は以下の流れで行います。
所管官庁による、調査対象領域や調査対象法令の発信情報を確認します。
もし、どの条文が適用されるかわからない場合は、通達、ガイドラインやQ&A等の所管官庁の公表文書を確認します。
STEP4を経ても解釈があいまいである場合には、当該法令やガイドラインを制定した法制審議会の議論や各会議体の議事録、又は当該法令やガイドラインの解釈論を展開している文献(判例や書籍として出版されている研究者体系書、あるいは実務家の解説書等)を複数確認します。また調査対象が業法等である場合には、業界団体による自主規制やガイドライン、Q&Aやパンフレット等も調査すると良いでしょう(※4)。
「〇〇法+業界団体」等のキーワードで検索をすると、ヒットすることが多いです(例:倉庫業+業界団体→「一般社団法人 日本倉庫協会」)。
また、不動産業+業界団体→「公益社団法人 全日本不動産協会」、「全国宅地建物取引業協会連合会」、「一般社団法人 不動産協会」、「一般社団法人全国住宅産業協会」等各種の団体がある場合には、所管する国土交通省HPに「土地・不動産・建設業関連リンク」があるように、関係省庁のHPに情報提供があるケースもあります。
上記を行った上でもこれから行おうとしている具体的な事業活動に対して関連法令の適用があるかどうか悩むケースでは、各所管行政機関に法令適用事前確認制度(ノーアクションレター)を活用して直接確認・問い合わせすることも検討すると良いでしょう。
実務上、STEP3から法令調査をスタートさせるケースも多いかもしれませんが、STEP1やSTEP2から段階を踏んで法令調査をすると調査の効率が上がります。調査対象となっている法令や制度について最も豊富に、かつ「確からしい」情報提供を行っているのが所管官庁であり、その情報を手軽に入手できるのが当該官庁のウェブサイトだからです。
例えば、法改正に関して、新旧対照表や所管官庁が改正のポイントをわかりやすくまとめたパンフレットや解説動画を公開していることもあり、これらの情報とともに調査対象の法令を読むと、制度や関連法令を含めた全体の中での当該法令の位置づけや役割を把握しやすくなります。
法令調査の際のTips
ドメイン制御検索
Google等の検索エンジンを用いてリサーチを進める場合に、雑多な情報を排除し、行政機関による発信情報のみを表示させたい場合は、ドメイン制御検索を行います。 Googleの場合は以下の手順でドメイン制御検索が可能です。
- ①検索窓の下の「ツール」→「詳細検索」
- ②サイトまたはドメイン」に所管官庁のドメインを入力
例えば、経済産業省のウェブサイトのURL「https://www.meti.go.jp/」を入力して「詳細検索」ボタンを押してみると、先ほどはe-GOVポータルのWebサイトが先頭に掲載されていましたが、経済産業省の情報のみが検索結果に並びます。
上記の通り詳細検索はドメイン制御以外にも、様々な絞り込み検索が可能です。これまで検索エンジンの検索窓でしか検索をしたことがなかった方はぜひ一度、詳細検索を活用してみてください。
紙面六法
業務上の法令調査の際は「e-Govポータル」等のデータベースでの調査が一般的に利用される手段になると思いますが、法令調査に慣れていない人は出版社が発行している法令集を利用するとリサーチが格段にしやすくなるケースがあります。
あくまで筆者の見解ですが、出版社が発行している法令集の最も便利なところは、法令の後に続く関連法令の参照箇所です。
法律は国民の総意の代表である国会議員が国会で議論をして制定するものですが、具体的に細かな点まで全て国会で議論をすることは現実的ではないことから、法律が大枠を決め、その法律の範囲内で具体的な手続等の制定を内閣、各省大臣や所管官庁に設置される委員会等に委任している場合があります。この場合、一つの法令の内容を理解するためには、政省令や規則等の委任規定を参照しなければなりません(下記の記事でも引用している通り、法人税法における帳簿の定義が財務省令に記載されているような場合など)。
法令調査に慣れればe-Govだけで調査を進めることができるのですが、法令調査の初心者は、一つの条文に出てくる関連する法律の条文や政令及び省令の特定が難しく、調査を進めることができなくなってしまう状況に陥ることがあります。 こうした場合には出版社の法令集に掲載されている委任規定(政令・省令・規則等)を確認すると、解決の糸口をつかめることがあるかもしれません。
まとめ
- 生成AIだけではリーガル・リサーチが完了しない理由
- 日本では法律文献が必ずしも公開情報となりにくいため
- リサーチの基礎
- 情報収集の網羅性と分析、そしてそれらの理論的構造
- リーガル・リサーチのポイント
- 調査対象に法令、ガイドライン、判例、法的文書が含まれる
- 法的三段論法が用いられる
- 法令調査のステップとTips
- まずは法令の所管官庁を特定し、その上で個別の法令を確認する
- ドメイン制御検索の活用
- 初心者は紙の六法も有用