法務人材の不足が深刻化しているなか、求人市場では即戦力となる人材のニーズが高まり、優秀な法務人材の奪い合いが起きています。採用を成功させるために、企業が知っておくべきポイントとは。法務領域専任のコンサルタントとして弁護士や法務職などを対象に就職・転職支援を行っているキャリアインキュベーション株式会社のディレクター山﨑雅彦氏に聞きました。
〈聞き手=山下 俊〉
採用に成功する企業は、魅力的な労働環境や明確なキャリアパスがある
本日は、宜しくお願いします!
さて、早速ですが企業から見たときに「なかなかよい法務人材が採用できない」といわれていますが、それは本当なのでしょうか?
企業規模を問わず、採用に苦労しているという声を多くいただいています。市場全体として、需要を満たせる法務人材の供給が追いついていない状況は明確であり、その結果として、優秀な人材は奪い合いになっています。そういった状況のため、優秀な方々は複数の内定を得て、そのうち一社にいくので、他の企業からすれば「採れない」となりますね。
今まで法務の人たちは大企業志向が強かったように思いますが、最近ではベンチャーやスタートアップへ行くケースも増えてきている印象があります。
確かに、これまでは大手や中堅の安定性の高い企業が人気でしたが、スタートアップ業界に魅力を感じられている方々も徐々に増えてきています。実際に、成長性が見込まれる、魅力ある企業なら応募したいといわれることもあります。
裏を返せば、有名企業でも採用が難しくなってきているということでしょうか?
そうですね。中途採用市場においては、転職者は以前よりも1ランク上の企業を目指せるようになってきており、転職希望者、つまり「売り手」が優位な状況にあります。一方で企業側は苦労しているものの、労働環境がよかったり、法務人材のキャリアパスが明確な企業では、優秀層の採用に成功するケースが多いです。
大幅な給与アップを目指している人は少数。やりがいやスキルアップできる環境が重要
優秀な人材を採用したい企業は、労働環境や社員のキャリアパスを整える必要があるということですね。
そう思います。採用に成功している企業は、そもそも企業としての魅力を備えていて、なおかつそれを外部にうまくアピールできています。たとえば、フレックス制度やフルリモート制度など、ライフステージが変化しても長期的かつ柔軟に働ける環境があることを押し出している企業は、勤務地が地方であっても応募が集まる傾向にあります。
(Hubble社のWebサイトに遷移します)
労働環境のほかに、法務の転職希望者が重要視している要素はありますか?
成長が見込める事業分野かどうか、純粋に自分が好きなサービスや商品を提供しているかどうかといった点も大きいですね。自分自身の市場価値をいかに高めていくかという点に自覚的な方が増えており、自身の強みとなるものを身につけられる、あるいは自身の強みを活かせる環境(業務内容、役割・ポジション等)があるかという観点からご相談を受けることも多いです。
給与面などはいかがでしょうか?
大幅な給与アップを目指している方は、実は少数です。「現状以上」「1割程度アップできれば」など控えめな方がほとんどですね
給与よりは、新たなスキルを身につけられたり、やりがいを感じられたりする環境のほうが重要ということなんでしょうか?
その傾向はあると思います。ただし、給与水準や企業としての安定感が高い企業、たとえば総合商社などは、従来から採用がうまくいく傾向にあるのも事実です。特に商社の場合は、有資格者のインハウスからインハウスへの転職でも給与レンジを上げやすいですし、大手事務所からの転職先としてもあまり生活水準を変えずに済む給与を得られるので、結果的に応募が集まりやすいです。大手ゼネコンや外資系企業、大手ITなども同様ですね。
そういった意味では、メガベンチャーなども人気がありそうですね!
成長性や法務のプレゼンスが高いベンチャー・スタートアップからは、大手と遜色ない給与テーブルが提示されることもあります。加えて、労働環境などは大手以上の柔軟性があったりしますし、そこで経験を積んでおくとスタートアップ界隈ならどこでも転職できるようなスキルが身につくということもあり、やはり応募はいただきやすいですね。
自社の課題やアピールポイント、採用ターゲットを改めて見直してみる
ここまでのお話を伺ってくると、採用に苦戦している企業は、ターゲットを見直す必要があるのかもしれません。
自社の課題を解決できる人材を採用しようと思うのであれば、その課題の見極めと相応の工夫が必要です。たとえば、専任者がいないスタートアップで一人目の専任法務を採用する場合、ある程度自立して法務業務を回せる必要があるので、法科大学院や法学部卒の未経験者を採用してしまうと、経験に比して求めるものが高くなりすぎるため、対応が非常に厳しいですよね。ターゲットを変えるとしても、自社の課題にフィットしているかは冷静に見極める必要があります。
自社のニーズに合致する人材を採用するためには、まずは自社の課題を整理する必要がありますね!
はい。例えば、一般的な和文契約をある程度回せるような方であればOKなのに、英文契約の経験やTOEICのハイスコアを求めていたりなど、本当にこの要件が採用にあたって必要ですか?と思えるケースは多いです。可能ならより優秀な人材を、という気持ちはよくわかるのですが、私たちも企業のご担当者とアポイントするときには、課題を丁寧にヒアリングしたうえで、欲しい人材の要件について改めて整理させていただいています。
自社の課題が整理された上で、これを求人票に落とし込む必要がありますが、求人票の書き方のノウハウなどはありますか?
まずはアピールポイントを明確にしたほうがよいですね。企業側が自社の強みやアピールポイントをわかっていないケースも意外に多いです。
たとえば、自社では「働きやすい環境なんて今どき当たり前」と思っていても、候補者側からするとその実態は見えにくいものです。実際にどれくらいの社員がフレックス制度やフルリモート制度を活用しているかといった具体的な実績を客観的に示してみると、求職者から良い反応をもらえることもあるかもしれません。
人事やエージェントとより密なコミュニケーションを
ここまで伺ってきた自社にとって必要な人材を獲得するという視点とは逆に、自社の人材が流出しないようにするという観点で、企業ができることはありますか?
人材の流動性が格段に高まっている昨今、優秀な人材は引く手数多で、転職を容易に行える状況であるということを、まずは改めて認識しておく必要がありますね。
確かに、いくら引き留めたとしても転職自体は自由ですし、普通のことですからね。
こうしたなかでは、優秀な人材が残りたいと思えるような環境を整えるとともに、優秀な人材がたとえ流出したとしても耐えうる組織にしていく取り組みも重要です。特定の個人に依存しすぎない体制、人材育成やオンボーディングの仕組み、柔軟な労働環境などを整えていくことは、これから入ってくる方々に対するアピールになりますし、今現に働いているメンバーにとってもプラスに作用します。そうした取り組みが、ひいては自社の組織強化・社員定着につながると思います。
こうした取り組みは、採用を考えていない時期であっても、日ごろから実施しておくことが大事ですよね。
法務ニーズが生じて採用タイミングが明確になったときにご相談にお越し頂き、「もっと早く着手しておけばよかったのに」と感じるケースは少なからずあります。当社のコンサルタントのなかには、こうしたことが無いように、具体的な求人ニーズがないタイミングでも担当企業との定例ミーティングを実施して、定期的に会社や事業、部署の状況を把握する取り組みを行っている者もいます。
企業としてはエージェントと密にコミュニケーションを取るのが吉、ということになりますね!
こちらから「今後そのような事業展開を考えているのであれば、こうした経験やスキルを持っている方がこの部署に入ればうまく回るのでは」と提案して、実際に募集をかけることもありますね。こうして企業とエージェントが緊密にやり取りを行える関係性ができれば、より適切なタイミングで適切な候補者を紹介できるようになると考えています。
実態として、採用部門に任せすぎているケースも多いように思うのですが、やはり法務としてもある程度積極的な動きが必要なのかもしれません。
我々エージェントとしても、法務の方が積極的に関与していただけるほうがありがたいですね。ある程度の工数も必要になるため大変だとは思いますが、人事部門に任せっきりにするよりは、法務が人事とうまく協力しながら進めていただいたほうが実際に採用につながりやすいですし、入社後のミスマッチも防げる可能性が高まります。
ありがとうございました!
後編では求職者側の観点からお話を伺っていきます。
山﨑 雅彦 (やまざき まさひこ)
キャリアインキュベーション株式会社 ディレクター
法科大学院を修了後、リーガルマーケットの拡大発展に寄与したいとの想いから、管理部門および士業に特化した人材紹介会社である(株)MS-Japanに入社。法務知財領域のプロジェクトリーダー兼コンサルタントとして、弁護士・弁理士、法務職・知財職、法科大学院修了生を対象に豊富な支援実績を有す。その後、現職であるキャリアインキュベーション株式会社に参画、法務知財領域専任のコンサルタントとしてエグゼクティブ層から若手層まで幅広い層を対象に中長期的なキャリア支援を行う。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2024年2月時点のものです。)