- 上場する直前期から申請期に、法務・総務担当が経験する具体的なタスク
- 上場直前期に遭遇する苦境の具体例と気をつけたいこと
- 上場準備における法務の役割
はじめに
みなさん、こんにちは!
今回は、今後上場を考えている企業の法務の皆様に向けて、実際に株式市場に上場するための準備として、どんなことが発生し、また注意しなければならないかをお伝えする企画の後編です。
なお、本記事は、実際に上場を経験した法務・総務担当の方へのインタビューに基づき、LOL編集部で作成したものであり、皆様の会社の組織体制や引受証券会社、法律や制度の変更により、皆様が実際に上場準備される場合とは異なるプラクティスとなる可能性があることをご了承ください。
上場までのスケジュールと本記事の対象
上場までは、上場に遠い時期から順に、①直前々期以前、②直前々期、③直前期、④申請期の4つのフェーズに分かれます。後編となる今回は、後半部分の③直前期、④申請期についてご紹介します。
直前期(上場期ー1期)のタスクとリスク
どんな時期か?
いよいよ、上場に至る最大のハードルと言っても良い、証券会社の引受審査(※1)に向けた本格的な準備が始まる時期になります。ここで上場に必要な体裁、条件を満たしている状態を作らなければならないため、担当者にとっては、この時期が非常に忙しくなります。
(※1)「主幹事証券会社が引受責任を果たすために,会社が提出した資料および情報,その他必要に応じて証券会社が収集した資料および情報を基に,有価証券の引受けの可否の判断する審査」(EY新日本有限責任監査法人著『IPOをやさしく解説!上場準備ガイドブック(第4版)』(同文館出版、2020年)より)
どんな作業に時間を取られがちか?
上場に向けて構築してきた内部統制や法令遵守の体制を、形式的なものから実質的なものとしていくためのアクションに時間を割いていきます。
代表的なものは、社内研修です。
下請法など自社のビジネスに関連する各種規制法規、ガイドラインに関する研修を実施し、法令遵守の体裁と内容をつめていきます。契約に関しては、自社の契約雛形の使い分け方についてもレクチャーを実施するケースもあるようです。例えば、業務委託の機会が多い会社では、事業部門からはイメージが湧きにくい「請負と準委任の違い」の説明に時間を割くことあるでしょう。
勿論、これらの活動も一回限りで終わりではなく、従業員の入れ替わりに応じて、また定期的に、実施していくことが必要になります。特に管理職は統制のキーマンになるため、新任に際して別途レクチャーする機会を設けることが効果的です。
内部統制の文脈では、監査法人のショートレビューの時点から指摘される場合もある「事後稟議」が、最後まで管理部門を悩ますことがあるようです。
具体的には、そもそも「事後稟議」とはどういった状態を指すのか、この事後稟議になってしまいそうな場合にはどのように対応するのかを、社内で周知し、統一的な理解を作り上げる必要があります。
こちらも事業部門に対してフローの変更をお願いする必要があるもので、かつビジネスと密接に関わるものです。スムーズに浸透させられるかは、これまで法務・総務担当が事業部門との間で築いてきた信頼関係にかかってくることになります。
このタイミングで注意しておきたいポイント -法令遵守-
当然ではありますが、この時期においては、いつも以上に法令遵守が重要な要素です。
この時期、特に起こりやすいのが、「未払賃金」の発覚とその処理です。これは必ずしも会社側が悪意を持って賃金を支払っていないということではありません。
例えば、一度業務を終了し、記録上は退勤になっているにもかかわらず、「あーこの取引先にメールし忘れた」や「週明けに使う資料、今日のうちに少し手直ししておこう」といった記録外の業務をしてしまった場合に、会社には未払賃金が発生していることになります。
従業員からすると「ちょっとしたこと」ですが、その都度、管理部門のメンバーは再発防止策を考え、それを従業員に伝える必要があります。こうしたことが繰り返し発生してしまうと、プロジェクトメンバーの気持ちがすり減る原因にもなります。システムによる制御などで早めに仕組みを構築し、周知徹底することをお勧めします。
申請期(上場期)のタスクとリスク
どんな時期か?
いよいよ大詰めです。
主幹事証券会社の株式引受審査、そしてその完了後、証券取引所の上場審査へと流れ込んでいきます。上場まであと少しです。
どんな作業に時間を取られがちか?
- ①主幹事証券会社への質問対応
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引受審査として、主幹事証券会社から求められる質問事項への回答に、多くの時間が割かれます。
一回当たり50-100程度の質問が投げかけられ、それに一つ一つ回答を作成することになります。証券会社側の事前の確認が入ることもあるため、仮に回答に二週間の期限が定められていたとしても、会社としての一次回答は、その半分の約1週間程度で揃えてある必要があります。変わらず準備のスピード感は速くならざるを得ません。
こうなると社内の担当者には、通常業務を遂行する時間は殆どありません。メンバーによっては、1〜2ヶ月にわたって早朝から深夜まで働かなければならない日が断続的に出てくることもあるようです。
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主幹事証券会社からの質問の内容
内容としては、数年前から積み上げてきた内部統制に関する事項と、直近の実績などに照らしたときの事業計画の確らしさに関する事項が大半のようです。
ルールや計画に定められていることと実態が乖離していたり、論理性のない回答になってしまうと、細かく突っ込みを受けることになります(回答内容に対して、かなり厳しめの煽りを受けた企業もあると聞きます)。
内部統制に関しては、ルールと実態との間に乖離がないような運用、そして事業計画についても一定のロジックを持った実現可能性のある計画の作成が重要になります。
- ②会議体運営
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加えて申請期においては、名実ともに上場会社への脱皮を図るべく、会社の重要な部分に最後の変更が加えられます。例えば組織変更や定款(※2)、社内規程の変更などです。
(※2)株式譲渡制限の廃止や株主名簿管理人の設置などが含まれる(EY新日本有限責任監査法人著『IPOをやさしく解説!上場準備ガイドブック(第4版)』(同文館出版、2020年)2-4などを参照)
無論これらは、取締役会や株主総会によって決議される事項ですので、法務・総務担当が会議体の運営を管掌している場合、(仮に通常業務として遂行されていたとしても)これらの会議体の準備・運営が業務を圧迫します。加えてそれぞれの変更には、登記や社内告知など後続する手続きが付随するため、業務量は増える傾向にあります。
注意しておきたいポイント -関係者ごとのスケジュール管理-
申請期においては、外部パートナーとのやりとりも佳境を迎えます。
ざっと見てもこれだけの外部パートナー、関係者が登場します。
- 証券取引所
- 引受証券会社
- 信託銀行
- 印刷会社
- 証券保管振替機構
- 顧問弁護士
- 行政書士
これらのパートナー、関係者ごとに同時並行的に多くの手続きが進行します。通常、それぞれから必要な手続きのスケジュールは提示されますが、これらを統合した全体的なスケジュールは誰もまとめてくれません。提出資料などの漏れなどが出ないように、スケジュール表を用意して全体スケジュールをきちんと管理することが望ましいでしょう。
基本的には、各種の要件が充足されれば、各パートナーが提示するスケジュール通りに動くことによって、きちんと上場することはできます。
ただ、特に上場を初めて経験するメンバーからすると、忙しさも相まって「本当に上場できるのか?」という漠然とした不安が、最後に証券取引所で上場承認が下りるまで続く、という声もありました。
共に働くマネージャーは、こうしたメンバーの心理状態に配慮しつつ、盛り立てていくことも重要な役割となると考えられます。
まとめ
上場準備における法務・総務担当の役割とは、一言でいえば、「健全に事業が成長できる土台を作ること」です。
確かに、上場に向けて、法務や総務担当は非常に多くの時間を、時にはストレスフルな状態で過ごすことになりますが、それも「事業あってのこと」です。それを忘れないようにしたいですね。
とはいえ、上場前でも上場後でも、法務をはじめとするバックオフィスは、会社の運営において非常に重要なピースであることも間違いありません。決して必要以上に謙虚になることなく、会社が上場に際して整えた各種の仕組みやルールで「自分たちが事業部門を勝たせる」という強い気持ちも持ち合わせていたいところです。
- 上場する直前期から申請期に、法務・総務担当が経験する具体的なタスク
- 上場企業へ脱皮するための社内研修
- 引受審査における質問対応
- 会社の重要事項の変更とこれに伴う会議体
- 上場直前期に遭遇する苦境の具体例と気をつけたいこと
- 未払賃金の対処など法令遵守の徹底
- 関係するパートナーのスケジュール管理
- 上場準備における法務の役割
- 健全に事業が成長できる土台を作ること
ウェビナーアーカイブのお知らせ
今回の上場準備のテーマに合わせ、Hubble社CLOの酒井とこれまでのキャリアで上場準備を経験した上村が、上場準備の注意点やリーガルテックが上場準備の場面でどのように役立つかをご紹介します。ご興味のある方は是非ご覧ください!
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