人材領域のビジネスを主軸に発展を遂げてきたVisionalグループ。同グループの法務機能を担うビジョナル株式会社の法務室も、近年のグループの成長に伴い急激に拡大しています。その室長を務める小田将司氏に、急拡大する法務組織の運営方針やグループにおける法務のプレゼンスの高め方などについて聞きました。
〈聞き手=山下 俊〉
(以下、敬称を省略して記載した箇所がございます)
強烈な強みを持っている人の集団にしたい
昨年2月時点で3名で発足したVisionalグループの法務室がこの1年で急拡大しているとお聞きしました。現状の体制について伺えますか?
現在は、室長の私を除けば、事業法務、コーポレート法務、知財の3つのグループに分かれていて、それぞれ6人、3人、1人という構成です。求められている役割に対して全体的にまだ人が足りていない状況なので、採用活動も引き続き行っています。
小田さんは「法務のメンバーは、専門性が高く個性が強いほうが良い」という考えもお持ちであると別の記事で拝見しましたが、各人がこの組織の中で専門領域に特化していくイメージなのでしょうか?
本人が狭義の意味での専門性を伸ばすことに興味がなければ、いわゆるジェネラリストを目指すことも、構わないと思っています。私は、ある意味ジェネラリストも一つの専門性だと考えています。
私が思う専門性が高い人とは、たとえば「〇〇法に強い」という人だけでなく、どの領域でも常に70点くらいを採れる人も含まれます。それぞれが強烈な強みを持っている人たちの集団にしたいという意味合いを込めて、「専門性」という言葉を使っています。
なるほど!
その意味で組織内での担当のローテーションもお考えになっているのでしょうか?
はい、考えています。さまざまな職を経験したほうが単純にキャリアの幅が広がるとうこともありますし、特に特定の領域に関する専門性を磨いていきたいという気持ちが明確にない人の場合は、そのほうが良いと思っています。
強みを持つには、動機付けも重要だと思われますが、法務組織としての目標は設定されていますか?
期初に、3年後の理想の姿とそれを実現するための今年1年間の大きなテーマを3つ程度設定して、さらにそのテーマを各グループで具体的な目標に落とし込んでもらっています。
組織の目標は定量的ではなく定性的なものになるのでしょうか?
組織の目標設定で大切に考えていることは、定量的なところよりも課題そのものですね。メンバーには大事なテーマについて「こういう状態にしてほしい」とだけ伝えていて、この方向性が合致していることが一番大切だと思っています。その目標に向けて、実際に何にどのように取り組むべきか、そしてその達成をどう定義するかを考える段階で定量化が必要になってくるというイメージです。
たとえば、ある年にあがった大きなテーマの一つが「社員のコンプライアンス意識の更なる向上」でした。これをもとに、コーポレート法務のグループ内で研修の実施やハンドブックの作成といった具体的な施策に落とし込んでいく流れになります。
個人の志向や興味にあわせて目標を設定
そこからさらに各メンバーの個人目標を設定されていくと思います。具体的にどのように進められていますか?
個人の目標は、組織の大テーマから派生する主要なテーマ1つ、それ以外のサイドテーマを2つ程度設けます。合計3つ程度の目標をそれぞれが持って業務を行っています。
サイドテーマは個々人で見つけてくるものなのでしょうか?
メンバーとの自然な会話の中からあがってきた疑問点や課題に対して、「それは、とりあえず置いておけばいいんじゃない?」「それは、たしかに大事だね。来期やろうか」といった具合に目線を合わせながら目標に落とし込んでいきます。
この落とし込みの際に、小田さん側から課題を与えられるケースはありますか?
それはないですね。「こうしたい」という成長の意欲がない人に対して、私が勝手に課題を課したとしても、本人の中で動機づけされていなければ、意味をなさないので。どちらかというと「これからどうなりたいか」という問いかけをすることのほうが大事かなと思っています。
なるほど、個人の目標は人事評価にも繋がっていくと思うのですが、個人の目標に関して、いわゆるKPIのような定量的な指標は設定されていますか?
正直にいうと、設定していないです。法務にとってより付加価値の高い仕事は、有事の対応や会社にとって重要なリスクをヘッジすることだと思うのですが、それらは定量化できるものではないですよね。
もちろん、定量化できる部分は定量化しますし、定量化そのものには大きな意味はありますが、日常的な法律相談のような業務について、個々人の目標設定の観点で定量化することに私はあまり意味を感じていません。
法務組織のプレゼンスの高め方
一方で、Visionalグループのなかで法務のプレゼンスを示していくためには、数字に基づかなければ伝えにくい場面もあるように思います。事業部門から「法務ってすごく価値があるよね」と思ってもらうために、どのようなアクションや説明をされていますか?
客観的に法務の価値を示せるような言語化は間違いなく必要です。どちらかというと、定量化よりも目標の立て方のほうがミソかもしれません。つまり、事業にとって「こんなことをやって何の意味があるの?」と思われるようなテーマをはじめに設定してしまったら、いかにうまく定量化したところで意味がないですよね。
事業の目標から考えたときに重要となる法務の目標を正しく設定し、そのときの状態から「こういうことを成し遂げたんです」と説明できれば、定量的でなかったとしても「よくやってくれたね」と評価されます。成果に対して腹落ち感があれば良いわけです。定量化も大切ですが、方向性・目線が経営レベルと合っているかが大事ではないでしょうか。
経営メンバーからは、法務部門に対して数字で表されるような成果が強く要求されているわけではないんですね。
そうですね。もちろん、数字で表わせる方が理解しやすいことは確かです。半期に一度ある社内表彰の際などで、数字で成果を提示できる部門と比べるとやはり不利になりますよね。でも、それは他の部門と同じ土俵で比べるからであって、純粋に法務としての価値を判断される際には、もっとエモーショナルな部分で評価が決まっている感覚があります。
法務組織が急拡大していくなか、メンバーが増えることに対して経営陣の反応はいかがですか。人件費が増えるという点では、懸念を示されてしまうケースもあると思います。
業務の領域が増えているので、増員に対しては誰からも何の文句も言われたことはありません。6:3:1で事業法務、コーポレート法務、知財のグループを構成しているというお話をしましたが、コーポレート法務と知財は、私が法務室の責任者となった時点(2020年2月時点)にはなかった仕事なんです。
私が法務室の責任者となる前は、本来法務が担うべき業務を他の部署が担当していた状況でした。取締役会や株主総会の運営、知財、商標、特許など、とにかくいろんな業務がいろんなところに散らばっていたので、「それは法務に任せたほうが価値の高い仕事ができますよ」と、さまざまな部署から仕事を巻き取ってきたんです。
法務に仕事を集めてきたというわけですね!
なぜそうした取り組みを行われたんですか?
まず大前提として、巻き取ってきた業務については、我々のような専門性のある者がやることが会社にとって最も付加価値の高い仕事ができると考えたからです。「この部署に任せたらうまくいく」。これが全ての基本です。
加えて、一般的に法務部門として備えるべき機能を備えていない組織であったら、キャリア形成・仕事の幅という観点から、法務室に所属する人にとって魅力的な組織にならないと思いました。だから、最低限、他の会社で法務が一般的にやっている仕事は全部社内から巻き取ってこようと考えました。
それに伴い、人員も増やす必要がありました。同じ業務をやっているのにただ増員したいとなると、効率性を指摘されるのは仕方がないかもしれませんが、単純に担当する領域が広がっているので、増員は経営陣からしても合理的な判断にみえると思います。
確かにその通りですね!
ちなみに仕事の幅という意味では、まだ増やす領域はあるのでしょうか。
ずいぶん法務本来の姿に近づいてきましたが、まだもう少しありますね。上場したばかりなので、コーポレートガバナンスの領域は今まで以上に整備を進めているところです。
なるほど!
ということは、それに伴って今後さらに人も増えていくんですね?
必要ですよね。業務と人はセットで考えなければならない。その土台として「法務に業務を任せたほうが良い」と思える状態を社内でつくっていかなければなりません。
経営陣に対しては「基本、法務に任せておけばうまくいくだろう」「法務は大事な仕事を拾ってくれる人たちだ」とイメージしてもらえるように結果を出し続けることが重要なのではないでしょうか。