- 契約案件において図解することの目的
- 図解する際の3つのポイント
- 図解することが特に役立つ場面
はじめに
みなさん、こんにちは!
先日の記事で、契約書レビューの際に必要となる事前準備アイテムをまとめました。この中で、自分の業務の再現性を上げていくためにマイルールの作成の重要性をご紹介しました。
今回は、そのマイルールの一つとなる「案件の図解」の方法についてご紹介していきます!法務の皆様が案件を処理する際に必ず助けとなる内容となっています。
わからないことを明らかにするための図解
契約業務に限らず、法務業務においては「事実」を正しく認識することが非常に重要です。これは、正しい事実の認識を前提として初めて、リスクを分析したり、次にとるべきアクションを判断することができるからです。
もちろん言葉で表すことで、事実のありようをつかむことは可能です。ただ、案件が複雑化した場合には、当事者の関係性の認識違いや考慮漏れが発生する可能性が特に高まります。仮に自分が正しく理解できていたとしても、社内のメンバーとの認識が異なる可能性もあります。
このような理由から、自分がわかっていない事実や他人のわかっていない事実を明らかにするために「図解」をして事実を可視化することが必要となります。
案件の図解の3つのポイント
とはいえ、どのように図をかいていくのが良いのでしょうか?
この図解のポイントは、自分の理解のために図解をする場合であっても、他のメンバーの理解のために図解をする場合であっても、そこまで大きな差異はないと思われます。以下で3つのポイントをご紹介します。
①とりあえずかいてみる、を大事にする
法務のみなさんがとる「案件メモ」と同様に、案件の図解は、依頼部門の相談を受けながら、また契約書を読みながら、その場で実施していくことが多いでしょう。その場合、丁寧に体裁を整える余裕はなく、まずは聞いたまま、見たままを「一筆がき」でかいていくことになります。
このような認識した事実を即座に図に落とし込む作業は、回数をこなすことで洗練されていくスキルの一つです。このため、まずは実際に手を動かしてかいてみることが非常に重要です。
人によっては、実際に図解をしようとすると、重要な発表かのように必要以上に時間や手間をかけて作ろうとしてしまうことがあります。
ただ、あくまでも目的は、「自分がわかっていない事実や他人のわかっていない事実を明らかにすること」です。筆者の経験上、仮に他のメンバーにその図を共有する場合、どんなに走りがきの図でも、大抵の場合は感謝されるものです。図が上手か、下手かという点に囚われることなく、どんどんかいてみて、自分の図解のスキルを向上させることをおすすめします。
②情報を絞ってシンプルにかく
契約や法律関係における重要な要素としては、
- 取引の当事者
- 取引の対象とその移転経路
- 取引行為の時系列
- 特定の条件が満たされた場合の上記要素の変化
などがあり、いずれも検討時には法務はもちろん、事業部門も正しく認識しておく必要があります。
可能であれば、上記の要素を全て、一つの図の中に盛り込みたくなりますが、今回想定している「平面に記載する図」で示せる情報量は限られています。無理に全てを一つの図の中で示そうとせず、それぞれの図で示す内容を絞り、シンプルに記載することをおすすめします。
例えば、下記の図1では、従来A社がB社に委託していた作業Xと作業Yのうち、後者をC社に委託するように変更する場合の取引の全体像を示す図です。ただ、スキームが変更された場合の状態が変更前の状態に混ざって記載されているため、少しわかりにくくなってしまっています。このようなケースでは、変更前後の状態を、それぞれ別の図としてかくのが望ましいと思われます。
後掲する図をご覧頂いてもわかるとおり、整理・検討したい内容に応じて、重要度が高くない事実は、あえて省いて記載することも非常に多いです。例えば、商品の売買契約を図解する際に、(運送にトラブルがない限りは)その商品の運送契約を図に盛り込むことは殆どないと思います。このような判断は慣れてくれば特に意識しないと思われますが、当該取引の「キモ」を正しく認識する経験値と表裏一体なのかもしれません。
③一定のルールに従って図解する
①と一見して矛盾しているようにも見えますが、特に他のメンバーと認識を合わせる場面では、その図が、一定のルールに基づいて作成されていることが、双方の共通理解を促します。
例えば、上の図2は、以下で示すルールに基づいて作成されています。もし、まだご自身の図解のルールがないという方は、ぜひこちらのルールを参考にして図解してみるようにしてください。ルールといっても本当に最低限のものですので、不足を感じれば、自分で図形の種類などを足していくのも良いでしょう。
- 使う図形の例
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図形の種類 示す内容 長方形 法人 (楕)円 取引の対象となる有形・無形の資産 直線 関係会社関係 直線矢印 実際の資産の移動 曲線矢印 行使しうる請求権 丸囲み数字 特定の事実が発生する順番 両側矢印 (双務的)契約関係(「」に換えて用いる) - 記載方法のルールの例
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関係会社や下請取引に該当する場合など、垂直関係にある当事者は垂直方向に並べ、水平方向の取引は横に並べる(図3参照)。
なお、こちらで紹介した図解のルールはあくまでも一例です。他の当事者関係などを示す図解のルールは、『図解主義!』(アンドリュー・J・サター著、中村起子訳、インデックス・コミュニケーションズ、2005年)にまとめられているものが有名です。もう15年以上前の書籍ですが、非常にシンプルにまとめられており、おススメです。
関わる当事者が多ければより役立つ「図解」
図解することの効用は、繰り返しますが「自分がわかっていない事実や他人のわかっていない事実を明らかにすること」です。ビジネススキームの検討や契約書のレビューにおいて、図に表してみることによって初めて気づく、大きなリスクとなりうる事実なるものが存在していることがあります。
図はとにかくかいた方が良い、と前半部分で書きましたが、特に図解することの意義が大きいのは、複雑な案件、具体的には当事者が三者以上出てくるような場合です。
モノの動きと契約関係の整理
例えば、自社と取引先以外に、双方の関係会社や業務委託先も巻き込む形で取引をする場合には、図解のメリットを感じやすいと思われます。
上記(図4)は、A社の関係会社であるa社が、PCを製造してB社へ納入し、その対価をA社に支払う取引を表したものです。
恐らく本件において、A社の事業部門のメンバーの関心は、実際に取引の対象物が動く「a社とB社間のやりとり」(製造されるPCの品質、輸送コストやその安全性など)にあるでしょう。こういった状況で、事業部門の話を聞いていると、本件があたかもa社とB社間の取引のように見えてしまうこともあるかもしれません。事業部門のメンバーは通常、物やお金の動きを取引の全体像として把握していることが多いです。これは事業部門の業務内容からして当然の傾向言えるでしょう。つまり全体の契約関係を整理しなければならない法務とは、少し関心を持っているポイントが違うわけです。
本件のように、実際に物やお金が動く間に契約関係があるとは限りません。法務としては、改めて誰と契約するべきなのか、誰との関係性に注意すべきなのかを冷静に分析し検討する必要があります。その一助になるのが上記の図であり、こういった図を残してことで、事業部門メンバーとの間でも認識を合わせることができます。
なお、本件ではa社とB社の間では単に対象物(今回はPC)が送付されるだけで、同社間で契約は締結されない形になることが多いでしょう(図5参照)。
請求の可能性検討やビジネスモデルの検討にも有用
- 連鎖的な賠償請求が発生しそうなケース
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図解をすることは、有事の場合に、誰がどの当事者に、どのような請求をなし得るか、という点を整理するのにも役立ちます。
特に一つのビジネスに非常に多くの当事者がいる場合、一度どこか一社がトラブルを起こすと、連鎖的に債務不履行状態に陥り、結果として連鎖的に損害賠償請求が行われることもありえます。こうしたケースでは、自社ができる(またはされ得る)請求を分析する際に、図解が有用です。特に図の周辺に、実際に順次なされることが想定される賠償請求の金額感を併記しておくと、実際のリスク度合いも含めて理解が進みます。
- ビジネスモデルの比較
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ビジネスモデルを検討する際にも、図解することは役立ちます。
下の図6は、A社が知的財産のライセンスを実施する際に、実際に筆者が検討に用いた図です。
直接B社とC社にそれぞれ当該ライセンス供与を行うのが適切か、それとも直接のライセンス供与はB社のみに行い、C社にはB社を経由してサブライセンス供与を実施するのがよいか、という検討を行いました。事業部門とのディスカッションが必要だったため、事業部門のメンバーにもこの図を共有しました。二つの図を分けてかくことで、それぞれのプランの全体像をイメージすることができ、また事業部門とのディスカッションの前提となる認識合わせをすることができました。
まとめ
- 契約案件において図解することの目的
- 自分がわかっていない事実や他人がわかっていない事実を明らかにすること
- 図解する際の3つのポイント
- とにかくかいてみる
- 情報を絞ってシンプルにかく
- 一定のルールに従ってかく
- 図解することが特に役立つ場面
- 取引の全体で多数の当事者が登場する場合
- 賠償請求の想定やビジネスモデルの検討をする場合
山下 俊(やました しゅん)
2014年、中央大学法科大学院を修了。日系メーカーにて企業法務業務全般(主に「一人法務」)及び新規事業開発に従事しつつ、クラウドサインやHubbleを導入し、契約業務の効率化を実現。
2020年1月にHubble社に1人目のカスタマーサクセスとして入社し、2021年6月からLegal Ops Labの編集担当兼務。2023年6月より執行役員CCO。近著に『Legal Operationsの実践』(商事法務)がある。