リーガルオペレーションに取り組んでいくうえで重要なのが、「人材」と「テクノロジー活用」です。これは、「日本版リーガルオペレーションズ 8つのコア」にも盛り込まれています。特に、ベンチャー・スタートアップにおいて、リーガルオペレーションズを担うのはどのような人材が理想なのか。また、テクノロジー活用についてはどう考えていけばよいのか。EY弁護士法人 室伏康志弁護士、前田絵理弁護士に聞きました。
〈聞き手=山下 俊〉
リーガルオペレーションズに求められるのは、専門知識よりも調整力やコミュニケーション能力
後編では、機能や業務ではなく、「人」にフォーカスしたいと思います。日本でリーガルオペレーションズの担い手となりうるのは、どういった方でしょうか? 必要な経験や素養などあるのでしょうか。
弁護士資格を持っているほうがいいのか…。
基礎的な会計や財務の知識と、テクノロジーへの知見があれば、法務の資格はもちろんバックグラウンドがなくともできると思います。事業部門にもビジネスそのものではなく管理業務を主な業務として行っている方がいますが、彼ら/彼女らが法務の領域でカバーするというイメージと考えることもできるかもしれません。
資格の有無は関係ないですね。調整力やコミュニケーション能力が高い人のほうが向いていると思います。企画運営が得意かどうかという点に尽きるのかな、と。
そもそも日本企業は、ジェネラリストを育成しようという発想が強いので、米国のような分業の発想がこれまでありませんでした。本来は、法律のスペシャリスト、管理業務が得意な人をそれぞれ適材適所に配置するほうが効率的です。これからはリーガルオペレーションズに限らず、役割分担をしていく時代になっていくように思います。
参考までに、米国の場合、Legal Operations(以下、米国版を”Legal Operations”と表記)の業務を担う方は、どのようなバックグラウンドを持っているのでしょうか?
法曹経験者、法務部門経験者はもちろん、IT部門や経営管理部門経験者も多い印象です。特にLegal Operationsの専門家が何十人もいるような組織では、テクノロジーのバックグラウンドを持つ人たちを集めて、テクノロジー活用に専念するチームを構成している場合もあります。
リーガルオペレーションズの必要性は組織規模を問わない
営業も、実際に顧客に向き合うセールスだけでなく、その業務の実効性を高めるべく、BizOpsやSalesOpsといった分業が進んで、それぞれを横断的に連携して情報を速やかに渡していくことが重要になってきています。
法務も同じような流れを感じました。どれくらいの組織規模からリーガルオペレーションズの整備が必要になるとお考えでしょうか?
一概には言えないでしょうね。「日本版Legal Operations CORE 8」(以下、「リーガルペレーションズ」)でいうところの「ナレッジマネジメント」が特に重要な業界、環境変化が非常に速いテクノロジーを扱っている企業などビジネスとの連携が必要な領域の法務であれば、3-4名程度の法務組織でも必要になるかもしれません。リーガルオペレーションズの各要素によってもその必要性は異なると思います。
確かに、一見すると一人法務にはそういったリーガルオペレーションズの考え方はまだ早いとなりそうですが、近い将来のことを考えたらそうとも言い切れない気がしました。
はい、そもそも自分の業務を行うために、ナレッジマネジメントは必要なことですよね。しかもこれから組織化される可能性があるならなおさらです。同様に「業務フロー」も、後任のためにきちんと土台を作っておく必要があります。
その点では「外部リソース活用」も少人数体制の時から、検討する必要がありそうですね!
そうですね。専任者を1人雇うのが負担ということであれば、我々のような外部リソースに頼るのも1つの方法です。
ちなみに、我々のコンサルティングサービスでは、ベンチャー・スタートアップがこれから法務組織をつくっていきたいという場合にも、どのような人材を採用すればよいか、2-3人の組織であればどういう構成にすればよいかというところまでアドバイスさせていただいています。
ツール導入に失敗してしまうのは、体制整備と目的設定が不十分なため
ここからは「CORE 8」の一要素である「テクノロジー活用」について、特にリーガルテックの導入について伺いたいと思います。リーガルテックツールを入れたのにも関わらず、あまり活用されていないという例は企業規模を問わず少なくないと思います。こうした企業に共通している問題点はありますか?
それは明らかですね。多くの問題点は、体制ができていないのにツールを入れていることにあります。きちんと導入の目的を設定しないまま、他部門やベンダーから言われるがままに導入したところで、うまくいくわけがありません。
まずはツール導入の下準備が必要です。本来であれば、それをリーガルオペレーションズの専任者たちが担当すべきなのですが、前編でもお話しに出ましたが、法務部内に適切な人材がいないという問題もあると思います。
すべての法務業務のプロセスの棚卸しも必要です。また、業務量やその管理のルールも見直す必要もあります。事業部からの相談を受け付けるプロセスがきちんと整備されていないと、ツール導入によって「こんな案件は来るはずじゃなかった」「相談すべきものがこない」などといった状況が生まれ、法務も事業部門もシステムに対するネガティブな印象を抱いてしまいます。。
我々は、契約書管理ツールの導入サポートも行っていますが、その際、一番はじめに「契約書は会社全体でどのように管理されていますか?」とうかがいます。
その質問に対して「さぁ?」と、現状をまったく把握できていない企業もあるのが現実です。契約書管理ツールは紙を電子化しなければ活用できませんが、そもそも紙の契約書が全社レベルでどうやって管理されているかわからなかったり、契約書締結に関するルールはあっても、それが守られていなかったり……。
ルールが形骸化してしまうのは、特に大企業の場合、ある意味仕方がないのでしょうか?
そんなことはありません。ルールの作り方が曖昧なために、守ろうにも守れないルールが日本の会社には多いという問題があると考えています。仮にきちんとルールが定められていたとしても、社内で周知徹底が図られているか、定期的に遵守状況のモニタリングが実施されているか、現状に合わせて適宜アップデートされ遵守可能な内容になっているか、過剰な規制になっていないか等によって守ってもらえるか否かは変わってくる。
また、そもそも何のために管理をするか、なぜルールがあるのか、日々地道に現場で教育をしていく必要もあると思います。
私たちもリーガルテックベンダーとしてさまざまなお客様とお話していますが、課題整理ができていない企業は多いと感じています。この点について、ベンチャーやスタートアップのように組織がまだ小さい場合に、先回りして気をつけられることはあるでしょうか?
そういう意味では、ベンチャー・スタートアップは新しい組織ですし、それぞれの業務や会社のあり方について意識の高い方々が集まっているので、法務の役割が非常にポジティブな組織だと思います。きちんと法務が最初から経営陣との意思疎通を行い、オペレーションを構築していけば、組織が大きくなった際に完璧な体制に近づけるのではないかと思います。
組織が小さい時からのアクションが大事ということですね!
ありがとうございました!
室伏 康志 (むろふし やすし)
EY弁護士法人 シニアカウンセル
1985年弁護士登録以来日本および国際大手法律事務所のパートナーを務めた後、17年以上にわたり、主要な国際的金融機関の最高法務責任者(General Counsel)の職務につきながら、日本で唯一、最大の企業内弁護士の団体である「日本組織内弁護士協会」の理事長を6年間務めた。クオリティの高いアドバイスを提供することにより、社会の隅々にまで「法の支配」を行き渡らせることを可能にすることをミッションに掲げる。
前田 絵理(まえだ えり)
EY弁護士法人 ディレクター
2007年より日系大手法律事務所に勤務後、2011年より日系大手総合化学系メーカーにて企業内弁護士として勤務。同社にて法務部門のほか、経営企画部門、買収先米国企業の法務部門、インド子会社の役員を経験。その後米国系製薬・消費財メーカーの法務部門を経て、2021年7月から12月までEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社にてリード・リーガル・カウンセル。併せて10年以上の民間企業勤務経験を有する。2022年1月より現職。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2022年8月時点のものです。)
Legal Ops Conference 2022における前田氏の講演の書き起こし資料はこちら!