- 日本の営業生産性と契約業務の関係性
- 契約業務で効果が出やすい手段
営業生産性が低すぎる日本
2021年2月にマッキンゼー・アンド・カンパニーが「日本の営業生産性はなぜ低いのか?」というレポートを出しました。
このレポートは、過去50年間 、 常にG7中の労働生産性が最下位であった日本の営業活動、特に法人営業活動に関する課題やそれを解消する手法について書かれています。そして、営業の効率性向上は 、 営業員のスキルアップだけではなく、新たに生み出されるリソースが新規顧客開拓などと結び付き 、 更なる企業の成長に資するということが記載されています。
そのレポートの中で、日本企業の営業の根本課題の一つに「 ITシステムの過剰なカスタマイズとデジタル化の遅れ」が挙げられており、さらに具体的に以下のような指摘がされてます。
諸外国で E-signature が進んでいるのにも関わらず、日本のハンコ文化において、E-ハンコがなかなか進まない状況など、営業の在宅勤務を阻み、効率性を下げる要因も多くみられた。
日本の営業生産性はなぜ低いのか?(McKinsey&Company)
列挙されている他の根本課題には「顧客対応以外に時間をかけ過ぎていること」など、営業の非効率性に直結することが容易に想像できる課題ばかり挙げられている中で、これらと並んで電子契約の普及の遅れが営業の非効率性の根本課題として挙げられているわけです。
電子契約が普及するだけでも、営業生産性の効率化に寄与できるとすれば、契約業務全体をアップデートすることによる、収益増加など会社の「プロフィット」に貢献できないか?この観点で、複数回にわたり、契約業務の効率化方法についてまとめたいと思います。
なお、参考までですが、リーガルテックサービスの先進国アメリカでは、契約のライフサイクル管理を行うCLM(Contract Lifecycle Management)ソフトウェアのメリットとして、営業の生産性があげられるケースが多いです。
以下の調査では、実際に非効率な契約業務によって、収益の5~40 パーセントが失われるという推定もあり、これらも契約業務全体の効率化が営業生産性を上げ、企業の収益にインパクトがあることを示唆しているといえます。
電子契約は普及!これで営業は、契約業務の非効率性から解放されたか?
上記レポートは2021年2月時点のもので、調査自体はそれ以前であることから、このレポートの調査以降、日本の電子契約の普及状況は大きく進んだことは言うまでもないと思います。実際に以下の調査のP28の通り、2022年時点で「何かしらの方法で電子契約を利用した企業」は69.7%に及んでいるという結果もあります。
では、これで営業生産性向上の観点から、契約業務の効率化は完了でしょうか?営業生産性を阻む契約業務における非効率性は何も「ハンコ」だけにあったわけではありません。
例えば以下のような点で、多くの営業は非効率さを感じているはずです。
- コミュニケーションに関する問題:法務に相談しづらい、相談事項かどうかわからず、相談までに時間を費やす
- ナレッジの問題:別の営業から引き継いだ過去の案件の経緯が不明、同種案件の知見を他に活かせない
- ブラックボックス化の問題:営業成績上、月末の契約締結が必要であるものの、レビュー担当の忙しさが見えない、多数の案件がどこでストップしているか不明
上記のような状態では、営業が売り上げを上げるために真に必要な業務に向き合えているとはいえません。
ではいかに、契約業務全体の効率化を進めるべきでしょうか?何もテクノロジーを活用することが絶対ではなく、テクノロジーはあくまで一つの選択肢にすぎません。
効果の出やすい契約業務の効率化手段
テンプレートの活用
今回は連載の一回目ということで、詳細な記載は次回としますが、企業がまず着手すべき契約業務の効率化のための施策は、契約書のテンプレート・ひな形の活用だと思います。
契約書のテンプレートは、契約担当者等が一から契約書を作成する際、必要な条項や言い回しをリサーチした上で文言に落とし込む手間を省き、一定類型の取引を繰り返し行う場合にはすぐに効果が出やすい業務効率効率化の手段といえます。
弊社で以前企業の契約担当者を中心に約300名を対象にテンプレート活用に関してアンケートを実施したところ、 アンケート回答者のうち契約業務担当者の 9 割が契約書テンプレートを利用していること、また、契約書テンプレートのメリットとして「工数削減」を挙げた者の割合は88%、「業務スピード向上」を挙げた者の割合は86%に上り、契約書テンプレートが主に業務効率向上という観点から実際に利用されていることがわかりました。ちなみに、本アンケートでは、契約書テンプレート利用者のうち、秘密保持契約書のテンプレートを利用している割合が 93%と最も割合が高かったです。
では多くの企業が雛形を利用することで、業務効率を大きく効率化しているでしょうか?業務効率化のためにテンプレートを利用していることと、これによって業務効率化が実現できているかは別問題であると思っています。テンプレートの内容面(相手方との関係でバランスが良いテンプレートを作成すること、法改正等を踏まえられているか等)や事業部門側の適切な運用など、その「活用」は簡単ではないと思います。
OneNDAが目指す世界
ちなみに、弊社で運営している秘密保持契約書の統一規格化を目指すプロジェクトである「OneNDA」についても、相手方との適切なバランスの取れたテンプレートを作成したい、交渉の出発点を固定して、契約業務を効率化していきたいという思想があります。
イギリスの同様のプロジェクトである「oneNDA」のサイトにはこんな記載がありました。
why do we all have our own NDA template when they all more or less say the same thing? How much value does that add and how much is it costing us? Is the balance proportionate? What if we all agreed to adopt one identical NDA template? How much time, money and hassle would businesses save if we all began from the same starting point?
多少の差異はあれ同内容であるにも関わらず、なぜ私たち全員が独自の NDA テンプレートを持っているのでしょうか? それによってどれだけの価値が生まれ、どれくらいのコストがかかるのでしょうか? (テンプレートの)バランスは取れていますか? 私たち全員が 1 つの同一の NDA テンプレートを採用することに同意したらどうなるでしょうか? 私たち全員が同じ出発点から始めたら、企業はどれだけの時間、お金、手間を節約できるでしょうか?
oneNDA
OneNDAについて気になった方は、是非どういった背景のもとでこうしたプロジェクトが立ち上げられたのかをまとめた、以下の記事も合わせてご覧ください。
まとめ
本連載では、契約業務の効率化が法務だけにとどまらない「企業全体の収益構造にインパクトを与えるDX領域」であることを、読者の皆様と一緒に考えていければと思います。是非ご期待ください。
- 日本の営業生産性と契約業務の関係性
- 過去50年間、日本は常にG7中の労働生産性が最下位
- その原因の一つとして、当時は電子契約の浸透の弱さが挙げられるように、契約業務が営業の生産性の足を引っ張っている可能性がある
- 電子契約の普及によって一定の改善が見込まれる状態に
- 契約業務で効果が出やすい手段
- 契約書のテンプレートの活用
- OneNDAなどの契約書の内容の標準化プロジェクトの活用
酒井 智也(さかい ともや)
弁護士(67期/第二東京弁護士会所属)。
2013年慶應義塾⼤学法務研究科(既習コース)卒業後、同年司法試験合格。東京丸の内法律事務所でM&A、コーポレート、スタートアップ支援・紛争解決等に従事。18年6⽉より、Hubble取締役CLO(最高法務責任者)に就任。2020年に立ち上げた「OneNDA」の発起人。