- 2022年におけるリーガルテックに対するグレーゾーン解消制度に基づく照会の動き
- AI契約書レビューシステムを通して考える、既存規制とテクノロジーの社会実装の方法
はじめに -グレーゾーン解消制度とこれをめぐる業界の動き-
2022年6月、グレーゾーン解消制度においてAI契約書レビューシステムに関して、「違法の可能性がある」という見解が示されました。
これを皮切りに、同年10月にも同種の問題に対して、AI契約書レビューシステムの弁護士法第72条適合性に関しての照会書及びこれに対する複数の法務省回答が公開されました(回答例)。
そしてこれらの問題に対応すべく、AI契約書レビューシステムを提供する主要4社が「AI・契約レビューテクノロジー協会」を9月に設立し、また内閣規制改革推進会議にて、「契約書の自動レビューと弁護士法」について、同協会や弁護士ドットコム等でこの問題に対する対応について議論がなされました。
このような流れから、現在「AI契約書レビューシステムの弁護士法72条問題」に対しては、業界のみならず、SNS等、業界を超えてさまざまな議論がなされるようになり、各種メディアでは、「AIレビューシステムが違法の疑い」というタイトルで取り上げられたり、一部では、既存の「リーガルテックが違法」であると疑われるような誤ったタイトルで発信される記事も散見されました。
このような現状を踏まえ、既存の規制、既存の産業構造といかに調和して新しいテクノロジーを社会実装するか、改めて本稿において考えてみたいと思います。
これまでの動き〜グレーゾーン解消制度の対象と結果
問題とされた「サービス」の整理
日本では、「リーガルテック元年」と言われる2020年以降、いくつものリーガルテックサービスが登場しました。2020年末に公開された以下のマップを見る限りでも、文書作成・レビューから、リサーチ、紛争解決に至るまで多岐に渡るサービスが登場しています。
そして、今回弁護士法72条との関係で問題となっているのは、いわゆる「AI契約書レビューシステム」であり、広く「リーガルテック」が問題となっているわけではありません。また、AI契約書レビューシステムといっても、そのシステムは提供方法、プロダクト設計等、多岐にわたっており、一緒くたに議論すべきではありません。実際に、上記10月の照会では、AI契約書レビューシステムを16類型に分けて照会がなされています。
各照会への回答「結果」の整理
上記に加えて、グレーゾーン解消制度による各照会に対する回答結果に関しても正しく理解すべきです。
上記の16類型の12パターンにおいて「適法」と明示的に示された回答はないものの、回答の末尾には、「16類型のいずれについても」「個別具体的な事情によっては、弁護士法第72条本文に違反すると評価される可能性があることを否定することはできない。」と記載されています。
なお、16類型のうち4パターンでは適法を窺わせる結論も示されています。
具体的には、AI契約書レビューシステムの「利用者を弁護士又は弁護士法人に限定する場合、当該弁護士又は当該弁護士法人がその業として法律事務を行うに当たって当該サービスを補助的に利用すると評価される場合は別として」と、明示的に違法と評価される可能性を否定できないケースから除外する条件を示しています。
つまり、これまで問題とされたグレーゾーン解消制度の結論を見ても、AI契約書レビューシステムの適法性だけが問題となっており、かつサービスの提供方法や仕様ごとに結論が異なりうるとされ、現状の結論としては、違法と判断されたわけではなく、「可能性がある」と評価されているに過ぎません。まして、「リーガルテック」全般が「違法である」というのは大きな誤りです。
これからの動き〜AI契約書レビューシステムと既存規制
現状における解決策は?
これらの問題に対して、今後いかなる解決策がとり得るでしょうか?司法が最終的な判断を出すのか、それとも立法で解決するのか…。
私は、「第三のルール」を早急に策定する必要があると考えています。
まず、弁護士法72条との関係で、自社サービスが違法でないことの確認の訴えについては確認の利益がないと考えられるため民事裁判は難しいと考えられます。また、同条違反については、刑事罰が定められているため、立件された上で司法の判断が下ることが法律上はあり得るものの、現状大きな利益侵害等がなく、その可能性も具体的には考え難い以上、このプロセスがとられることも現実的にはないのだと思います。その一方で、立法を待つのも時間がかかるし、不確定な技術発展の可能性を無視した硬直的なルールとして定まってしまう可能性もあるかもしれません。
そのため、有識者が中心となり、業界の自主規制・ガイドラインを早急に策定すべきだと思います。
最大のポイントは、ユーザーの声をいかに反映させるか
では、どういったガイドラインを定めることが適切なのでしょうか?このルールをいかに定めるかが、既存の規制がありながら新しいテクノロジーを社会に浸透させていくための最大のポイントであると考えます。
この点に関し、『未来を実装する――テクノロジーで社会を変革する4つの原則 』(馬田隆明著)の前文の一節をご紹介したく思います。
「テクノロジーの進歩だけですべての問題――たとえば気候変動や貧困、格差などの問題――を解決できるとも思っていません。人類の手によって生まれたテクノロジーを最大限活かすには、テクノロジーをうまく受け容れて活用できる社会が必要です。そのためには社会を理解し、ときには社会を変えていく必要があります。」
馬田隆明著『未来を実装する――テクノロジーで社会を変革する4つの原則 』
テクノロジーを活用する上では、社会、つまり受け入れる側を理解のうえ、変化させていく必要があるということが述べられています。
そして、リーガルテック(2022年現在においては、主としてAI契約書レビューシステム)と規制との関係では、受け入れる側、変化する側にいるユーザー側、つまり弁護士をはじめとする法務に従事する皆さまが法を解釈できる立場にあるという特殊性があります。つまり、サービス利用についてどんなリスクがあるか、既存規制が守ろうとしている利益を侵害しうるのか、新しいルールを策定するにはどのような要素が必要なのか、社会をどう変化させていくべきなのか等について、各種サービス提供者や有識者だけではなく、新しいテクノロジーを受け入れる側も、リーガルマインドを駆使して、検討していくことができるのです。
新しいテクノロジーの必要性を主張することだけではなく、当該テクノロジーが社会に実装される許容性までも含めて、主張していくことができる点で、他の領域での同種の問題の場合以上に、ユーザー側の声を反映させる意義があると考えています。
そのため、ガイドライン策定プロセスにおいては、ユーザーの声を丁寧にキャッチアップしながら策定すべきであると考えます。
まとめ
弁護士法72条は、弁護士以外が法律行為を行うことで国民が被害を受けることがないようにすることを趣旨として規制をしています。この趣旨は、現代においても維持されるべきです。しかし、法が制定された当初、当然AIの登場は想定されていませんでした。
このバランスをいかにとるか。イノベーションを阻害することなく、法の趣旨を損なわないようにするためには、ルールをアップデートする必要があります。何を変え、何を維持すべきか、ユーザーを含めた社会全体でその議論をするべき時が来ています。
より良い社会になることを後押しするイノベーションの社会実装が実現する方向で議論が進むことを期待します。
- 2022年におけるリーガルテックに対するグレーゾーン解消制度に基づく照会の動き
- 照会の対象は「AI契約書レビューシステム」
- 照会対象となった16類型で違法と断言されたケースはなく、あくまで「可能性がある」
- AI契約書レビューシステムを通して考える、既存規制とテクノロジーの社会実装の方法
- 有識者を中心とした自主規制やガイドラインの策定が必要
- テクノロジーを受け入れる側の理解、変化が必要
- ただし、法務業界では、受け入れる側にも法解釈できる立場にあるのが良い特殊性
酒井 智也(さかい ともや)
弁護士(67期/第二東京弁護士会所属)。
2013年慶應義塾⼤学法務研究科(既習コース)卒業後、同年司法試験合格。東京丸の内法律事務所でM&A、コーポレート、スタートアップ支援・紛争解決等に従事。18年6⽉より、Hubble取締役CLO(最高法務責任者)に就任。2020年に立ち上げた「OneNDA」の発起人。