【法律事務所LEACT 代表 酒井貴徳氏 × Hubble CLO 酒井智也 対談:前編】スタートアップと弁護士の理想的な関わり方とは?

近年、弁護士のキャリアパスが多様化してきています。大手法律事務所、スタートアップでの事業開発を経て、2022年に独立した法律事務所LEACT 代表 酒井貴徳氏のキャリアもその代表例でしょう。今回は、法律事務所からスタートアップの取締役という、酒井貴徳氏と近いキャリアを歩んできた株式会社Hubble 取締役CLO 酒井智也との対談をお届けします。前編では、法律事務所時代の話やスタートアップで感じたギャップ、そしてスタートアップと弁護士の理想的な関わり方について議論しました。

〈聞き手=酒井 智也〉

目次

事務所の1〜3年目時代に知っておきたかったクライアントへの向き合い方

酒井 智也

本日は、宜しくお願いします!
さて私も貴徳さんもビジネス法分野の法律事務所からキャリアをスタートしていますが、事業会社との関係性について、弁護士事務所に勤務されていた当時はどのように感じられていましたか?

酒井 貴徳

「先生」と呼んではもらえるものの、相手は年上の管理職の方々だったりします。こちらはまだ20代半ばの駆け出し弁護士なので、舐められないようにと常に背伸びしていました。事務所内でも、先輩方から厳しい要求を受けながら、日々プレッシャーを感じながら必死に過ごしていました。

法律事務所LEACT 代表弁護士 酒井貴徳氏
酒井 智也

確かにそうかもしれないですね。1年目の弁護士よりも大手企業の法務部長のほうが業界の知見をお持ちですし、法律にも詳しいんですよね。当時自分はそうした状況で外部の専門家として仕事をしていくプレッシャーを感じていました。
その観点で、今振り返ってみて、「事務所の1〜3年目の時代にこれを知っておけば弁護士としてうまくやれたのに」と思うことはありますか?

酒井 貴徳

「クライアント」と一口にいっても、自分が話をする相手はもちろん、その方の上司や部下、別の部署など、視点や利害の異なるさまざまな関係者がいます。
今振り返ってみれば当たり前のことなのですが、当時は全くそのようなイメージをもてていなかったです。「クライアントが」ではなく、「この人は」「あの人は」「あの部門は」といった視点で物事を切り分ける必要があります。社内での意思決定過程をイメージできていたら、もっと的確に立ち回れたでしょうし、クライアントに対して提供できる価値も違っていたと思います。

酒井 智也

「社内で承認を得るために外部アドバイザーの見解が欲しい」とか、「株主への説明責任を果たすために客観的な情報が必要になっている」とか。

株式会社Hubble 取締役CLO 酒井智也
酒井 貴徳

おっしゃるとおりです。弁護士のスタンスを押し出すのではなく、クライアントから何を求められているのかを意識して動くことが非常に重要だと感じるようになりました。

酒井 智也

そういったクライアントの組織のありようや期待値は、さまざまな案件に対応していくなかで次第に解像度が高まっていきましたね。

酒井 貴徳

素晴らしい先輩やクライアントに囲まれ、多くの失敗を経験したことで、当時よりも格段に想像力が広がり、複眼的な視点で物事を捉えられるようになったように感じています。対クライアントでも事務所内でも、誰にいつどのような情報を伝えるべきか、その粒度はどうあるべきかなどを常に意識しながら動くようになりました
これは、いまも強く意識しているポイントです。

働くための動機づけの重要性を知ったスタートアップ入社後

酒井 智也

貴徳さんは、留学から帰国された直後にContractSへ入社されています。法律事務所とスタートアップのあいだにカルチャーギャップはありましたか?

酒井 貴徳

非常にギャップを感じました。事務所を離れて初めて、事務所がもつ強烈なカルチャーの存在に気付かされました。事務所では、誰かに強制されるわけでもなく、特別なインセンティブがあるわけでもないのに、プロフェッショナルとしてクライアントのために、皆が妥協せず昼夜を問わず働いていました。
気づいたときには自分の中でもそれが当たり前になっていましたが、これがいわゆる組織の「カルチャー」だったんだと気づきました。

酒井 貴徳

ContractSは入社当時は40名ほどの規模でしたが、「なぜ自分たちがこの会社で働くのか」、言い換えればミッション、ビジョン、バリューを確立し、定着させることの重要性を学びました
事務所では、私が入所したときには既に組織としてのアイデンティティが確立されており、そこに共感した人間が参加している。一方、ゼロから始まるスタートアップは、メンバーが同じ方向に迷わず進むため、様々な時間と工夫が必要であるという点は新鮮でした。

酒井 智也

貴徳さんとは留学して帰国された直後に1度お会いしているのですが、その後、ContractSの入社1年後に再びお会いした際、マネジメントやチームのあり方について語っておられて、スタートアップに入ることでこんなにも目線が変化するのかと驚きました。貴徳さんの成長に焦りを感じましたね。

酒井 貴徳

マネジメントの感覚は事務所時代にはなかったので、本当に良い経験になりました。スタートアップでは、事業計画から始まり、そこから逆算されて導かれる組織図があります。
事務所時代は黙っていても応募者が殺到していましたが、スタートアップではそうはいきません。晴れて採用できたとしても、開発、セールス、コーポレートなど役割も個性も全く異なるメンバー一人ひとりを、いかに組織として動けるようにお膳立てをするのかが求められました。

酒井 智也

カルチャーとも通じる話ですよね。カルチャーが根付いていなければ、マネジメントにも苦労すると思います。

酒井 貴徳

私が所属したスタートアップを含め、多くの企業では、定例ミーティング、週報、1on1などに膨大な時間を費やしています。事務所ではそのような文化は一切ありません。正直なところ、入社当初は、カルチャーやメンバーとのコミュニケーションに割く時間の意味を疑問に感じていました。
それよりは、お客様対応をしたり、1件でも多く商談を行ったほうがいいのではないかと。ただ、上場ベンチャーや外資系出身のマネジメント経験者が、実際に目の前で組織を0から立ち上げ、拡大していく様子を見て、自分に足りないものに気付かされました。

酒井 智也

自分で手を動かして素晴らしいアウトプットが出せる方ほど、あえて自分の手を止めてマネジメント側に回り、中長期的に組織に利益をもたらす仕組みをつくる意識が薄れがちになってしまうのかもしれません。

酒井 貴徳

どうしても「自分でやったほうが速い」と思ってしまうんですよね。偉そうなことをいいながら、法律事務所を立ち上げた今もまさに同じ理由で苦しんでいますから。自分にとってはいまも難しい課題です。

リーガルオペレーションの改善に外部弁護士が貢献できる可能性

酒井 智也

企業の中で働かれて、スタートアップにおいて、外部弁護士が果たせることは何だとお考えですか?

酒井 貴徳

外部弁護士にとって一番難しいのは、会社内部の情報が取りづらいという点です。会社側の予算的な制約もありますが、一般的な顧問料の範囲で契約書を月に数通レビューする程度では、提供できる価値は限定的です。数か月間に亘りまとまった時間をコミットすることを前提に、チームの一員として商流やオペレーションを把握し、自分で問題点を発見して、自分で改善していく動き方ができてはじめて会社にインパクトを残せると思います。
「売れない」ことが最大のリスクであるスタートアップにとっては、リスクマネジメントの観点だけでは不十分で、効率性の観点を持ってオペレーションを構築・改善していくところまで入り込む必要があると感じています。

酒井 智也

一方で、会社内の意思決定プロセスを体感したことのある弁護士でなければ、組織のオペレーションを改善する取り組みはできないように思います。
少なくとも私は事務所時代にそういう意識はまったくなかったです。

酒井 貴徳

私も同じです。
とはいえ、実は社内の人でも、オペレーション全体を把握できていることは稀で、ましてや最適化できていると胸を張って言える会社は多くないと思います。
だからこそ、社内メンバーが持っている断片的な情報を集めて、わからないところは想像で補い、存在しないものは新たに作って、共通認識を目に見える形に残していくという地道な作業が必要です。

酒井 智也

リーガルオペレーションの効率化・最適化のような領域に弁護士がアドバイザーとして入る事例は、あまり見たことがないです。
まだ始めたてで、実際にアウトプットが出せる弁護士が少ないというのも理由の1つなのかもしれませんが、もしかしたら今後はありえる領域なのかもしれないですよね

酒井 貴徳

まさにこのメディアの名前ですね!
スタートアップに限らず、利用規約を作っておらず毎回契約書を締結してコストも時間もかかっている、契約書のレビュー方針が固まっておらず対応が人によってまちまちなど、オペレーションに課題を抱える法務組織は多くあります。まずは業務の洗い出し・切り分けを行って、オペレーションに寄与するような活動をしていけると良いのかなと。そこに対するニーズは非常に大きいと感じています。

酒井 智也

そうした意味では、ベンチャー・スタートアップはどのような弁護士に依頼するのが良いとお考えですか?

酒井 貴徳

一番大事なことは、当事者意識をもってくれる弁護士を見つけることだと思います。とはいえ、弁護士としても情報を得られないと当事者意識を持ちようがありません。なので、スタートアップ側も、弁護士を遠慮なく巻き込んでいただくのがいいのではないでしょうか。
また、法務問題か否かにかかわらずラフに相談できるような弁護士だとなおよいと思います。弁護士に回答しやすいように質問にまとめること自体が企業にとっては大きな負担になるので。

酒井 貴徳

情報を共有し、弁護士に当事者意識を持たせ、日常的に会話をできる関係が作れると、弁護士側も勝手に課題に気づいて、解決に向けて手を動かしてくれるようになるかもしれません。
未知の問題に対して迅速に当たりをつけ、Red Flagを避けながら、必要に応じてスペシャリストと協働して対応してくれる。そんなジェネラリストを見つけられると、安心して事業に集中できるようになると思います

(後編に続きます。)


★今回のLegal Ops Star★

酒井 貴徳(さかい たかのり)

西村あさひ法律事務所に入所後、米国留学、Debevoise & Plimpton LLPでの勤務を経て、株式会社Holmes(現ContractS株式会社)にCEO室室長として入社。同社執行役員として、営業、開発、事業法務等を担当。2022年に法律事務所LEACTを設立。上場ベンチャー企業を中心に、企業の法務部に参画し、メンバーの一員のような形で業務に従事する「インハウスサービス」を提供。弁護士(第二東京弁護士会)・ニューヨーク州弁護士。


酒井 智也(さかい ともや)

弁護士(67期/第二東京弁護士会所属)。
2013年慶應義塾⼤学法務研究科(既習コース)卒業後、同年司法試験合格。東京丸の内法律事務所でM&A、コーポレート、スタートアップ支援・紛争解決等に従事。18年6⽉より、Hubble取締役CLO(最高法務責任者)に就任。2020年に立ち上げた「OneNDA」の発起人。

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