【法律事務所LEACT 代表 酒井貴徳氏 × Hubble CLO 酒井智也 対談:後編】法務人材難の克服には、人材育成と働き方の工夫が必要

昨今の経営環境の変化に伴い、法務機能が高度化・多様化するなか、法務人材の流動性も高まっているといわれています。大手法律事務所勤務、リーガルテックスタートアップでの事業開発、法律事務所の設立と、法務の領域でさまざまな経験を積んできた法律事務所LEACT代表 酒井貴徳氏は、この状況をどう見ているのでしょうか。事業会社の法務人材採用の現状と課題、その打開策について、株式会社Hubble 取締役CLO 酒井智也とディスカッションしていただきました。

〈聞き手=酒井 智也〉

目次

採用枠は増える一方で、企業が求めるレベルは高まっている

酒井 智也

法務の方とも意見交換されていたかと思いますが、事業会社の法務人材採用の現況について、どう見られていますか?

酒井 貴徳

近年、法務人材は売り手市場といわれているようですが、企業の法務部や人材紹介会社の方々にヒアリングをしてみたところ、必ずしもそうは言い切れないように感じています。
採用枠は少なくないのですが、企業の求めるレベルが高まっていることによるミスマッチが起きているように思います。

法律事務所LEACT 代表弁護士 酒井貴徳氏
酒井 智也

なるほど!それは外から見ている景色と少し違うかもしれませんね。

酒井 貴徳

歴史の長い大企業の法務部では、新卒で採用した人を、法務経験の有無に関わらず法務部に配属し、時間をかけて育成していくという仕組みが整っている場合もあります。未経験者を長い年月を掛けて育成できることが、伝統的な企業の強みです。
一方、スタートアップの場合、そうした時間軸では動くことは不可能であり、常に即戦力が求められています。もっとも、即戦力になる人材がマーケットに多くない、いたとしても外資系企業や外部法律事務所に流れてしまう例が多いようです

酒井 智也

即戦力となると、弁護士資格を持つ人材を採用することは解決策になりえますか?

酒井 貴徳

そうとも言い切れません。有資格者だとしても、企業法務未経験の方がいきなりうまく立ち回るのは簡単ではありません。外部事務所での経験があったとしても、インハウスとして求められる能力は別物です。また、弁護士資格はマネジメントとしての素養の裏付けにはならないので、この点でもミスマッチが起きがちです。

企業によって求められる能力やスキルは異なる

酒井 智也

どんな会社でも、法務は絶対的に必要となる機能ですが、会社=法「人」における機能である以上、その「人」によって必要とされる機能はまったく異なるものになりますよね。
昔ながらの法務部で働くのと、ベンチャー企業で新たに法務組織を立ち上げるのとでは、求められる能力やスキルは全然違います

株式会社Hubble 取締役CLO 酒井智也
酒井 貴徳

そうですね。ただ、いずれにしても「白か否か」「できるかできないか」ではなく、「実行するためにはどうすればいいのか」という姿勢が不可欠で、これはインハウスの方々の得意領域だと思います。
最近はインハウスとして企業内で経験・実績を積まれている若手の先生も増えていますが、こういった方々が、将来、外部事務所に戻り、様々な企業にサービスを提供していくようになれば、外部弁護士の提供価値もより高まるのではないかと考えています。

酒井 貴徳

企業側からしても、正社員として即戦力を採用したくてもなかなかできないという場合には、インハウスとしてのバランス感覚を持っていて、かつ、実際に手を動かしてくれる外部弁護士を活用することは、有力な代替案になると思います。
また、企業側の若手メンバーにとっても、そのような弁護士と密なコミュニケーションを行う中で、外部弁護士がもつ企業法務のノウハウ・お作法を身につけるいいきっかけになり、法務組織のマネジメントという意味でもメリットがあるのではないでしょうか。

酒井 智也

人材育成が重要なことは理解していても、なかなか自社で行うには難しいですからね。

酒井 貴徳

採用面でも工夫ができると考えています。企業がインハウス弁護士を採用しようとすると、必ずぶつかるのが外部事務所との給与ギャップの問題です。
とはいえ、企業には給与テーブルがあり、弁護士資格を有しているからといって提示する金額を上げるのは簡単ではありません。

酒井 貴徳

ただ最近は、副業により年収水準を下げることなく企業で働くことが徐々に可能になってきました。企業側は給与テーブルの範囲内で弁護士を採用する武器となりますし、弁護士側も給与水準を下げることなくインハウスとしての経験を積むことができます。弁護士としては、企業に一度転職したら外部弁護士に戻れないのではないかという点に不安を感じたりしますが、副業がそのリスクを小さくしてくれます。もちろん情報や利益相反の管理は厳密に行う必要がありますが。

企業と事務所を行き来するハードルを下げる仕組みがあれば、企業にとっても、弁護士にとってもよりよい環境になるのではないかと思いますし、よく耳にする外部カウンセルとインハウスの二元論的な隔たりも小さくなっていくように思います。

日本のリーガルテックは「これから」

酒井 智也

こうした人材難において、テクノロジーはどのように貢献していくでしょうか?
貴徳さんも前職でリーガルテックスタートアップにいらっしゃって、かつご自身でもリーガルテックをご活用されているということで、リーガルテック企業の観点から伺いたいです。

酒井 貴徳

正直なところ、まだまだこれからの分野だと感じています。Salesforceがあれだけ大きな規模の企業になったのは、そのツールを使いこなせること自体が1つの仕事になっているうえに、それだけの価値があると経営者から思われているから。
だからこそ、ユーザーは多大なコストを掛けてでも導入し、意地でも使いこなそうとします。日本のリーガルテックが現状でそこに至っているかといわれたら、そうではない。
しかし、リーガルという業務の価値を考えれば、そのようなポテンシャルはあると信じています

酒井 智也

その日本の市場自体の特徴や現在の状況はどうご覧になっていますか?

酒井 貴徳

結果として、対象範囲が限定されたポイントソリューションが先行しているように感じます。法務組織が一般的に有する予算レンジを踏まえても、狭く深い課題を刺すようなわかりやすくて導入しやすいプロダクトのほうが普及しやすいフェーズだと思う一方、基幹となるリーガルテックが出てきてほしいという思いもあります

酒井 智也

私も基幹システムとして価値のあるプロダクトを通して、本質的な業務改革を行なっていくことに関心があります。
他方で、山の登り方があると思っており、契約業務のオペレーションに関するシステムでいえば、ライトで使いやすいものが受け入れられやすいと考えています。

酒井 貴徳

法務の世界では、使い方もコストもライトなものが求められているんだろうなと感じています。今後は、GoogleやSalesforce、Slackのような既に企業に入り込んでいるサービスとのAPI連携などを中心に、使っていることを意識しないようなサービスも出てきてほしいと思っています。

酒井 智也

ライトで使いやすいものを提供しようと思えば、まずは中堅・中小企業市場への展開を考えます。そして、中小企業では契約書を作成しないケースも多いですが、契約「書」はなくとも、取引のなかではどこかのタイミングで何らかの「合意」をしているはずです。なので、それらの合意作成プロセスをHubbleで行なってもらうというチャレンジは面白いと思います。
契約書でも、メールでもない、新しい合意の形をつくっていきたいと考えています。ただこれも本当にユーザーが望んでいるものなのかどうか見極めたうえで、ユーザーのニーズとのバランスを取りながら進めていく必要があるとは思っています。


★今回のLegal Ops Star★

酒井 貴徳(さかい たかのり)

西村あさひ法律事務所に入所後、米国留学、Debevoise & Plimpton LLPでの勤務を経て、株式会社Holmes(現ContractS株式会社)にCEO室室長として入社。同社執行役員として、営業、開発、事業法務等を担当。2022年に法律事務所LEACTを設立。上場ベンチャー企業を中心に、企業の法務部に参画し、メンバーの一員のような形で業務に従事する「インハウスサービス」を提供。弁護士(第二東京弁護士会)・ニューヨーク州弁護士。


酒井 智也(さかい ともや)

弁護士(67期/第二東京弁護士会所属)。
2013年慶應義塾⼤学法務研究科(既習コース)卒業後、同年司法試験合格。東京丸の内法律事務所でM&A、コーポレート、スタートアップ支援・紛争解決等に従事。18年6⽉より、Hubble取締役CLO(最高法務責任者)に就任。2020年に立ち上げた「OneNDA」の発起人。

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