2021年6月、シリーズDラウンドの資金調達によって評価額10億ドル以上の未上場企業「ユニコーン」となった株式会社SmartHR。事業も組織も急拡大するなか、同社の法務組織はどのように変化に対応してきたのでしょうか。SmartHR 法務ユニットの責任者を務める小嶋陽太氏に、その変遷について聞きました。
〈聞き手=山下 俊〉
社員数は入社後から10倍に! 法務の業務量とジャンルも増大
小嶋さんは弁護士として法律事務所でご活躍の後、2018年にSmartHRへ入社されています。ご入社当時と比べて組織体制はどのように変わってきましたか?
私が入社したのは、シリーズBラウンドの資金調達後となる2018年10月です。当時、社員数は60-70人ほどでしたが、2022年5月現在は約10倍の約650人です。法務も当初は私1人だけでしたが、今は正社員4名+パートスタッフ2名体制で担当しています。
会社として急拡大されていますが、法務の増員を考えられたタイミングはいつでしたか?
入社して半年後から採用を考えはじめました。2人目の法務が入ったのは2020年の春だったので、1年半くらいは私1人でした。それ以降は、半期に1人のペースで増員しています。
着実に増えていますね!業務量に対応できなくなってきたというのが増員した一番の理由でしょうか?
最初はそうでしたね。日常業務の契約書レビューの量も増えるなか、海外投資家を含むシリーズCラウンドの資金調達もあり、どうしても法律相談等の対応スピードが落ちてしまう感覚がありました。
業務量だけでなく、業務のジャンルが分化しつつあったのもこのタイミングです。契約書レビューや法律相談などの「ビジネス法務」と、コーポレートアクション対応や総会・役会事務などの「コーポレート法務」を分担したほうが良いと考えるようになりました。基本的にビジネス法務の方がボリュームが大きいので、そちらをきちんと遂行できるスキルがある方かを重視して採用活動を展開していました。
組織拡大につれ、徐々に各業務が進化
現在法務ユニットで担当されている業務範囲と、小嶋さんが入社された直後の業務範囲とで何か違いはありますか?
単純に業務範囲が広がったというよりも、もとからあった業務がそれぞれ広く深く分化してきていると言った方が近いかもしれません。現在でこそ、各業務をビジネス法務、コーポレート法務、知財法務と分類して複数人で担当していますが、当時は自分一人からスタートしています。
例えばコーポレート法務に関していうと、私の入社後に取締役会が設置されたため、株主総会に加え途中から取締役会事務も行うようになりました。資金調達もレイターステージになるほど、調達金額や株主の数、取り扱う言語が増えて複雑になってきました。
また、知財も私の入社時に担当部署はなかったため、入社後に外部の専門家の力をお借りしながらスモールにはじめました。
最近ではリスクマネジメントにも注力しています。2020年秋には、リスク管理委員会を設置し、複数部署のメンバーとともに会社横断的にリスク調査・対応を行っています。
企業が急成長する過程で、リスク管理委員会が設置されるケースが多いですが、どんなことが設置のきっかけだったのでしょうか?
まずは、組織規模が大きくなって、各部門の業務や人員の全体像が見えにくくなったことが大きいです。また、お客様やステークホルダーの数が増えたことを踏まえ、より長期目線で経営を行うためにリスク管理活動が必要と考えたことも大きな理由です。
他社でも素晴らしいリスクマネジメント活動をされている会社はたくさんありますが、設置した瞬間からそのようにうまく回るわけではないので、先を見越して前倒しで設置し、少しずつ改善しているところです。
現在の法務メンバーの業務分担は現在どのようになっていますか?専門分化を始めているのでしょうか?
まだ4名ということもあり、はっきり区切るようなことはあえてしていません。ただ、ビジネス、コーポレート、知財、リスクマネジメント、オペレーションと領域を分けたときに、それぞれをメインで管掌するメンバーは決めています。採用の際にも、組織のスキルマトリックスを意識した上で現在手薄なところに強みをお持ちの方を探しているので、入社後もそれにマッチした働きをしてもらっています。
業界のアップデートが自分ごとになった
小嶋さん個人としては、一人法務からマネジメント側に移行していくにあたって、何か変化はありましたか?
実はそんなにうまくマネジメントに特化できている自信はないんです…。
プレイヤーとしての仕事もあり、手を離しきれていないというのが実際のところです。他のメンバーがプレイヤーとして忙しいときに自分も一緒になって手を動かさないのも気が引けますし、他方で自分はプレイの部分から離れて組織として成果を挙げることにもっとフォーカスすべきという想いもあるので、まだ自分のなかで割り切れていない部分もあります。
ただ、素晴らしいメンバーが来てくれているので、私が急にいなくなったとしても問題なく業務が遂行できる組織にはなっていると思います。
リアルなご感想ですね!
そうした状況のなかで、小嶋さんは法務ユニットのなかでどのような役割を果たしていきたいとお考えですか?
組織自体は猛スピードで成長を続けていますし、グループ会社でもどんどん新規事業を作っています。今年はSmartHRの創業者である宮田によってグループ会社Nstockも立ち上がりました。これにより金融の領域も新たに考慮する必要が出てきましたし、個人情報保護法改正への対応なども続けていかなければなりません。
そういった中で私は、当社グループが今後進む方向性やアクションを意識し、必要になる法務機能を予測した上で、現在の法務ユニットでは足りない要素やリソースを分析して先回りして準備を進めていきます。
弁護士事務所にいらっしゃった頃とは仕事の進め方が大きく違うように思うのですが、実際のところはどうですか?
そうですね、アプローチが違いますよね。
例えば前職では、キャピタルマーケットを専門にしており、その領域の情報を中心にキャッチアップすることを意識していたのですが、今だと会社運営上関係しうるあらゆる法改正が気になるようになっています。ビジネスに寄り添う度合いが大きいので、業界のアップデートも自分ごとになりやすいですよね。
こちらのインタビュー記事でも、能動的に情報をとっていくということをお話されていましたね!
はい、ただ気になるのは、アップデートだけではありません。他社の記者会見をテレビで見ているだけでも、当社の場合だったらどう対応するだろう…と考え込んでしまいます(笑)。
それはなかなかですね!(笑)
ただ、それは責任感の現れでもありますよね!
法務担当者としては、中長期視点で企業価値の向上にいかに貢献できるかが重要だと思っているので、そこに対して関係しそうなことであれば、法律に絡んでいるかどうかによらず、すべての情報が気になるという感覚が身につきました。法律事務所では「法的な観点は以上の通りで、ここから先はビジネスジャッジですね」と言っていたような場面でも、自分ごととして捉えられるようになったと思っています。
小嶋 陽太
2010年弁護士登録後、都内法律事務所にて一般企業法務・一般民事事件等に従事。2014年から西村あさひ法律事務所にてキャピタルマーケット分野を中心に従事し、国内企業のIPOや資金調達等を担当。2018年に株式会社SmartHRに移籍し、以後同社の法務全般・資金調達・リスクマネジメント等を担当。
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