作り込みすぎは禁物!経営との共通言語の数字で語る定量化された法務業務- ナイル株式会社 長澤斉氏<後編>

『実践 ゼロから法務!―立ち上げから組織づくりまで』(中央経済社、2023年)で、法務業務を定量化することの重要性を指摘したナイル株式会社 取締役でコーポレート本部本部長の長澤斉氏。経営陣とのコミュニケーションには数値を用いて語ることが欠かせないと言います。今回は、経営層が法務に求めることとは何か、定量化の重要性とその実践、そして同社法務チームの目標設定について、長澤氏に聞きました。

〈聞き手=山下 俊〉

目次

事業を語るときに使うのは数字、だから法務も数字で語る

山下 俊

ご著書『実践 ゼロから法務!―立ち上げから組織づくりまで』(中央経済社、2023年)では、目標や評価を定量的に表す重要性を指摘されていましたが、法務業務の定量化は難しいと感じている方も多いです。法務組織にも定量的なKPIを課されている背景を改めて教えてください。

長澤 斉

日々こだわって取り組んでいる自分たちの業務について、他の人に分かりやすく見せる方法を考える必要があります。その際、特に経営陣やマネージャーには、定性的な話をしても伝わりにくいです。売上やその達成に向けた各種KPI、事業についての議論の共通言語は数字ですから、法務業務もなるべく数字で説明する必要があると考えています。

取締役 コーポレート本部 本部長 長澤斉氏
山下 俊

客観的なデータがあれば、実務に精通していない方に対しての説得力も変わりそうですよね。

長澤 斉

説得力は数字から生まれます。法務を含め管理部門は予算の確保がしづらく、例えば増員を図りたくても、その必要性について説得が必須です。「現状で業務が回っているから大丈夫なのでは?」と言われた場合に、定量的なデータがあれば、売上推移や契約件数、その処理件数とを組み合わせて増員をしなければならない理由を客観的に説明できるようになります。

山下 俊

次に、定量的な指標の定め方を教えてください。
具体的なトラッキングすべき指標を長澤さんがご提示されたのでしょうか、それともメンバーのみなさんとの議論の中から出てきたものでしょうか?

長澤 斉

ベースは私が作りましたが、メンバーとの議論の上で決めました。更に言うなら、半年に一度見直すことにしています。指標が計測しづらい場合等は途中で数値を取ることを止めてしまうおそれもありますし、実際に業務を進める中で定量的把握をしたい数値も出てきますので、定期的な振り返りは重要です。

早く結果が見たい経営と作り込みたい法務

山下 俊

具体的に、現時点で貴社の法務ではどのような数字をトラッキングしているのでしょうか?

長澤 斉

まず、契約書については、処理件数と標準的な処理日数に対する実際の対応に要した日数を取得しています。具体的には、日本語かそれ以外の言語か、ドラフティングの要否、ベースが自社雛型か否かといった外形的情報から最初の処理日数の目標を設定します。この処理日数は、契約書の難易度に応じて変わります。例えば、日本語かつ自社の雛型で審査のみを行う場合には、当日中に処理するといったイメージですね。そして実際にこれらに何日かけたのかをトラッキングしています。

山下 俊

契約案件の具体的なデータはどのように集めていますか?

長澤 斉

契約書審査等の案件は、Slackワークフローで受け付けており、依頼は自動でスプレッドシートにまとめられます。ここからRPAで件数や対応期間等のデータを自動で集計していきます。

山下 俊

いいですね!工夫されているポイントがあれば教えてください!

長澤 斉

Slackで「対応します」というスタンプを押すことで依頼者と対応者が対応開始の認識をし、もしも「対応します」の押し忘れがある場合には案件漏れの可能性があるので翌日朝にSlackでリマインダーが送られる設定にしています。

山下 俊

最高ですね!ちなみに契約審査以外の定型業務はどのようにデータのトラッキングをされていますか?

長澤 斉

突然発生する問い合わせやトラブル対応、プロジェクトへの参画等は、件数と解決までの期間を確認するようにしています。実務的には、非定型的な法律相談もHubbleに格納してデータベース化し、過去案件の検索や振り返りをしやすいようにしています。他のメンバーによる過去の具体的な解決方法の提示のありようをはじめ、メンバー内でのナレッジの蓄積や共有に繋がるようにしています。

山下 俊

実際に個別の案件を振り返る機会もおありになるのですね?

長澤 斉

はい、定期的に個別の案件を振り返って、あの時はこう処理したよねとざっくばらんに振り返るようにしています。対応した時点から少し間を開けてこういった機会を設けるのがコツかなと思います。

山下 俊

振り返る機会がきちんと確保されているのは、情報やナレッジを属人化させないためにも重要ですね!
ちなみにこうした数値で目標を定めることにおける苦労はなかったでしょうか?

長澤 斉

確かに導入時は、基準の確からしさについてコンセンサスを取るのが大変でした。特に、契約書の難易度設定は、細かな点が議論になりがちでした。担当者からすれば自らの日常業務の成果に直結するため、パターン全てを定義したくなるのですが、実際に運用しようとするとキリがありません。最終的には、多少荒い定義だとしても、運用面を考慮した、シンプルな難易度設定に落ち着きました。

山下 俊

確かに定量化を進めようと思うと、どうしても作り込みたくなったりしますよね!

長澤 斉

ただ、経営としては結果をなるべく早く見たいので、定量化に当たって、指標やロジックの過度な作り込みは不要だと思っています。作り込んだ結果、集計に時間と工数がかかってしまったら、そもそも本末転倒ですから。もし定量化しきれない例外的な事情があるのであれば、これは例外的なこととして補足事項として記載すれば良いという割り切りも重要です。

達成度の評価は、もちろん事業部門にも聞いてみる

山下 俊

こういったデータは、個人や組織の目標達成度を図る指標として活用されると思いますが、そもそも組織の目標はどのようなプロセスで決まるのでしょうか?

長澤 斉

ルーティン業務に対しては、法務ユニットや経営管理ユニットといった各ユニット毎にKPIを定めています。プロジェクトの場合は、各ユニットに落とし込むのか、コーポレート部門横断で対応するのかを検討した上で、目標を設定していきます。

山下 俊

その目標に対しての達成度はどのように評価するのでしょうか?

長澤 斉

管理部門の業務の特徴でもありますが、ルーティン業務については100点が当たり前で、減点するかどうかを判断します。もし、達成できていない様子がうかがえた場合には、その都度声を掛ける対応をしていきます。一方、プロジェクトへの参画に対しては完遂状況を見て、プラス評価しますし、プラスアルファの成果を目指してもらいます。

山下 俊

そうした評価が翌期の目標設定に影響するかと思います。評価結果を次の目標に繋げるプロセスはありますか。

長澤 斉

当社ではランク表を細かく決めていて、自身のランクの一つ上の目標を見て、これを目指してもらうようにしています。前期の評価をもとに、次のステップに向けて強化すべきポイントを特定して、これを当期の目標の中に折り込んで補強していきます。

山下 俊

法務内だけでなく、事業部門からの評価を受けるような取り組みはありますか?

長澤 斉

はい。法務内での評価だけでは、独善的になってしまう可能性があるので、半年に1回、全社に対してアンケートを取っています。

山下 俊

具体的にはどういった質問をされているのでしょうか?

長澤 斉

「ミッションである『事業成長全力支援』を体現しているか」、そして過去半年間で起きた具体的な出来事に対するコメントを残してもらうようにしています。ネガティブなコメントをもらうことももちろんありますが、基本的には感謝を伝えるコメントが多いですね。コメントをもとに「あのときは大変だったね」とメンバーに声をかけたり、評価に繋げたりすることもできるので、他の会社にもおすすめしたい取り組みです。

山下 俊

過去半年間で」という点が重要そうですね!

長澤 斉

はい、一度ネガティブな出来事があると、極端にいえば数年経ってもその出来事をベースにコメントされてしまうことがあり得ます。ただ、法務も日々アップデートしていきますので、こうしたコメントは現在の法務にとってはプラスにはなりにくいです。なので、あくまでこの半年間の出来事に絞ってみるとどうか、という聞き方を意識的にしています。

企業法務の理想像はジェネラリストであること。興味次第で様々な可能性が広がる

山下 俊

最後になりましたが、前後編を通してお話を聞いていると、貴社では「法務」というよりは「コーポレート」として事業を支援するという意識が強い印象を受けました!

長澤 斉

そうですね。あまり縦割りの組織にしたくないという思いが反映されています。マネージャーはユニット毎に配置されていますが、それぞれ協力しながらコーポレート部門の目標を達成していくという共通認識を持っています。必要があれば法務でも経理の仕事をやってもらって構わないし、経理でも法務領域に口を出していい。コーポレート領域全体としてベストを尽くしていくことが重要です。

山下 俊

「事業成長全力支援」のために管理部門が一体となっているということですね!
法務も一人のビジネスパーソンであるはずなのですが、世の中では法務を必要以上に特別視してしまう傾向があるかもしれません。

長澤 斉

確かに、法務はスペシャリストであり、特別な存在だと認識している方は多いかもしれませんが、私はジェネラリストであることこそが法務の理想像だと考えています。場合によっては、営業をしてもいいし事業企画をやってもいい。その際に、契約書を作成できるという専門性は法務人材の大きな強みになるはずです。法務は総合力が高い方が多いので、自分の興味次第で様々な可能性が広がっていくと思っています。

山下 俊

ありがとうございました!


★今回のLegal Ops Star★

長澤 斉(ながさわ ひとし)

ナイル株式会社 取締役 コーポレート本部 本部長

2007年、中央大学在学中にインターン生としてナイル株式会社に参画。 セールス業務に従事しつつ、 管理本部の構築を担う。その後執行役員を経て、2010年に取締役に就任。コーポレート本部の担当として法務・財務・会計・IR など管理部門の関連業務を幅広く管掌する。 事業部門としての業務経験も活かし、管理部門の「事業成長全力支援」を体現する。

(本記事の掲載内容は、取材を実施した2023年7月時点のものです。)

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