法律事務所、コンサルティング会社、スタートアップを経て2024年に独立した法律事務所Verse代表弁護士の金子晋輔氏。多彩なキャリアを歩んできた彼は今、本格的なAI時代の到来に熱い視線を向けています。「ChatGPTは、待ち望んでいたテクノロジー」と語る金子氏に、これまでのキャリア変遷と、AIが法務分野にもたらす変革への期待をお聞きしました。
GPT-4 搭載の無料で使えるAIチャットアプリ「Copilot」(コパイロット)を皆様と一緒に使いながら法務業務における GPT 活用ワークショップを開催しました。以下よりご覧頂けます。

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〈聞き手=山下 俊〉
将来への不透明感が強い世代。自身のブランド価値について模索する日々

本日は宜しくおねがい致します!
早速、金子さんのキャリアについて伺いたいのですが、大学時代からの変遷を教えていただけますか?



私は2002年に大学に入学しました。当時は21世紀になったばかりの”世紀末明け”で、就職氷河期が明けた頃でもありました。『「クビ!」論。』といったリストラに関する本が話題になるくらい、これからどうなるかわからないという不安が蔓延していた時代です。ITへの期待はあったもののドットコムバブルも崩壊後で、将来への不透明感が強かったんです。



そんな時代背景のなかで、当時の金子さんはどのような考えを持っていたのでしょうか?



「自分の人生は自分で切り拓かなければならない」と強く感じていました。上の世代を見ても、これからどうなるかわからない。社会を全然信じていなかったんです。『キャリアショック』という本を読みながら自分の行く末を考えていました。また、当時インターネットやガラケーなどのビジネスの主導権は上の世代が握っていて、私たちの世代はどこか蚊帳の外という感じでした。



ちょうど狭間の世代だったんですね。具体的にどのような行動を取られたんですか?



大学1年生のときから、サークルでビジネスコンテストの運営をしたり、グロービス社のマーケティングの本を読んだりして、自分のブランド価値やポジショニングについて考えていました。大学2年生の頃には、大企業の社内プロジェクトとしてガラケー向けの新規事業開発プロジェクトに携わりました。これが私のベンチャー文化との関わりの原点です。
法律事務所→コンサル→スタートアップというキャリアで、意図的に業務範囲を拡大



弁護士になられた後は、どのような考えでキャリアパスを歩まれてきましたか?



2010年に弁護士になり、テクノロジーへの興味から主にIT/ICT領域を担当しました。M&Aだけでなく、特許訴訟やシステム開発訴訟なども扱っていましたね。その後、DXの波が来た際、自分もそこに携わりたいと考えたのですが、法律事務所ではまだDX案件が少なかったので、アクセンチュアに転職しました。



アクセンチュアではどんな業務を経験されたのですか?



法務担当者ではあったのですが、積極的にビジネスサイドにも関わり、営業担当と一緒に顧客先へ出向き、契約交渉に参加していました。多種多様なDX案件に関われて、とにかく楽しかったですね。ただ、ビジネスサイドに関われば関わるほど、サービスやプロダクトにもっと関与したいという思いや、DXの次に来るだろうUXを理解したいという思いが強まりました。



はい、delyはUXに優れたクラシルなどを提供しているため、魅力的でした。
一方で、当時のdelyのビジネスモデルは、私がガラケー時代から親しんでいたメディア事業であり、どことなく懐かしさも感じていました。大学1-2年生の頃に触れたベンチャー文化や学生起業家の情熱を思い出し、やりきれなかったビジネスに再度チャレンジしてみたいという気持ちもありましたね。



delyではどのような役割を担われていたんですか?



はじめは法務からスタートしましたが、徐々に法務と総務を両方担当することになり、マネージャーになった後は情シスや経理など管掌範囲が広がっていきました。また、上場準備や内部統制、リスクマネジメント、取締役会事務局などコーポレート法務も担当しました。役員になった後は、採用や労務も一時期管掌していましたね。



幅広い業務を担当されたんですね。ご自身の知見を広げるために責任範囲を広げていったというイメージでしょうか?



そうですね、意識的に自分のケイパビリティを広げようとしていました。今後のキャリアのためにも、MBAで学ぶようなことを実地で一通り学んでおきたいという気持ちもありました。会社の成長フェーズとニーズも私の学習意欲と合致していました。スタートアップの成長フェーズで隙間が空いたところに応急処置的に人を当てがう「大きな絆創膏」のような役割を果たしていたように思います。



そして、delyを退職され、法律事務所Verseを開業されました。



delyに所属していた最終期に登場したのがChatGPTでした。ようやく手触り感のある新しいテクノロジーが出てきたのでめちゃめちゃディープダイブしたくなりました。でも企業に所属していたら目の前の仕事があるわけで、それに全振りできない状況に歯がゆさを感じていました。退職に際しては、delyの同僚も「金子さんは好奇心ドリブンだから仕方ないなあ」という感じで理解してくれて、本当に感謝しています。



法律事務所の傍ら、生成AIに関する発信も非常に多いですよね!



はい、AIの領域を中心に自分の興味に従ってやりたいことをやっています。エンジニアではないので”LLM無職”というにはおこがましいですが、かなりギャップイヤー状態です(笑)。ただ、仕事をしてきたこの15年間のなかでカバーしきれていなかった知識を、一気に吸収しているような感覚があります。
また、インプットだけでなく、アウトプット経験からも学びたいので、dely在籍中からこれまで2年程度、AI活用に関するウェビナーに登壇したり、ボランティアで小学生、高校生、大学生、社会人に対してAI活用のセミナーや1on1を行って、学びの楽しさを広げる活動をしています。また、企業や士業向けに、AIを活用した採用・労務コンサルティングや、BtoBのマーケティング支援なども行っています。今後は、どんどんAIプロダクトを作って行きたいですね。


ChatGPTは、長年待ち望んでいた理想のテクノロジーだった



ChatGPTの登場に対して、具体的にどんな感情を持たれたのでしょうか?



子供の頃からこうしたテクノロジーをずっと待っていたので、嬉しかったですね。「ようやくかよ、俺もう40歳になっちゃったよ」って。



「すごい」ではなく「嬉しい」なんですね!



1995年頃、Windows95の普及によってこれからはコンピューターやインターネットの時代になると認識していた一方、HTMLなどを書いてみても直感的ではなく、自分の作りたいものが思うように作れない。何よりも私は、道具であるコンピューターに自分が合わせるということが嫌だったんですよね。「そんなに賢いんだったら、こっちの言葉も理解してよ」と思っていたんです。





なるほど。人間の言葉をコンピューター側が理解すべきだと考えられていた中で、ChatGPTの登場によって、コンピューターのインターフェイスがようやく人間に合ってきたと感じたわけですね!



米国では、訴訟関係のリーガルテックが進んでおり、大量のドキュメントや構造化・非構造化データを扱って最終的には陪審員という法律の素人でも理解できる形へ加工するなど、コンピューターと人間の協働が進んでいるのを目の当たりにしました。



本当に米国だと、AIを活用したリーガルテックの数も日本とは桁違いに多いですからね。e-discoveryや証拠整理など訴訟のためのツールも多いですし。



私自身も、外資系企業の自動翻訳技術を使ったプロジェクトなどにも携わるなかで、自分がこのまま弁護士を続けていくとなると、どこかのタイミングで、言語の壁を超えてコンテクストを考える仕事は機械に代替されるだろうと思うようになりました。2017年にDeepLが登場したときには、テクノロジー方面にシフトする必要性を痛感しましたね。
(上記リンク内の「特集 スタートアップの法務」でも同様の言及がある)



日本語と英語の壁が越えられるのであれば、人間の言語とプログラミング言語ももっとシームレスにつなげることができるはずだという仮説をずっとお持ちだったということですね!



体系的に学習すれば”弁護士語”を習得できるように、コンピューターも人間の言葉を理解できるはずだ、と。法律の世界は論理的に構築されているので、コンピューターが得意とする分野だと確信していたんです。LLMと毎日対話している中で、非論理的な部分や経験則の難しさは今になって理解しましたが、それでも、論理の世界ではコンピューターが人間を上回ると考えています。



確かに今思えば、法務や法律の世界でも、使う言葉に隔たりがあり、専門家と非専門家の間に壁を作っていましたね!



法律は公共財なので、本来は、法律の利用者の使う言葉に関係なくその利益が享受できるべきだと考えています。弁護士が人力で言葉の壁を解消することに腐心する状況は持続可能性がなさそうだなあ、とずっと違和感があり、だからこそ、心から待ち望んでいた技術だと感じました。法務の仕事をより楽しくしてくれる技術だと思っています。



なぜ金子さんがここまで熱量高く今のAIに期待されているのか、よく理解できました。後半では、法務分野でのAI活用について具体的なお話を伺っていきたいと思います!




金子 晋輔(かねこ しんすけ)
法律事務所Verse 代表弁護士
弁護士(日本・ニューヨーク州)。伊藤見富法律事務所(Morrison & Foerster)にて 知財、システム開発、M&A、国際取引、訴訟・仲裁、プロボノ等に従事。その後、アクセンチュア株式会社法務部マネージャーとしてアウトソーシング、システム開発、知財、M&A、業務効率化、採用、社内教育(交渉ワークショップ、ケーススタディ共有会 )等の経験を経て dely 株式会社法務責任者、コーポレート担当執行役員、採用・労務責任者等を経験。X(@kaneko_sh)では GPT の活用事例も投稿している。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2024年7月時点の情報に基づき、2025年1月に追加取材した内容を追記したものです。)
2025年3月19日に、法務人材採用に悩む企業の法務部長・課長の皆様とともに、生成AIを活用しながら、法務人材の採用・定着について議論するワークショップを開催します!


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