法務人材の採用難等を背景に、法律事務所に所属する弁護士が「法務受託」として業務委託の形態で企業へ参画するケースが増えてきています。今回は、法務受託サービスを提供する法律事務所forkの藥師神豪祐弁護士に、法務受託のやりがい、具体的な導入事例、企業が法務受託を利用する際に気をつけるべき点等について伺いました。
〈聞き手=山下 俊〉
法務受託している弁護士が古株になるほどコミットする
さて、法務受託を担う弁護士は、具体的にどのような働き方になるのでしょうか?
基本的に当事務所では、法務受託のメリットを享受してもらえるよう、主担当とサブ担当の2名体制で引き受けています。主担当が動けないときにサブ担当が対応したり、相談やリサーチなどは2人で分担したりといった具合です。
主担当として関われる企業は1人1〜3社程度ですね。需要は多くあるのですが、断腸の思いで絞り込んでいます。
それだけ特に主担当は、深く企業にコミットするということですね。
あまりに多くの企業を担当してしまうと、ただの契約書のレビュー屋さんになってしまったり、社内メンバーとして会社の問題に気付けなくなったりするおそれがあると考えています。法務受託は、クライアントに溶け込んで、その企業の個性に適した法務機能を提供しなければならないので、SlackやTeams等のビジネスチャットツールをはじめ、クライアント企業に合わせたツールを使うようにもしています。
ツールや業務フローなどからクライアントに合わせるというのは非常に重要ですね!
特に法務受託開始直後は、まずその企業の文化や業務の在り方を知るために、従来から使われているツールを使いながら、既存の業務フローを回します。
一方で、クライアント企業側の業界標準や相場感を知りたいというニーズも多いため、他の企業で使用経験のあるより便利なツールをお勧めすることもあれば、ツールやシステム導入や業務フロー改善のプロジェクトに関わることもあります。
改めて、前編でも話題になった点ですが、顧問と法務受託の違いは、受動的に仕事を行うのか、能動的に仕事を取りに行くのかという点にあるのかもしれませんね。
日々、Slackをはじめとするチャットツールで事業部門のメンバーともやり取りしているので、その会社が何を重視しているのか、どのようなカルチャーなのか等、法務受託でなければ踏み込みづらいところまで行けるし、行かないといけないと思います。「ここは譲れないけど、ここは冒険できる」という線引きは会社によって違うので、そこを把握できているのが法務受託の大きなポイントかなと。
外部からはなかなかそこまで理解しきれないですよね。
法務受託はもう6年ほどやっていますが、人の入れ替わりが激しいスタートアップでは古株になることもあります。事業部の社歴の浅い方から「これは誰に聞けば良いですか」など、法務とはあまり関係のないことまで相談されたり…むしろそこがいちばんバリューを出せる部分なのではと思うくらいです。
確かに、元来法務は情報が集まりやすい性質の部門でもありますからね!
加えて、関わり方にもよりますが、法務受託では、事業拡大や成長に寄与するために、数字を追いかけることも重要です。一緒に仕事をする若手には、外から単にリスクを指摘するのではなく、リスクテイクを支援するのが仕事だと伝えています。数字を作るために自分ごととして仕事をしなければならない点も、法務受託ならではだと思います。
法務受託でも「丁寧にヒアリングし、わからないことは聞く」に尽きる
法務受託を担う弁護士は、チームの一員として事業にもコミットしながら業務を行うとのことですが、どのようにしてその会社の事業理解を深めていくのでしょうか?
法務受託として会社に入ってから理解するというより、そもそも業界をよく理解している人が法務受託を受けることが多いです。当事務所としても、スポーツやエンタメ系の業界の企業については、もともとその領域に専門性のある弁護士をメイン担当とするケースが多いです。
企業側から「この弁護士に担当してほしい」と要望することもできるのでしょうか?
はい、当事務所では選べます。提携している法務受託弁護士をご紹介し、当事務所がバックアップすることも多いです。顧問の場合は、担当弁護士の情報があまり多くないケースもありますが、当事務所では、積極的に弁護士側の情報を開示するようにしています。業務委託社員を採用するのと同様、経験やスキル、カルチャーフィット、事業への関心等を踏まえ、お互いの合意のもとで担当を決めたいという思いからです。
確かに、事業への関心がなければチームの一員として事業にコミットすることは難しいですよね。
そうですね。担当者を決める際、何より弁護士側が企業の事業に関心を持っていることは重要なポイントです。事業は人間が行うものですので、人間同士のコミュニケーションがうまくできるかどうかが事業の成功には重要だと考えています。
そういった法務受託のクライアントとのコミュニケーションで意識されていることがあれば教えてください。
丁寧にヒアリングをする、わからないことがあればきちんと聞くということに尽きます。特に、ビジネスモデルや商流、その企業がこだわりを持っているポイントは深く理解した上で仕事を進めるように努めています。
ここまでお聞きしていると、法務受託は事業にコミットするゆえ、弁護士がやろうと思えばいくらでも業務範囲が広がってしまいそうですし、クライアントの期待も大きくなってしまいそうですが、この点はどのようにコントロールされているのでしょうか?
当事務所では、稼働時間により、2つのプランをご用意しています。弁護士側がどれくらい時間をかけるのかを、企業側ともきちんと認識を合わせておくことが重要だと考えています。とはいえ、比較的ライトなプランからスタートした企業でも、プランを上げてもっとガッツリ関わってほしいという要望をいただくケースも多いです。
重ねてにはなりますが、やはり潜在的な需要があるサービスなのですね!
法務受託には「コミュニケーション能力」が必須
インハウスでのご経験、事務所での弁護士としてのご経験を踏まえて、法務受託のやりがいはどのようなところに感じられていますか?
弁護士側からすると、複数の組織に深く関わりながら価値提供できることは非常に良い経験になると思います。企業側からしても、自社の業界の専門性と相場感を持った弁護士が法律事務所のリソースも用いながら自社に協力してくれることのメリットは大きく、嬉しいのではないでしょうか。
先ほど、ハードスキル面でクライアント企業の業界の専門性があることを、法務受託に必要な要素として挙げて頂きましたが、ソフトスキル面はどうでしょうか?いわゆる「法務受託に向いている弁護士像」を教えてください。
徹頭徹尾、コミュニケーション能力だと思います。法務受託では自分で動いて情報を取ってくる必要があるため、日々の密なコミュニケーションが重要です。情報を取る手段に正解や決まりはないので、普段から能動的に動いて情報収集するやる気と行動力がポイントになるでしょう。
となると、fork法務事務所としても、法務受託ができる弁護士の採用要件は結構厳しそうですね!
採用は難しいですね。少なくとも、インハウス経験は必須だと思っています。やはり、実際に正社員で法務として働いたことがないと、日々どのようなことをしていいかが分からないので、インハウス経験のある方を採用する方針で考えています。
インハウス経験という要素は、前出の業界の専門性というハードスキル、コミュニケーション能力というソフトスキルのいずれとも相関していますね!
最近では若手の方からも相談を頂くようになってきましたが、法務受託をやりたいのであれば、まずは一度、入りたい業界や入りたい会社を見つけて、正社員として働いてみることをおすすめしています。
企業が法務受託サービスを提供する弁護士事務所を選定する際も、インハウス経験や業界の専門性のある弁護士に依頼できるか等を確認することが重要ですね。本日は、貴重なお話ありがとうございました!
藥師神 豪祐 (やくしじん こうすけ)
法律事務所fork 代表
第一東京弁護士会所属。東海高校卒業、東京大学経済学部卒業、東京大学法科大学院修了。2015年3月に法律事務所forkを設立・代表。主に法務部門の外注を引き受ける形でリーガルサービスを提供。取引先は合同会社DMM.com、株式会社Candeeを含むテック企業、エンタメ企業(スポーツ・eスポーツ・音楽等)を中心に、その事業規模は東証プライム上場企業からスタートアップまで様々。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2023年12月時点のものです。)