事務所からベンチャーのインハウス、そしてまた事務所へ -法律事務所 LAB-01 植田貴之氏-<前編>

知財ブティック系法律事務所に勤務した後、採用サービスを手掛けるベンチャー企業、ウォンテッドリー株式会社のインハウスロイヤーを経験した植田貴之氏。その後、法律事務所 LAB-01に参画し、IT・スタートアップ関連業務をはじめ、企業に対する幅広いサポートを担当した後、現在はUC Berkeleyの客員研究員として、スタートアップ法務について学んでいます。前編では、主に事務所とインハウスとの違いを中心に、植田氏のこれまでのキャリアについて伺いました。

〈聞き手=山下 俊〉

目次

プロダクトや事業開発に関わりたかった

山下 俊

本日は宜しくお願い致します!
まずは、植田さんのこれまでのキャリアの概要を教えてください。

植田 貴之

一番最初に入ったのは、著作権や特許、その他知的財産権などの分野に強みがあるインフォテック法律事務所です。ブティック系の事務所でしたが、企業法務から破産、相続、交通事故まで、かなり幅広い案件を担当しました。
こうした幅広い経験が、後のウォンテッドリーでの業務にとても役立ちました。

植田 貴之

初の法務専任社員としてウォンテッドリー株式会社へ入社したのは2018年。同事務所に5年ほど在籍した後です。職場の雰囲気や一緒に仕事をする人たち、仕事のやり方、人付き合いなど、すべてが180度変わりましたね。

法律事務所 LAB-01 植田貴之氏
山下 俊

大きな転換ですね!
法律事務所から事業会社、とりわけスタートアップ企業へキャリアチェンジするきっかけは何だったのでしょうか?

植田 貴之

もともとモノをつくったり、新規事業を開発したりといった領域に興味があったので、開発部隊となるべく近い距離で法務の立場からプロダクトや事業開発に関わる経験ができればと思ったためです。
大企業だと分業が進んでいて難しいところもあると思いますが、スタートアップであればそうした経験ができるんじゃないかと、いろんな人の話を聞いていて感じました。

山下 俊

ありがとうございます!
とはいえベンチャーやスタートアップと呼ばれる企業に、インハウスとして転職するのは結構大きな決断だったと思うのですが、不安はありませんでしたか?

植田 貴之

正直、めちゃくちゃ不安はありました
当時も、法律事務所からインハウスに転向する人たちはいましたが、そのほとんどが大手企業で、スタートアップへ行く人はほぼいませんでした。

自分がスタートアップに向いているかどうかは働いてみないとわからないし、スタートアップの人たちとうまくやっていけるかどうかもわからない、自分に何ができるかもわからない……転職の際に2か月ほど時間がありましたが、ずっと不安でしたね(笑)。

インハウスの経験をきっかけに、仕事や興味の幅が広がった

山下 俊

そんなウォンテッドリーでの勤務と並行して、LAB-01に参画された理由は何だったのでしょう?

植田 貴之

ウォンテッドリーでの業務を通じてスタートアップ界隈の知り合いが爆発的に増える中、少しずつスタートアップに存在する法務課題みたいなものが見えてきました。その頃、当時メルカリで法務をされていた齊藤さんに出会い、より高い視座で社会課題へのソリューションを提供できる事務所を作りたいという話を聞いて、そのままLAB-01にも参画させてもらうことになりました。

LAB-01は、こうした価値観のもとに、インハウス、起業、官公庁勤務、大学准教授など幅広い業務経験を有するメンバーが集まったユニークな事務所です。

植田 貴之

事務所の運営自体はまだまだ試行錯誤しているところではありますが、単に法律に関する知見を提供するだけでなく、これまで弁護士がやってこなかった業務にも果敢にチャレンジして、会社の成長や社会の変革に深く貢献できるような事務所にしていきたいという思いが根底にあります。

山下 俊

すごく楽しみですね!
さらに植田さんご自身は現在、UC Berkeleyで客員研究員をされていますね。

植田 貴之

UC Berkeleyの日本研究センターというところで客員研究員をしています。大学の授業をいくつか受けつつ、アントレプレナー、VC、アクセラレーターなど多くの人にお会いして、スタートアップに関わる弁護士が今後どうあるべきかを日々模索しています。

あるアクセラレーターから聞いたのですが、シリコンバレーでスタートアップに携わる弁護士は、豊富な起業やインハウスの経験を持っている人も多く、リーガルアドバイスだけではなく、採用やプライシングのアドバイスまですることがあるそうです。日米の弁護士業界の競争力の違いも影響しているとは思いますが、個人的にはとても示唆的なエピソードでした。

当日は、米国に滞在している植田氏と、国境と太平洋を越えたWEB会議でお話を伺いました!

外部弁護士とインハウスロイヤーの魅力の違い

山下 俊

外部弁護士とインハウス、両方の立場を経験されてきた植田さんに、それぞれの「やりがい」について伺いたいです!

植田 貴之

プロダクトや事業の開発にゼロから最後まで関われるということが、インハウスの大きなやりがいの1つです。自分が携わったプロダクトで社会が変化をしていくことを実感できるのはインハウスならではですね

また、エンジニアやデザイナーは普段何を考えているのか、どのようなこだわりを持ってプロダクトを開発しているのか……日々のコミュニケーションを通して彼らの価値観に少しでも触れられたということも、非常に良い経験でした。エンジニアがユーザー体験の向上を目指している中で、またデザイナーがより良いUIの実装を目指している中で、法務が下した意思決定の結果、UXやUIが低下してしまったら、それは会社の目指している方向とは乖離している可能性が高いですよね。

山下 俊

企業全体の方針を理解して業務を進めるのが大切ですよね。
そのあたりの意識は、外部弁護士として働かれているときはいかがでしたか?

植田 貴之

私がまだ経験が浅かったということもあるかもしれませんが、法的なアドバイス、特に法律的な解釈をお伝えするので精一杯でした。今振り返ると、もっと会社の意思決定を見据えて有益な情報が提供できたのではないかという思いはあります。
それも、全てインハウスを経験した今だから言えることですが。

山下 俊

なるほど!
ほかに外部弁護士との違いを感じたことはありましたか?

植田 貴之

いくつかあります。まず、インハウスは、意思決定を求められる場面がとても多いです。意思決定をするということは、そこに対する責任が生まれます。

特にスタートアップの場合、経営層に対して直接自分の意見を伝えて、それを尊重してもらえる機会も多いので、時には会社にとって非常な大きな判断をしないといけない場面にも出くわします。そうしたヒリヒリする経験ができるのは、インハウスならではだと思います。

山下 俊

植田さんは、他にもリーガルオペレーションに関する業務なども幅広く実施されていた印象があります!

植田 貴之

報酬発生を気にせず、会社・事業の役に立つことであれば何でもできることもインハウスの魅力だと思います。外部の弁護士に頼むとなると、まずはコストに見合うかどうかという判断が生じますが、インハウスであれば、自分の持ち場さえしっかり守っておけば、やりたいことをやれる環境にあります。

私自身、社内のリーガルオペレーションの整備だったり、プロダクトに関わるルールメイキング、セキュリティといった業務は、自分から手を上げて試行錯誤しながらやらせてもらえました。

山下 俊

一方で、法律事務所の弁護士ならではのやりがいもあると思います。

植田 貴之

やはりさまざまな会社と関わりを持つことができるので、いろんなビジネスモデルやサービスを知ったり、組織を経験したりできるのは、大きな魅力だと考えています。スタートアップでは、複数のプロダクトやビジネスモデルを経験することはそう多くないので、異なるビジネスモデルに関する知見を蓄積するのは難しい場合もあるかもしれません。

そういう意味では、色々なビジネスモデルを経験している他の弁護士と一緒に事務所の弁護士としての業務を行うことは、インハウスとはまた違ったやりがいがあると思いますね。

「外部弁護士とインハウスの境界はなくなると思う」

山下 俊

植田さんのなかで、インハウスに向いている人、外部弁護士に向いている人との違いには、どのようなものがあると感じられていますか?

植田 貴之

やはりインハウスは、社員全員と向き合う必要があるため、コミュニケーション能力が非常に大切です。特にスタートアップでは若い社員も多いため、契約周りの基本的なところも含めて丁寧にコミュニケーションをすることが、社内のリテラシーを上げるうえでもとても重要です。また、カスタマーサービス部門を通じて、ユーザーとのコミュニケーションを行うことも多々ありますが、専門的なことであっても分かりやすく噛み砕いて説明をしなければ、ユーザーに理解してもらえず、結果としてユーザー体験を低下させることに繋がります。

一方で、より専門的な知識を活かして仕事をしたい、プロフェッショナルコンサルタントとしてキャリアを積みたいといった指向が強い場合は外部弁護士が向いているのではないでしょうか。

山下 俊

そういった意味では、インハウスと外部弁護士との役割分担は、今後も明確に区別されるイメージなのでしょうか?

植田 貴之

いえ、必ずしもそうではないと思っていて、今後はインハウスと外部弁護士の境界はどんどんなくなっていくとも考えています

今、インハウスを経験してから事務所弁護士になる人が増えており、こうした弁護士はインハウス実務に対する理解も深いので、インハウスから外部事務所への委託の範囲はどんどん広がり、ハードルも下がっていくように思います。最近では、法務機能を丸ごと受託する事務所も出てきていますよね。

今後は、ビジネスモデルの構築、契約オペレーションの整備、法務人材の採用、マネジメントなども、外部の弁護士がサポートする世界が来るように思います。

山下 俊

なるほど、今まで以上にクライアントの事業や業界をきちんと理解しなければ、本当に価値を与えられる外部弁護士になるのは難しいかもしれませんね。

植田 貴之

外部の弁護士としても、リーガルアドバイス以外のところの業務を開拓することは、自分たちの市場を広げることにもなるので、悪いことではないと思います。

ただ、現状の企業からの認識は、弁護士=「法律」の専門家なので、法律以外の業務を弁護士がやることはそもそも期待されていないのかなと。まずは、僕たちも色んな経験を積んだうえで、より幅広い役割を担っていければいいんじゃないかなとは思っています。

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