ベンチャー・スタートアップにおけるリーガルサービスの理想像 -法律事務所 LAB-01 植田貴之氏-<後編>

ウォンテッドリー株式会社初となる法務の専任担当者として、法律事務所からインハウスへと転向した植田貴之氏。急成長するベンチャー企業のなかで、リーガルオペレーションの効率化を推し進めてきました。後編では、同社での経験をもとに、ベンチャー・スタートアップにおけるリーガルサービスの理想像について伺いました。

〈聞き手=山下 俊〉

目次

少人数でスケーラビリティのある組織を構築するために

山下 俊

植田さんはウォンテッドリーで、社内でのリーガルオペレーションの効率化に取り組まれてきました。何かきっかけがあったのでしょうか?

植田 貴之

記事にもある通り、法務を含めたコーポレートチームは、たとえ売上が増えたとしても、なるべく同じ組織規模・同じ仕組みで会社のスケールに貢献するという方針で業務を行っていたんですよね。そのため、業務タスクが増えたときに、人的リソースをつぎ込んで解決するのではなく、なるべく効率のよい業務フローをつくることが求められていたというのが大きいです。

植田 貴之

また、開発やビジネスの現場からすると、法務のプロセスって、どうしても「最後に待ってる大きな壁」っていうイメージがあるので、少しでもそうしたネガティブな印象を取り除きたいという気持ちも個人的にありました。

山下 俊

少ない人数でスケーラビリティのあるオペレーションを構築する」——すごく良い言葉ですよね。法律事務所に所属していたら、なかなか考えないことだと思います。

植田 貴之

外部弁護士の報酬体系って、タイムチャージ方式がベースになっているところが多いので、企業に対して業務効率化に関するコンサルティングを提供するインセンティブは発生しにくいですよね。

本来であればコモディティ化されるべき業務についても、通常の料金でサービス提供しているわけです。ただ、AIを使った契約レビューサービスに代表されるように、こうした業務を代替してくれるサービスはどんどん出てきています。

法律事務所 LAB-01 植田貴之氏
山下 俊

スケーラビリティの観点ではテクノロジーの活用も大事かと思いますが、上記の記事にもあった通り、法務を含め全社的なコミュニケーションツールとしてGitHubを活用されているのが特徴的でした。

植田 貴之

一般的にGitHubは、エンジニアのソースコード管理やナレッジシェアのツールとして使われることが多いと思いますが、ビジネスやコーポレート組織でも活用の余地は十分あると思います。

植田 貴之

自分自身がウォンテッドリーに一人目の法務専任者として入社した際も、これまでの外部弁護士の方が行っていた契約書レビューの記録や論点に対する検討過程がすべてGitHubに残っていたので、それまでの方針と大きくブレることなく業務を進めることができました。

植田 貴之

法務業界って割と自分の思考過程を公にすることに抵抗がある人が多いイメージがあり、当時の自分も例外なくそうだったのですが、エンジニアが大事にしているナレッジシェアの文化が、法務でも重要であることを入社時に痛感しましたね。

法務専任者の採用時期も、外部弁護士がアドバイスできれば

山下 俊

ここからは、ベンチャーやスタートアップでのリーガルサービスのあり方についてお聞きしていきます。
植田さんのご経験上、スタートアップ企業はいつの時点からきちんとしたリーガルサービスを受けておくべきとお考えですか?

植田 貴之

ビジネスモデルによって異なると思います。
たとえば、業法規制が厳しい産業や扱うデータがセンシティブなサービスなどは、後々の影響が大きいので早めに対処しておいたほうが良いでしょう。

一方で、そこまで複雑ではないビジネスモデルやプロダクトの場合、ある程度会社と近い距離で業務を進められる外部弁護士に法務業務を委託し、法務専任の社員を獲得する時期を遅らせるという方法もありだと思います。

植田 貴之

とはいえ、たとえば、プロダクトのリスクの洗い出しだったり、会社のカルチャーに即した意思決定など、インハウスでなければできない仕事はもちろんあるので、どのくらいの時期から専任者を採用しなければならないかというところまで含めて、外部の弁護士がアドバイスできると一番良いですよね。

外部弁護士が壁打ち相手になる

山下 俊

ベンチャーやスタートアップの方々が自社にとって適切なリーガルサービスを提供してくれる弁護士を探そうと思った場合、どうやってアクセスしていけばよいでしょうか?

植田 貴之

これは難しい話だと思います。
インハウスの経験がある人であれば良いかと言われると別にそういうわけでもないし、紹介をしてもらった人が必ずしもマッチするとも限らない。

まずは一定期間一緒に仕事をしてみて、その人のスキルや感覚が会社のカルチャーにフィットするかを見てみるのがいいのではないでしょうか。会社の採用に近い部分はあると思います。

山下 俊

なるほど!
ちなみにその際にどんな点に気をつけると良いでしょうか?

植田 貴之

いくつかポイントがあります。
まずは、自分たちのビジネスモデルへの理解や、つくりたいプロダクトへの共感です。スタートアップは特にそうですが、企業は自分たちの目指す社会を実現するために企業活動をしているわけで、そこへの共感ができなければ、会社の実現したいこととは異なるアドバイスをしてしまうケースもなくはないと思います。

山下 俊

確かに、ベクトルの違うアドバイスをもらってしまうケースは定期的に耳にしますよね…。

植田 貴之

加えて、インハウスだった立場として言うと、会社の意思決定に役立つアドバイスがもらえるとありがたいですよね。
会社として知りたいのは、「法的にはこうです」というルールの説明ではなく、既存のルールを踏まえて次にどういうアクションを取るべきかということです。「こういったリスクがあります」と言われただけでは、正直このまま進めるべきか、違う方法を模索すべきなのか判断が付かないことが多いんですよね。

インハウスの時に相談をさせていただいていた外部弁護士の方々は、リスクの大きさを適切に評価してくれたり、時には意思決定の背中を押してくれたりしていて、とても助かりました。

山下 俊

前職のご経験も踏まえて、植田さんは、外部弁護士にはどのような業務を依頼するのが良さそうと感じられていましたか?

植田 貴之

社内にインハウスが増えてくると、外部弁護士に依頼する内容も変化していくと思います。自分に知識がない分野について相談をすることはこれまでどおりあると思うのですが、そうでなくとも議論の壁打ち相手をお願いするというケースもどんどん増えてくると思います。

私自身一人法務をやっている時期がありましたが、外部弁護士の方に「自分ではこう考えているけれど、どう思いますか?」という感じで議論をさせてもらいながら、最終的な意思決定をするということはよくありました。

山下 俊

たしかに「もう一人の法務」という役割は、特に少人数法務の場合、外部弁護士の活用方法の1つになりますよね。植田さんのなかで、インハウスと外部弁護士の役割分担の理想形はありますか?

植田 貴之

今後、インハウスと外部の弁護士の人材の流動性はますます高まっていくと思います。
それが何を意味するかというと、インハウスはこれまでインハウスが担っていた仕事であっても外部弁護士に委託しやすくなるし、外部弁護士は、そうした仕事にも対応していかなければいけなくなるということです。例えば、契約オペレーションの整備を事務所に委託するといったことも出てくるのではないでしょうか。結果としてインハウスと外部の境界が取り払われていって、求められるスキルが似てくるんじゃないかなと。もちろん、高度な専門性を有する弁護士の必要性は変わらないので、これまでどおりの価値を変わらず持ち続けると思いますけれど。

植田 貴之

近年は法務組織の横の繋がりも深くなってきていますし、インハウスと事務所弁護士がより近い距離で業務を進めていく機会は増えていくのではないでしょうか。

山下 俊

現状では企業側と事務所側でやはり情報格差がある気がするので、そこがより詳らかになると、弁護士としてはハードな世界かもしれないですが、健全であることは間違いないですよね。
すごく良いお話を聞かせていただきました。ありがとうございました!


★今回のLegal Ops Star★

植田 貴之

慶應義塾大学法学部卒業、中央大学法科大学院修了。
インフォテック法律事務所にて、主に知財業務に従事した後、ウォンテッドリー株式会社に参画し、法務、公共政策、内部監査、セキュリティ等を担当。その後法律事務所LAB-01にてスタートアップを中心にリーガルサービスを提供。現在はUC Berkeley客員研究員。

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