フィットネスジムやスクールなどウェルネス産業向けにSaaSを提供する株式会社hacomono。2023年4月には、シリーズCラウンドで資金調達を実施するなど成長を続けています。同社では、さらなる事業規模の拡大に向けてBizOpsの専任チームを立ち上げ、経営が安心してアクセルを踏めるような内部体制の整備を進めているところだといいます。今回は同社 VP of BizOps 上村篤嗣氏に、BizOpsという概念や役割、リーガルオペレーションズとの関わりについてお聞きしました。
〈聞き手=山下 俊〉
PMF後のスケールに向けてBizOps専任チームを立ち上げ
貴社のBizOpsの体制について教えてください!
約220名の全社員に対し、BizOpsは派遣スタッフを含め10名のチームとなっています。ビジネスを整えたりシステムをつくったりするメンバーが5名、受注・請求などを行う事務スタッフが5名というチーム構成です。
BizOpsチーム立ち上げの経緯を伺えますか?
私がBizOpsマネージャーとしてhacomonoに入社したのは2022年4月、シリーズBの調達後でした。プロダクトマーケットフィット(PMF)した商品ができ、ここからスケールしていこうというタイミングで、それまで営業企画の部署に所属していた2名のメンバーとともに、BizOpsを立ち上げました。
経営戦略と現場をつなぐBizOpsの役割
BizOpsの主な役割について、上村さんはどのように考えられていますか?
大きな役割は、①経営陣によるビジネス戦略と現場のオペレーションを相互につなぐこと、②現場のデータを経営判断に活かせるようなインフラを構築することの2つです。
具体的にはどのような業務に落とし込めるでしょうか?
より細かく分類すると、営業企画や営業支援を担うSalesOps、見積から請求・入金までのQuote-to-Cashプロセスの業務フローを構築・整備するRevOps、業務システムとデータを扱うDataOpsのほか、特命業務やアドホック業務もあります。リーガルオペレーションズは、RevOpsに含まれると思います。
こういったOps業務は、これまであまり表に出てきづらい役割だったように思います。BizOpsが注目されるようになったのは、オペレーション機能の重要性が高まっているということなのでしょうか?
生産性向上はどの会社にとっても重要なテーマです。ただ、そこに対して専門の組織を新たにつくるという考え方はこれまでなく、営業企画など部門ごとに配置されているのが一般的でした。ただ、情シスのようなITの専門家でなくとも導入できる業務システムが増えてきたことで、誰もが生産性を上げられるチャンスが来ています。
確かに効率化の手段はかなり民主化された印象ですね。
この取り組みを各部門ごとに行うのは必ずしも効率的ではないため、専任者を集約することにより、ノウハウやナレッジをためていくことができます。その結果として、BizOpsの重要性が高まってきていると考えています。
BizOpsの直近のトレンドをどのように捉えられていますか?
BizOpsという名前が付いたことにより、さまざまな人材が事業会社内のオペレーションの仕事に参画してくれるようになったことは、期待しているところです。従来は大企業のなかで裏方に徹していたような営業事務や営業企画の仕事にもスポットライトが当たるようになり、これから人材が大移動する可能性もあると思っています。
求められるのは、ITスキルとフェアな目線
上村さんご自身がBizOpsに携わられるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
コーポレート部門で総務・法務を担当していた前職がきっかけでした。少数精鋭で全員が年収1,000万円プレイヤーになるような会社にしたいという社長の話を聞いて、コーポレート部門でそれを実現するには何をすべきか考えてみたんです。
総務・法務の領域だと、なかなか難しいですよね。
私としては、それを実現するには、業務フローを整えてシステム化し、生産性や業務品質向上などを目指すBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)のコンサルティングができる人になることだという結論に至りました。当時、ちょうど業務を効率化したいというニーズが社内にあり、SaaSをはじめITツールの導入を担当するようになったことで、今の仕事に近しい働き方になっていきました。
特に日本においてBizOpsは、法務専門のOps、経理専門のOps…と分業が進んでいるわけではないように思います。こうしたなか、BizOpsを担う人材にはどのようなスキルが求められるのでしょうか?
ジュニアレベルではまず、ITスキルだと思います。言い換えると、ITツールを使いこなせること、目利きできることが必須です。そして、マネージャーになり部門を横断的に見るようになったら、フェアなジャッジを下せる判断力が重要になります。
フェアなジャッジとは、具体的にはどういったイメージでしょうか?
たとえば、ある業務を法務と営業のどちらが担当すべきかという議論に対し、営業の力が強い会社では放っておくと「それは法務でやってくれ」という声が通ってしまいます。これを防ぐために、双方の言い分と現実を理解したうえで、フェアな目線で最適解を出せるようになることが求められる、というイメージです。
そのスキルはどのようにすれば身につけられるものなのでしょうか?
実際にそれぞれの環境に身を置いてみることができれば一番なのですが、そうもいかないことの方が多いでしょう。なので、相手のやっている業務や困りごとについてよく知ることでカバーします。どんな業務をしているのか、何に困っていて何が面倒で何を止めたいのか、どこに興味関心があり、どこにプライドを持って仕事をしているかの「人間理解」をすることだと思います。
そのためには、クロスファンクショナルな視点が大事だと感じました。上村さんご自身が他部門とコミュニケーションを取る際に注意していることはありますか?
私の入社時は、営業やCSのマネージャーと定期的な1on1を実施して、話す機会を設けるようにしていました。すると、だんだん向こうから「こんなことをやりたいんだけど、どうすればいいか」と問題意識を共有してもらえるようになってきます。そこに対して「それなら私のほうですぐできるんで、やっちゃいますね」と言って解決までスムーズにいけば、どんどん社内の課題が集まってくるようにもなります。そうすると、次は先回りして手が打てるようになるので、課題解決もよりスムーズになるスパイラルに入るんです。
業務可視化では、データと業務の主従関係を間違えないようにする
DataOpsで業務を可視化していくことは大切な一方で、特に法務業務にはデータにしづらい定性的な業務も多くあると思います。どこまでをデータに落とし込んでいけばよいでしょうか?
私は、できるものは可視化したほうがよいと考えています。たとえば、契約書レビューの件数、回答までの時間、やり取りの回数などのデータが取れれば、適切な業務分担が可能になりますし、増員のタイミングの目安にするなど業務改善にもつながります。また、定量化・数値化することで、よい契約書レビューとはどういうものなのかを自ら定義・提案できるようになり、自身の価値や進歩を証明できるようにもなります。
自身の業務の価値を客観的に示すことは重要ですよね!
ただ、データも万能ではありません。取る意味のないデータを得てもどうしようもありません。先に挙げた例のように「このデータを集めたら、こんなことがわかりそう・できそう」という仮説があったうえでやるからこそ、業務のプラスになります。
企業法務の世界でも、自身の業務が定量化されることに対して抵抗感を持つ方も一定数いらっしゃるように思います。定量化=自身の評価までがワンセットというイメージのせいかもしれないですね。
法務業務では、ルールを前提に個別の現象に評価・判断を加えていくのが一般的ですが、自分がやりたい意志に対してルールを活用する・解釈するという発想を持つこともできるはずです。データにはこちらの発想の方がフィットします。「このデータがあるからこう評価される」のではなく、「私たちはこれが大事だと思っているから、このデータをこの重み付けで解釈してほしい」とデータをもとに共通認識を作っていくべきです。
データと業務の主従関係を間違えないことが大事ですね!
私は前職で法務を担当していた頃に、法務内のメンバーの貢献度をより正確に理解させるためにデータを取りはじめたんです。たとえば、同じ契約レビューでも、定型で和文の業務委託契約40本と英文契約20本とでは、後者のほうが大変です。これは単に契約の件数だけ見ていては判断できません。内容まで含めて可視化していくことではじめて、業務の価値を示すことができます。
法律をうまく使うという法務の一面と、データをうまく使うという発想は似ているかもしれません。法務の人にとっては共感できるお話だと感じました。
ITやデータ活用にあたっては「こうやったらプラスになるじゃん」という仮説を持つことがやはり大切です。そうでなければデータの奴隷になってしまいます。データやシステムを乗りこなせるBizOpsとして活躍するには、必要な発想です。
ありがとうございました。次回はhacomonoでの具体的なBizOpsの事例について伺っていきます。
上村 篤嗣(かみむら あつし)
株式会社hacomono VP of BizOps
求人広告企業の営業職・バックオフィスを経て、データ活用を推進するIT企業の総務・企業法務に従事。SaaSを活用したバックオフィス業務のDXと、事業データの詳細な分析・可視化を実現。2017年にはSalesforce全国活用チャンピオン大会で準優勝。2022年4月にhacomono社にBizOpsの立ち上げマネジャーとして入社し、BizOpsの組織作りとデータドリブン経営の推進を担う。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2024年2月時点のものです。)