リスクマネジメントの観点から、反社会的勢力(以下「反社」)のチェックや排除は企業にとって重要な取り組みです。しかしながら、ベストプラクティスは必ずしも出回っておらず、取引先や顧客の状況をすべて把握するために、多くの作業が発生してしまいます。今回は、反社や犯罪関与、不祥事などの疑いをチェックするサービス「RISK EYES(リスクアイズ)」の運営元であるソーシャルワイヤー株式会社の代表取締役社長 庄子素史氏に、反社チェックの現状と企業が抱える課題について伺いました。
〈聞き手=山下 俊〉
実はやっていない企業のほうが多い? 反社チェックの現状
本日は宜しくお願い致します!
まず一般的な反社チェックの現状について伺いたいです。
どの企業もしっかり対応されているものでしょうか?
そもそもやっていない企業のほうが圧倒的に多いですね。
とりあえず契約書に暴排条項(暴力団排除条項)を盛り込んでおけば、何かあった場合には後から契約解除できるという考えがあるのだと思います。
確かに暴排条項は、もうどの契約書にも入ってくるくらい定着してきた印象がありますが、反社チェックはまだまだなのですね。
でも後から露見した時のリスクを考えると、もちろん実施しておいた方が良いですよね?
はい、反社チェックは本来、自社を守るためのリスク管理手段の1つですからね。とはいえ最近では、社会的な要請も高まり、そしてややゴシップ的ですが、芸能人との関係が取り沙汰された出来事もあり、反社チェックに取り組み始める会社も増えてきています。
「反社」という言葉の認知度自体が上がりましたよね。
「社会的な要請」とも関連すると思うのですが、具体的にはどのような会社がしっかりとした反社チェックを実施していたり、求められたりしているのでしょうか?
例えば、IPOを準備している会社は、当然ながら証券取引所による審査のタイミングで必要になるため、対策が必要です。
上場企業も、上場廃止や株価暴落、株主代表訴訟といったリスクを回避するという観点から必須の取り組みであるといえます。
確かにビジネスに対する大きなリスクが明確に想定される以上、こういった企業はまずきちんとチェックする必要がありますね。
他には如何でしょう?
取引額の大きなビジネスを手掛ける企業においても、反社チェックは重要です。
例えば、大手不動産デベロッパーを考えてみると、1つの物件を開発するのに何百億という金額が動いていますが、仮に土地の権利者に1人でも反社の関係者が入っているだけで、物件の価値は大きく毀損してしまいます。マネーロンダリングなど口座悪用の可能性がある金融機関や保険会社などでももちろん必要です。
逆に言えば、それ以外の会社では、反社チェックの必要性をあまり感じていないのだと思います。
なるほどですね。
反社チェックが不十分だったことで、リスクが顕在化した事例は実際にあるのでしょうか…?
表面化している数としてはさほど多くないですが、起きてしまったときのインパクトが甚大であることは事実です。
社長が暴力団員と定期的に食事会をしていたことが発覚し、銀行口座が凍結し資金調達が困難になったことで、警察の公表からわずか2週間で倒産に追い込まれた事例もあります。巨額の経済的損失や上場廃止、関係者の逮捕につながったケースもありますね。
確かに、1回のインパクトはかなり大きいですよね…。
はい、ただ、考慮するべきはそれだけではありません。
レピュテーションリスクについても考える必要があります。例えば、反社との付き合いがなかったとしても、役員が税金を収めていなかったり、過去に詐欺事件を起こしていたりしたことで上場延期になってしまったというケースもあります
教科書的な「反社会的勢力」ではないですが、「反社会的行動」も同様に企業活動においてはリスクということですね。
こうしたことがあれば、証券取引所はもちろん信用問題と捉えますし、それが明るみになった場合に、周囲から「この会社って大丈夫なんだろうか」という声が上がってくることは容易に想像できますよね。
ネット検索や記事データベースを使うのが一般的だが、非効率
すでに反社チェックに取り組んでいる企業は、具体的にどのようにして作業を進めているのでしょうか?
Googleをはじめとするインターネット検索サービスや日経テレコンなどの新聞・雑誌記事のデータベースサービスを使って、会社名や人名をキーワードとして検索しているケースが多いです。
金融機関などでは独自のデータベースを構築している場合もあります。
そうした中で企業は、反社チェックにどのような課題を持っていますか?
一番は、作業負荷の高さだと思います。
特にIPOの準備を進めている企業では、やらなければならない業務は他にも増えていきますし、営業部や管理部の作業も複雑に変わる中で反社チェックを実施するので、結構大変です。
Googleも日経テレコンも、反社チェック専用に作られたツールではないので、担当者は忙しい中で、対象の取引社名や氏名で検索し、反社チェックには関連のないWebサイト、ブログや掲示板に書かれた情報源が不確かな風評、類似名の記事など様々な情報を見て、本当にリスクと言える情報を選別しなければなりません。
これは非常に大きな工数がかかります。
それを取引先などの利害関係者全てについて実施しないといけないと…。これは仮に現場にやってもらうとなると、すごい負担になりますよね。
こういった状況なので、現場レベルでは、反社チェックの重要性の理解や意識が薄いのも課題です。
「IPO準備のため」という説明で納得してもらう方法もあるかもしれませんが、ただ、それを現場に伝えるタイミングは難しいですよね。
上場準備している事実は、インサイダー取引に対する規制もあるので軽々に情報として共有できないですしね。
はい。そうこうしているうちに、反社チェックにネガティブな印象を持たれてしまい、作業が形骸化してしまう恐れもあります。
なので、当社としては、反社のほか、犯罪や不祥事、訴訟、脱税などに関与した疑いがないかを効率よくチェックできる記事検索サービス「RISK EYES」を提供しているというわけです。
スタートアップは「反社チェック」にどう向き合うべきか?
反社チェックに関して、特にベンチャー・スタートアップが気をつけるべき点はありますか?
IPOを目指している場合、審査の段階でいわゆる「悪魔の証明」に陥らないような対策が必要です。
言い換えると、株主や役員の選定は、かなり慎重にやるべきということです。
なるほど。もう少し詳しく教えてください!
一度「この株主や役員が反社ではないことを証明してください」と言われてしまうと、その時点で上場の可能性がかなり低くなってしまいます。「反社」でないかどうかは、究極的には本人しかわからないので他人が証明することは事実上不可能なのですよね。
したがって、そもそも入口の段階で、疑いを持たれるような人物を株主や役員に入れないということが大前提になります。
究極的に本人しか証明できない事柄とのことですが、上場審査の際、どのように反社チェックをやっているのか聞かれた場合、企業はどう答えればいいのでしょうか?
例えば、Googleの検索結果を何ページまで確認すればチェックしたと言えるのかといった点ですね。
本質的には、「どうやっているか」ということよりも、「経営者が何をリスクとして捉えているか」が見られます。
反社チェックでわかることは、あくまで会社が抱えているリスク因子のなかの一部分です。
冒頭でもおっしゃって頂いたリスク管理という文脈の中にあるということですね。
例えば、顧客や取引先が多い場合や仕入先が多岐にわたる場合など、その会社の業態によって反社の入り込むリスクが高いポイントは異なります。
なので、自社の業態や商流を考慮し、リスクを洗い出したうえで、「当社は〇〇フローのなかの△△の部分にリスクがあるので、XXのタイミングで反社チェックをしています」という説明をできるようにしておくことが寧ろ重要です。
なるほど…。「当社だったらどこになるだろうか」と考えることが非常に大事ですね。
「反社」という言葉は、一義的には暴力団ならびに暴力団に関係する企業・団体を指しますが、自社にとっての「反社」の定義をそれぞれの会社で持っておいたほうがよいのではとも考えています。
例えば、FinTech企業であれば、過去に経済事件を起こしているような人が役員や社員にいてはダメですよね。でも逆に、経済事件を起こせないような業態の未上場企業であれば、採用してもOKという考えがあっても必ずしもおかしくはないです。「自社にとってリスクが高いのは〇〇の部分なので、XXのような経歴のある人は排除すべき」という方針は、それぞれの会社ごとに異なるように思います。
ここはこれまであまり考えたことのなかった観点です。
「反社チェック」という一般的な業務が存在している印象でしたが、確かに、「自社におけるリスクの全体像を理解したうえでの反社チェック」と捉えることが本質的ですね。
庄子 素史 (しょうじ もとふみ)
ソーシャルワイヤー株式会社 代表取締役社長
青山学院大学卒業後、株式会社オリエンタルランドにて約8年間、テーマパーク・リゾートのPR・マーケティングを担当。2006年にソーシャルワイヤー株式会社を共同創業。海外事業の立ち上げや2015年のマザーズ上場の経験を経るなど、様々なプロダクトの責任者を務め、現在は同社代表取締役社長として「全ての魅力にスポットライトがあたる社会へ」をコーポレートビジョンに掲げながら、全社指揮を務める。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2022年10月時点のものです。)