継続的な成長を目指す株式会社hacomonoの法務部では、リーガルリスクを適切に制御すること、社員の事務工数を最小化することを意識したオペレーション設計を実践してきました。今回は、法務部門におけるオペレーション施策やテクノロジー活用の事例とこれからの法務のあり方について、同社 法務部マネージャー 山本伸樹氏に聞きました。
〈聞き手=山下 俊〉
「戦略的法務」と「企業の安全保障」がhacomono法務のミッション
hacomonoの現在の法務体制と、経営から期待されている法務のミッションについて教えてください!
私とメンバー2人の3名体制で、うち1人は有資格者です。経営からは、「戦略的法務」と「企業の安全保障」の2点を法務のミッションとして求められていると考えています。
「企業の安全保障」という言葉はあまり聞き慣れませんが、具体的にはどのような活動のことを指すのでしょうか。
法務の業務分掌は、企業によって千差万別だと思います。その中でhacomonoの法務は、契約法務や機関法務、コンプライアンス、知財、内部通報対応のみならず、全社的リスクマネジメント、インシデント対応、お客さまや従業員との間でトラブルが発生したときの現場対応まで、比較的広い範囲をカバーしています。これらを「法」という領域にカテゴライズできるかというと、そうともいえないですよね。
その一方で、経営からはこれらすべてに対応することを求められているんですよね。
はい。では、私たちの仕事の本質って何だろうと考えたとき、リスクマネジメントよりもっと広い意味を含む「安全保障」という言葉に行き着きました。安全保障であれば、会社の継続的な成長に向けてネガティブな要素をあらかじめ検知してそれに対応するリスクマネジメントに加えて、現場対応まで対象となるかなと。有事対応まで含む概念として「国家の安全保障」という言葉がありますが、その企業版をイメージして使っています。
事業拡大に向けてBizOpsと連携し相対契約を利用規約化
hacomono法務におけるオペレーション最適化の事例について教えてください。
まず、覚書・利用規約の最適化ですね。
私が2022年5月に入社した段階では、契約は全て利用契約書の形式で、相対契約にて取り交わしていました。ただ、相対契約は、契約の交渉・締結・変更・保管の各プロセスのコストが大きくなります。不特定多数のお客様との間で、同一の契約を取り交わし、同一のサービスを提供する弊社のビジネスとは相性が悪く、これらの改善が急務と判断しました。相対契約による個別交渉は、自社のリーガルリスクを最小化し、自社の利益を最大化するという点では優れた方法です。しかし、SaaSというビジネスモデルでは、サステナブルではないため、利用規約化が最適なオペレーションだと考えました。
利用規約化にあたって特に意識されたことはありますか?
定型約款として利用規約をリリースしていますので、あまりにも弊社側に一方的な条項になってしまうと、法的にその有効性が問われるおそれがあります。そのため、強気な規定にはできない一方で、緩慢な条文にしてしまうと、不特定多数のお客様との取引に適用される規約の性質上、サービスを継続できないレベルのリスクとなる可能性があります。そのバランスにはかなり気を使いましたね。
上村さん率いるBizOpsチームとも連携されたのでしょうか?
はい、初期から連携し、一緒に進めていきました。法務担当は契約審査や締結等のプロセスには関与しますが、見積書の提示など、それまでの経緯については把握しづらい部分もあります。弊社の利用申込書は、添付した見積書を申込内容の一部として引用する形にしていますが、これはBizOpsからのアイデアです。これにより、申込書の備考欄に大量に契約内容を追記する必要がなくなりました。これは私たち法務だけでは出てこないアイデアでしたね。
利用規約化したことによって、前回木島さんにご紹介いただいたとおり、営業担当者はSalesforce内で契約書作成手続きを完結できるようにもなったわけですから、見事な連携プレーですね!
Slackの公開チャンネルで承認フローを構築する意外なメリット
貴社はコミュニケーションツールのSlackをフロー構築の軸にされていますが、法務でもSlackが関わる取り組みなどありますか?
法務では、ガバナンス強化の観点から、少額の経費申請フローを、Slack公開チャンネルとSlackワークフローで設計しました。高いスピード感と不正防止しやすい承認フローの構築が狙いです。
不正防止しやすいという点、どういったイメージか教えてください!
過剰な社内飲食や交際費等など不適切な申請を先んじて抑止したいというのが一番の目的でしたが、これ以外の効果も感じています。
承認者にとっては、自身の承認の形跡が公開されるため、今まで以上に案件の詳細をきちんと確認するモチベーションにつながります。また、当社にはさまざまな福利厚生制度があるのですが、その利用促進という効果もあります。普段あまり使われていない経費が申請されると、従業員が「これ、使っていいんだ」と気付くきっかけになるんです。これは公開チャンネルを利用することの意外な効果でした。
劇的な効果を生んだSlack × Halpでの案件モニタリング
貴社は法務においても定量化が進んでいる印象ですが、具体的な取り組みを教えてください。
チケット管理ツールのHalpとSlackを活用して、法務案件の全体量・処理速度・対応状態をモニタリングできるようにしています。Halpは社内ヘルプデスク向けのツールで、当社ではもともとサポート部門が使っていましたが、これを法務でも活用し、案件ごとにチケットを発行することで、First Response Time(FRT、初回応答時間)とResolution Time(RT、解決時間)のスコアを可視化しました。
チケットはどのように運用されていますか?
法務チームの朝会で前日に発行されたチケットを全員で確認して、手元の業務を見ながらアサインするメンバーを決めます。その後は、週次の定例会議で進捗を確認しつつ、前述したスコアもモニタリングしていきます。
FRTとRTのスコアはどのような見方をするのでしょうか?
難しい案件が重なっているときにはどうしてもRTが長くなってしまいます。一方、FRTは案件の難易度によらないものなので、FRTが低い場合は、サボっていない限り案件がその人の手から溢れている状態であることが推測できます。それを会議で確認して、実際に溢れてしまっている場合は他のメンバーに回すなどの対応を取ります。
この施策の効果はいかがでしたか?
ダイエットするときにまずは体重計に乗るのと同様、可視化するだけで意識が変わるんですよね。この仕組みを導入するまではFRTは3.5くらいでしたが、導入後は1.4にまで短縮できています。
まさに劇的ですね!
RTについても、できるものはなるべく早く片付けるという習慣につながっています。忙しい法務だと、マルチタスクで同時に30くらいの案件をやることもあると思いますが、案件を一度寝かしてしまうとそのまま忘れてしまうこともありました。RTを意識することによってそれが防げるようになり、パフォーマンスが向上しました。
法務もエンジニアやコンサルタントのようなポジションを担っていくようになる
これらの改善施策によって法務としてのあり方も変わってきそうですね!
法務領域においても、テクノロジーの活用はますます進んでいくと思います。将来的には契約書のレビューやドラフト、機関法務などの一般的な法務業務のハードルは下がっていき、もしかすると法務の固有業務ではなくなるかもしれません。そうなったときに法務として求められる役割は、自社にとって最適なリーガルテックを選定・導入し、最適な法的ソリューションを得るための仕組みを構築・運用するエンジニアやコンサルタント的なものに移っていくと考えています。
まさに、リーガルオペレーションズ的な考え方ですね!今後、山本さんは、hacomono法務をどのような組織にされていきたいですか?
hacomonoのバリューの1つに「ウィズ・カスタマー」があります。お客さまと継続的な関係を維持しつつ、お客さまと一緒に成長することを日々の業務に取り入れる考え方です。法務もこれに沿ったものにしていきたいと思っています。
ウィズ・カスタマーを法務に落とし込むとどのような考え方になるのでしょうか?
法務のもっとも身近なカスタマーは事業部のメンバーです。事業部に寄り添いビジネスを一緒に成長させることも重要な一方で、法務は牽制部門でもあるため、ブレーキを促すときもあります。だからこそ「フォー」ではなく「ウィズ・事業部」という視点は欠かせません。
会社全体の価値観を法務部門に落とし込むことができれば、目の前の仕事に対する姿勢もぶれにくいですよね!
そうですね。hacomonoには「オープン&フェアネス」というバリューもあります。互いの利益と利益がぶつかり合う法務の最前線では、いかに自社が有利になるか、いかに自社のリスクだけを低減するかという判断基準になりがちですが、hacomonoの場合、それが「フェア」なのかどうかという判断も求められるんです。
経営から求められているんですね?
はい。実際、入社時に「hacomonoが業界のリーディングカンパニーになるために、法務もそうしたフェアネスの考え方で仕事をしてほしい」とCEOから伝えられました。この言葉は、私がhacomonoへ入社することを決意したきっかけにもなりました。難しいことではありますが、これからも実践していきたいと思っています。
貴重なお話をありがとうございました!
山本 伸樹(やまもと のぶき)
株式会社hacomono 法務部マネージャー
事業会社の契約法務担当者としてキャリアをスタートさせた後、持株会社に出向後して、新規に法務部門の立ち上げを行う。その中で、一般的な法務業務に限らず、労務問題、危機対応等にも従事し、キャリアを醸成する。その後、法務・コンプライアンス・内部統制・内部監査を統括しつつ、グループ企業におけるガバナンス構築と最適化、M&A以降のPMIも推進する。2022年に株式会社hacomonoに一人目法務として入社し、2023年7月より現職。
(本記事の掲載内容は、取材を実施した2024年2月時点のものです。)