「AIは仕事を”奪う”のではなく、”変化”させる」 法務分野でのAIとの向き合い方とは – 法律事務所Verse 金子晋輔氏<後編>

金子晋輔

ChatGPTをはじめとする生成AI技術の台頭と普及により、人間の仕事が奪われてしまうのではないかという懸念がさまざまな業界で広がっています。しかし、法律事務所Verse 代表弁護士 金子晋輔氏は、AIは仕事を奪うのではなく、変化させるものだといいます。私たちはAIツールをどのように活用し、どのようなスキルを磨けばいいのでしょうか。法務分野におけるAIの現状と人間に求められる能力について、金子氏に聞きました。

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GPT-4 搭載の無料で使えるAIチャットアプリ「Copilot」(コパイロット)を皆様と一緒に使いながら法務業務における GPT 活用ワークショップを開催しました。以下よりご覧頂けます。

(Hubble社のWebサイトに遷移します。)

〈聞き手=山下 俊〉

目次

生成AIで脳への負荷を大幅に下げることができる

山下 俊

法務分野でのAI活用について、具体的にはどのようなことをされていますか?

金子 晋輔

契約書のレビューには、生のChatGPTよりも最適化されたツールの方が良さそうです。Spellbookを試してみましたが、英語の契約書のレビューに便利です。詳細なチェックリストをベースにしているだけでなく、契約書の読み解きも非常に優れているので、自分が一から考えるよりは圧倒的に楽だと感じました

山下 俊

契約書レビューの場面におけるAIの活用方法については、様々な議論がありますが、具体的なメリットについて詳しく伺えますか?

金子 晋輔

こうしたAIツールの優れた点は、契約書レビューに限らず、短時間で一定レベルの成果を出せることです。数分で65点程度の内容を返してくれるとなると、仕事の取っ掛かりがつかみづらいときには特に有効です。非構造的で大きな仕事のブレイクダウンは面倒ですが、AIがこれを助けてくれます。

山下 俊

その意味では、レビュー以外にも生成AIの真価が発揮される機会がありそうですね!

金子 晋輔

たとえば、ドキュメントを見ながら重要な情報を見極め、タスクに落とし込んでいく作業は非常に労力がかかります。AIツールはこの初期段階をアシスタントのように手伝ってくれるので、人間はその後のチェックや修正に集中できます。これにより脳の負荷が下がり、効率的に作業を進められるようになるんです。仕事の立ち上がりをサポートしてくれるので、作業スピード・効率が劇的に上がる感覚があります。

山下 俊

2025年は、自律的に駆動するAIとしての「AIエージェント」がキーワードになると言われていますが、法務業務においてAIエージェントはどういった価値を発揮する可能性がありそうでしょうか?

金子 晋輔

世界中の様々な企業、研究者、エンジニアが「AIエージェント」開発に熱狂しており、本当に期待しかありません。2025年は30年ぶりに来た1995年になると思っています。ありとあらゆる人がインターネットの可能性を信じて、DIY(Do-it-yourself、日曜大工)的に実験精神を発揮していたのと同様に、本当に色んな立場の人たちが、自分たちのやりたいことを叶えるAIツールを作っていくのでしょう。

山下 俊

本当に新しい時代がきたなという印象を受けますね!

金子 晋輔

ちなみに、「AIエージェント」という、AIが人間の「代理人(エージェント)」として振る舞うという概念は実は、数十年前からあります。しかし、この2年間の生成AIの進化のおかげで、特定範囲のタスクは人間を上回る成果を柔軟に出せるようになりました
また、生成AIのユースケースが蓄積し、人がAIに何をどこまで期待してよいかという勘所がだいぶ掴めてきました。
このため、「AIエージェント」が、特定領域(垂直、バーティカル領域)の専門家のように振る舞ったり、他の「AIエージェント」とチームを組んでタスクを処理する「マルチエージェント」として振る舞ったりするようになりました。

山下 俊

得意分野に応じたAIエージェントを使いこなすのがこれからの人間の役割ですね。

金子 晋輔

何よりも、このような「AIエージェント」の設定やチーム設計を、ユーザー自身が行うことができるようになったのです。現在は、業務フローを組んで、人とAIとの役割分担を決めた上で「AIエージェント」をマネジメントするのは、なかなか難しいですが、どんどん容易になっていくはずです。
法務業務については、アメリカでは既に「AIエージェント」を組み込んだリーガルテックが珍しくありませんが、日本もこれからどんどん増えてくるでしょうね。リーガルテック各社が、それぞれのデザイン思想に基づいてどのように「AIエージェント」をプロダクトに組み込むのか、とても楽しみにしています。

何が得意で何が苦手なのか、AIツールの能力を見極める

山下 俊

AIエージェントはこれからですが、現状のChatGPTを使っていてると、情報の整理やまとめる作業にはかなり向いている実感がありますよね。一方でそうしたAIツールの活用にあたっての課題はありますか?

金子 晋輔

最大の課題は信頼性の判断です。十分な量のアウトプットを見ない限り、信頼性は評価できません。

山下 俊

誤った情報を生成してしまう「ハルシネーション」の問題もありますしね。何を聞いたらどのような回答が返ってくるか、なんとなくわかるようになるまでやり続けるというのは、人間と同じかもしれません。

金子 晋輔

たとえとして、人と働く場合を考えてみると、即戦力として十分に機能させたいということであれば、新入社員やインターン生には、すぐにできる仕事(または間違えても問題ない仕事)だけを切り出して渡すという方針がありえますよね。他方で、重要なタスクやプロジェクトのような一連の仕事を任せたい場合は、3か月かけてオンボーディングを行う必要がある。これはAIでも同じです。

山下 俊

そういった観点では、現在要約させるならこのツール、文章を書かせるならあのツール、といった具合で使い分けについても言及されることがありますが、金子さんがAIツールの能力を見極める際のコツはありますか?

金子 晋輔

こういう聞き方をしたらこう返ってくるし、聞き方を変えたらこう返ってくる、といった具合に、能力と癖を見ていきます。そのうえで、そのAIツールは何が得意で何が苦手なのか、どういうパターンでミスをするのかなど、いろいろなテストをしていきます。

山下 俊

そう考えるとたしかに、新入社員やインターン生を育成するのに似ていますね!

金子 晋輔

普通のサービスや機械を使うのとは発想がまったく異なります。ピッと押したら自販機のようにパッと欲しいものが出てくるという発想では使えません。才能の見極めだけでなく、自分との相性や仕事との相性の確認を、丁寧に行う必要があるんです。

AIを使いこなすために必要なのは、「マネジメント能力」

山下 俊

最新のLLMモデルについてはどう評価していますか?

金子 晋輔

「知能」(明確な答えがある問いに答える能力)は人間の能力を超えていますし、「知性」(答えのない問いに向き合う能力)も領域によっては上回っています。しかし、人間が普通にできることが全然できないという場面もあります。ユーザーが普通に持っている、”半径5メートル”の「知識」が追いついていないという印象です。特に法務のような専門分野では、質の高いデータが必要です。間違えられない仕事に使う場合には、データの量よりも質、特に、ユーザーの文脈(コンテクスト)や経験則・暗黙知が圧倒的に重要なんです。これは、テキストだけでなく画像や音声など様々な(「マルチモーダル」な)データをAIが扱うようになっても、しばらくは、なかなかユーザーの持つ文脈(コンテクスト)などをAIが自分で整理して理解するのは難しいでしょうね。

山下 俊

なるほど。それがリーガルテックの意義なのかもしれませんね!

金子 晋輔

たとえば、契約書レビューであれば、定評のある実務書をAIが間違いなく読めるような形に編集したうえで学習させる必要があります。しかし、それでも取引パターンに応じた経験則や、ビジネスジャッジメントとリーガルジャッジメントの役割分担といった領域まではカバーできません。取引における勘所や、言葉にならない感性や美感みたいなものも重要です。そうした言語化されていない領域をAIに期待するのはナンセンスです。AIも人と同様、知らないものは知らない。法務に関して、世の中で言語化されていない知識を、AIがアウトプットとして言語化できる状況にはありません。

山下 俊

では、どのようにAIを活用すべきでしょうか?

金子 晋輔

100%を任せようとするのではなく、役割分担を理解することが大切です。たとえば、ロースクールを卒業したばかりの人材をインターン生として採用したときのことを考えてみてください。渡せる仕事が何もないと思うか、この人に切り出せる仕事を考えようとするか。あるいはマニュアルを渡して機械的にできる仕事をしてもらうか。筋が良い人には労働法を勉強してもらって、レベルアップしてもらおうとするか。これは仕事をお願いする側の姿勢にかかっていますよね。

山下 俊

なるほど、人間側のマネジメント力が問われますね。

金子 晋輔

結局、業務や業務プロセスの分解、適切な役割分担といったプロジェクトマネジメントが苦手な人は、AIを使いこなすことはできません。一方で、マネジメントの重要性をよく理解していて、アウトプットのイメージが明確にある人ほどAIを上手く使えるんです。つまり、「上司」の力次第。マネジメントなんです。

山下 俊

更に一歩進んで「AIエージェント」の登場で、法務パーソンに求められるスキルも更に再定義されることになりそうですが、金子さんのお考えはいかがでしょうか?

金子 晋輔

割り切り力」を鍛えることではないでしょうか。知的好奇心、DIY精神、実験精神など、「気になったらとりあえず自分で手を動かす」という姿勢も大切なのですが、それ以前に、「社会も自分の仕事や生活も、従来の延長線上にはないかも」と自覚したら、「まあ、現実がそうなら仕方ないか!」と軽やかに割り切って、新しい現実と向き合うマインドセットが重要だと思います。

山下 俊

確かにそういったアプローチの仕方の方が、すんなりとAIを受け入れて結果として使いこなせるのかもしれませんね。

金子 晋輔

AIの進化は終わりがなく、全く咀嚼できないレベルのアップデートが突然やってきます。「デジタル社会の基盤が揺るがされるレベルの計算能力なのでは…?」と心配になるときもあります。ただ、全てのリスクに対して、一企業や一個人が対応し切るのは不可能ですし、おそらく、人類の誰も「この先どうなるのか」がわからない極端に不確実な時代です。「非常識」が「新常識」になり、その「新常識」すら、あっという間に「死語」扱いされていく。

山下 俊

最新情報に「ついていけてない」ということ自体に少し後めたさを感じたりしてしまいますしね。

金子 晋輔

ですから、「追いつくのも無理だけど、とどまるのも無理だし、自分なりにやれることをやっていくか」という、前向きな諦めを持つのが大事かな、と思っています。法務パーソンは、「What if(もし…になったら?)」のマインドのオン・オフのスイッチを切り替えられるとよいのかもしれませんね(なお、AIは永遠に議論に付き合ってくれてしまうので、相談はほどほどにしましょう笑)。

「問い」を立てるストレスが少ない検索AIツールから活用をはじめる

山下 俊

まだまだ生成AIの具体的な活用イメージが湧いていない方も多いかもしれません。金子さんのおすすめの活用方法はありますか?

金子 晋輔

まずはリサーチの初動に使うのがおすすめです。PerplexityGeminiのような検索機能付きのAIツールを積極的に使うべきです(ChatGPTもウェブ機能が追加されたのでそれでもよいと思います)。とにかくリサーチに使わないというのはありえないと思っています。自分がパッと思いついたことを調べるという習慣をつけることが重要です。

山下 俊

いいですね!ちなみに、なぜ検索AIツールをおすすめするのですか?

金子 晋輔

検索は文脈があるので使いやすいんです。「問い」を立てるストレスが少ないのが大きな利点です。ChatGPTやClaudeのような対話型AIの一番の問題点は、自己紹介がなく、何をしてくださいとも言わないのに、入力の窓だけがあることです。これは実は非常に不親切な設計で、多くの人は何をすればいいのかがわかりません。

山下 俊

確かに、できることが「検索」だと明確でわかりやすいですね。

金子 晋輔

Perplexityは関連質問も表示されるので、それを選択することでリサーチを進めていくことができます。次の問いが見つけやすいんですよね。問いを立てることが人間にとってどれだけストレスかを理解している点で、よくできているツールです。

山下 俊

逆に考えると、問いを立てられる人であれば、生成AIのツール全般を使いこなすことができる人ということでしょうか?

金子 晋輔

そうですね。とある企業でのワークショップを企画しているときに、ChatGPTやClaudeは、「問いを立てる筋肉を鍛えるトレーニングマシーン」だという話になりました。多くの人は問いを立てるのが苦手です。だからこそ、問いを立てるとはどういうことかを学び、練習することが必要だと考えています。

いくら便利な家電が登場しても、家事がなくならないのと同じ

山下 俊

世の中では、AIは仕事を奪うという懸念がありますが、これについてはどうお考えですか?

金子 晋輔

人が代替されるのではなく、仕事が変わると考えています。仕事の形は絶対に変わるものです。5年前、10年前、20年前と比べてみてください。当時と同じ仕事をしていますか? 技術革新によって仕事の形は常に変化しています。コロナ禍でオンラインミーティングが一般的になりましたよね。働く場所や決済方法、利用しているアプリはどんどん変わっていくのに、仕事のやり方が変わらないと思う理由がわかりません。

山下 俊

つまり、仕事のやり方が変わっていくだけで、なくなるわけではないということですね!

金子 晋輔

そのとおりです。課題がある限り仕事はあります。いくら便利な家電が登場しても、家事がなくならないのと同じです。ロボット掃除機を例に考えてみます。導入の際には、掃除の仕方だけでなく、部屋のレイアウトも変える必要があります。通り道を塞がないように床の物を整理しなければなりませんし、ロボット掃除機の充電やメンテナンスなどの作業が新たに必要になります。

山下 俊

確かに、家事が一切必要なくなるとは考えにくいですね!

金子 晋輔

これと同様に、AI導入においては、データ整理、業務フロー見直し、品質管理など、新しいタスクが生まれます。仕事、つまり問題解決は、環境変化への適応なんです。問題を1つ解決しても、また新たな問題が生まれるだけでしょう。

山下 俊

仕事が変わっていくのは、AI技術の発展によらず当然のことである、と。

金子 晋輔

外部環境は変わるし、私たち自身も変わります。年齢も変わるし、やりたいことも変わる。モチベーションも変わるし、欲しい給料もライフステージも変わります。さまざまなことが変化しているにもかかわらず、自分と周りの関係性のなかにある「仕事」という概念だけが変わらないというのは、ありえませんよね。

山下 俊

非常に納得です。そうした変化に対して、私たちはどう向き合うべきでしょうか?

金子 晋輔

冒頭で「リストラ」がキーワードだった2000年前半のお話をしましたが、この20年で、個人の仕事の選択肢は広がり、しかも、個人の学びを社会や会社がサポートする方向性にどんどん進んでいるように感じます。「リスキリング」を重荷と感じてしまう人もいるでしょうけれど、新しいことがわからないのはお互い様なので、自分のペースで、仲間と一緒に学ぶのが良いのではないかと思います。AIによる変化をキャリアや人生に広がりをもたらす機会と前向きに捉えられるとよいでしょう。

山下 俊

変化を恐れるのではなく、むしろチャンスととらえるべきなのかもしれませんね。貴重なお話をありがとうございました!


★今回のLegal Ops Star★
金子晋輔

金子 晋輔(かねこ しんすけ)

法律事務所Verse 代表弁護士

弁護士(日本・ニューヨーク州)。伊藤見富法律事務所(Morrison & Foerster)にて 知財、システム開発、M&A、国際取引、訴訟・仲裁、プロボノ等に従事。その後、アクセンチュア株式会社法務部マネージャーとしてアウトソーシング、システム開発、知財、M&A、業務効率化、採用、社内教育(交渉ワークショップ、ケーススタディ共有会 )等の経験を経て dely 株式会社法務責任者、コーポレート担当執行役員、採用・労務責任者等を経験。X(@kaneko_sh)では GPT の活用事例も投稿している。

(本記事の掲載内容は、取材を実施した2024年7月時点の情報に基づき、2025年1月に追加取材した内容を追記したものです。)

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