ソフトウェアの品質保証・テストを専門とする株式会社SHIFTで法務部門のグループ長として、法務業務の定量化に取り組んできた照山浩由氏。日々の業務をスループットで捉えることの重要性を語ります。評価が難しいとされがちな法務ですが、どのような考えのもと定量化を進めているのでしょうか。
〈聞き手=山下 俊〉
データをもとに理想のスループットを設定
本日は宜しくお願い致します。早速ですが、法務業務を徹底的に定量化して管理されていると伺いました。その方法について教えていただけますか?
まずは一定時間に処理可能な業務量を決めていきます。いわゆる「スループット」の考え方です。
当社の場合は、15分を1単位として見たときに、契約書審査、法律相談、企画業務などそれぞれの業務に何単位割り当てるべきかというところから考えていきます。たとえば、朝礼、夕礼、振り返り・報告書作成に各1単位、法務定例会であれば60分なので4単位、といった具合です。
この考え方のメリットは、ダラダラと仕事をしなくなること。NDA1件の審査30分という目標に対して15分で完了したのであれば、残りの15分はお茶を飲んでいてもいいんですよ。目標より早く完了しても、良いアウトプットが出てくるのであればそれはそれで良しとする。アウトプットの基準を明確にすることがポイントです。
たとえば、業務委託契約書の審査一つとっても分量やレベル感の違いによって掛かる工数は異なると思います。具体的な数値目標はどのように決めていったのですか?
自分たちが具体的にどの仕事にどれくらいの時間をかけているかというデータをとり、これをもとに考えていきました。
たとえば、高度あるいは複雑な業務委託契約書は四半期に何件程度扱うか、もう少し下のレベルの業務委託契約書はどれくらいか、簡易版の業務委託契約書は……といった形で、契約書のレベルごとに頻度と工数の平均値を取っています。これに加え、「売上が●%上がったら契約書の数は●%増える」という業務量の予測も考慮に入れています。予測ではあるのですが、意外に大きく外れることはないですね。
また、スループットは担当者によっても異なるので、初心者だったらNDA審査は30分、ある程度の経験者であれば15分といったように、個人のスキルや能力なども考慮しつつ、その人に適した目標値を設定します。メールの確認も意外と時間が掛かる業務なので、法務部門や各担当者に届くメール件数などのデータを取りつつ、できるだけ定量化していこうとしています。
月に1回、評価と見直しの時間を設ける
スループットでの評価はどのように運用しているのですか?
毎日の報告書作成と振り返りのタイミングでその日の業務をすべて書き出してもらい、それをもとに一人一人に対して月次で目標の達成度を確認しています。
他方で法務には差し込み案件が多いのが常ですが、こういった案件について「目標設定に入っていない新しい業務は評価されない」というマインドになってしまうことは避けたいので、業務の進捗を見ながら目標設定の見直しも行っています。
Aという新しい業務が生まれた一方で、もともと設定していたBという業務に対応できなかった場合は、AとBを同じ工数と見積もってリプレイスしていきましょう、といった具合です。
こうした管理は照山さんが現職に就かれた時から実施されていたのでしょうか?
いいえ。私がマネージャーをやっていて、法務部門がマネージャー、シニア、ジュニアという三段階層の組織になった時に始めました。この時から少し各人の業務が見えなくなり始めたことが大きな理由です。具体的には、確か4、5人の組織になった時ですね。
業務を定量化することに対して、メンバーのみなさんの反応はいかがですか?
「自分たちの仕事がなぜ評価されているのか、きちんと数字で示してもらえるのはありがたい」という声を聞きます。法務という仕事は、キャリアは人事が決めて、年収は年齢を重ねることで少しずつ上っていく……といったように、なんとなくで決められることが多かったように感じています。そうした状況に対して「本当か?」という気持ちをずっと抱えていました。「この人はこれだけ会社に価値を提供しました」と根拠を持った形で評価していきたいですね。
法務が評価されないのは、会社が評価の仕方を知らないだけ
たとえば「1カ月間でNDAを100件さばく人と、難しいM&A案件を1本さばく人、どちらを評価しますか?」という業務の違いによる評価の難しさがあると思います。スループットで考えることで、こうした問題も判断しやすくなるんでしょうか?
今のところはできていると思いますね。ただ、その問題を解決するには、「会社はその業務にいくら掛けるべきか」という経営目線での議論が必要であると思っています。なんの検証もなく、ただ「法務がやっていることだから」「必要な契約書だから」と数字に落とし込まれてない評価をすることは、そもそもビジネスではありません。
突き詰めると、「自社のリーガルサービスを外販したらいくらで売れるか?」という話になると思うんです。年収600万円だったら時給3000円、NDAを30分掛けて確認するのであれば、単価は1500円になります。外注すると5000円〜1万円程度の仕事だとすると、少なくともその差分の価値を会社に提供していることになりますよね。グループのメンバーには、いつもそうした話をしています。
業務の定量化をはじめ、数字を根拠にした考え方に対して異議を唱えるメンバーの方はいませんでしたか?
いませんでしたね。なぜかというと、法務の仕事をどう評価していいのか、自分たちでもわからないからというのが正直なところだと思うんですよ。
私が法務の定量化に取り組みはじめたのは、経営層から業務の言語化・数値化を求められたことがきっかけです。従来は法務部門で取り扱う数字があまりにも少なく、ビジネスでやっているのか、法律業務をやっているのかよくわからない状態になっていた。
しかし、「ビジネスロイヤーズ」は、あくまでビジネスマンです。弁護士が会社の中に入って法律事務所をやっているわけではない。そうした課題を解決すべく、ビジネスマンとして、営業部門や開発部門でできていることを、法務でもやりましょう、と。
一方で、法務はコストセンターと呼ばれ評価されないと嘆いている人たちも多いと思います。こうした状況にある方々はまず何をしていくべきなのでしょうか?
たしかに、すごく勉強していたり、モラルの高い仕事を手掛けたりと、本当にすごいと思う人たちは法務にたくさんいます。だけどそうした人たちが評価されないのは、自分たちの仕事をどう評価されるように表現するかを知らないということと、会社も法務の評価の仕方を知らないだけなんです。会社は別に、その人たちを冷遇したいわけではない。当社での取り組みやスタイルが他社でも広まっていけば、法務を単なるコストとしてではなく、投資の対象なのだ、という認識に少しずつ変わっていくのではないかと考えています。
(後編へ続きます)